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軍事技術が世界覇権争いの武器に?インドが、QUADの一員なのに「ロシアとの関係を切れない」切実なワケ
配信日時:2022/02/15 10:53
配信元:FISCO
フィリピン、「印ロ共同開発ミサイル」を購入
2021年12月、フィリピンのロレンツーァナ国防長官は、インドから3億7,400万ドルで「ブラモス対艦ミサイルシステム」を購入することを公表した。同ミサイルは、ロシアとインドが共同開発した高速対艦巡航ミサイルであり、速力マッハ2~3、有効射程500kmを超える。ミサイル輸出を規制する国際的枠組みである「ミサイル技術管理レジーム(MTCR : Missile Technology Control Regime)」では、射程300km以上の完成ミサイルの輸出は禁止されており、輸出されるブラモスは射程290kmに制限されたものと推定されている。しかしながら、対処可能時間が1分未満と見られるマッハ2~3の高速巡航ミサイルを、艦艇が完全に防護することは難しい。
フィリピンは、南シナ海において中国と領有権問題を抱えている。2021年3月には中国が、フィリピンが領有権を主張している南沙諸島ウィットサン礁に、約220隻に上る海上民兵と思われる船舶をほぼ1か月間集結させ、フィリピンに圧力を加えている。2021年1月27日のDiplomat誌は、ブラモスの購入は、フィリピンが中国に対し、「領域使用拒否(Aria Denial)」能力を獲得することを意味するとの評価もあるとの専門家のコメントを紹介している。
フィリピンのブラモス導入に関して注目されるのは、インドがロシアと共同開発したミサイルであり、多くのロシア軍事技術が使用されているところである。そもそも、インド軍の装備武器はロシア製が多く、軍事研究機関SIPRI DATABASEによると、装備武器購入費は2010年には約79%、2020年でも約35%がロシアからであった。これに対し、2020年のアメリカからの装備は約14%となっている。
2021年12月には、印ロ首脳会談に引き続き「2+2」が初めて行われた。首脳会談終了後の記者会見で、ロシア製対空ミサイルS-400の配備が始まったことも明らかにされている。アメリカでは、日米豪印の4か国によるQUADを中国牽制の枠組みとして重視する発言が多いが、ロシアに対する姿勢については、インドと大きな温度差があることを認識すべきであろう。
「領域使用拒否能力」を手に入れたとまでは言えないが
米軍や海上自衛隊が運用しているハープーン対艦ミサイルは亜音速(音速以下)であり、有効射程もブラモスに及ばない。しかしながら、装備の優劣は単体の能力で決まるものではない。現在の戦闘システムでは、戦闘に係る敵や味方の情報は全てオンラインで交換されている。
対艦攻撃を例にとれば、攻撃は次のステップで実施される。1.攻撃目標である水上艦艇等を捜索し、その位置、針路及び速力の測定、2.相手の情報を司令部及び対艦ミサイル部隊に伝達、3.司令部による攻撃可否の判断及び攻撃命令、4.相手までの距離及び針路、速力から、弾着時の未来距離を判定、5.攻撃諸元入力後ミサイルを発射、6.攻撃効果の判定(再攻撃必要の有無検討)。
ブラモスが290kmの射程を持っていても、地上配備レーダーによる探知距離はせいぜい40km程度であり、ブラモスの射程を生かすことはできない。航空機等の捜索手段と、情報を速やかに交換できるネットワークの存在が不可欠である。
フィリピンのブラモス購入は、長い槍を手に入れたということは言えるものの、「領域使用拒否能力」を手に入れたとまでは言えない。本当に「領域拒否能力」を保有するためには、情報を共有し、速やかに決断を伝達できるネットワークを構築しなければならない。そのためには、それぞれの装備をオンライン化し、装備を接続するための技術情報が必要である。しかしながら、軍事装備の技術情報は、それぞれの国で高度な秘密に属しており、他国に提供できるものではない。自衛隊も多くの装備をアメリカから導入し、一部はライセンス生産しているが、肝心な装備についてはブラックボックスとなっているのが現状である。
従って、フィリピンがブラモスを効果的に使用するのであれば、レーダーや中継装置といった他のシステムもロシア製を導入せざるを得ない。インドがQUADの一員としてアメリカ等とのつながりを深めようとする中で、ロシアとの関係を断ち切れない理由はここにある。
ロシアの3倍にものぼる「アメリカ武器輸出額」
アメリカは「海洋安全保障イニシアチブ(Maritime Security Initiative)」に基づき、東南アジア諸国の海洋安全保障に係る能力構築支援を行っている。フィリピンは、その最大の受益国であり、米国沿岸警備隊の巡視船の供与や、通信機器、航空機等の調達の支援を受けている。
日本は、2016年2月にフィリピンと防衛装備品移転に関する協定を締結し、海洋警戒監視能力向上を目的として、5機の海上自衛隊練習機TC-90を供与している。その際、TC-90整備器材及び補用品に加え、技術情報の提供が行われている。しかしながら、装備の近代化を目指して2004年から進められているフィリピンの国防改革は、予算の制約から2020年完成としていた計画に遅れが生じている。これらの状況を考慮すると、ブラモスの導入に伴い、今までの西側諸国との関係を断ち切ってロシア製武器にシフトしていく可能性は低いと考えられる。
装備武器が高度化し、開発に時間と莫大な資金を必要とするという観点から、いったん開発した技術を自らの影響力拡大に使うというのは当然の動きであろう。2020年のアメリカの武器輸出額は世界1位で、約94億ドルにも上る。この額は2位のロシア約32億ドルの3倍近くとなっている。アメリカの世界的覇権の一翼を、軍事技術の覇権が担っていることは間違いない。2020年にトルコをF-35共同開発計画から締め出し、2021年12月には、UAEが厳しい安全保障上の条件をクリアーできず、F-35の導入交渉を中断するというケースが続いている。これらの事は、アメリカがF-35を梃にそれぞれの内政に関与する側面があることを示している。
装備の高度化は、その秘密保護のため、開発国の違いによる技術的相違を拡大させる。今回、フィリピンがブラモスを導入することにより、米比間でデカップリングが進む可能性は低い。しかしながら、米中ロといった軍事大国が、その軍事技術提供を自国の影響力拡大の道具として使う傾向は今後益々増えてくるであろう。軍事技術が国家間のデカップリングを助長する傾向があることを、米中ロの大国間競争の一つの側面として見ていく必要があるだろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:AP/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
<FA>
2021年12月、フィリピンのロレンツーァナ国防長官は、インドから3億7,400万ドルで「ブラモス対艦ミサイルシステム」を購入することを公表した。同ミサイルは、ロシアとインドが共同開発した高速対艦巡航ミサイルであり、速力マッハ2~3、有効射程500kmを超える。ミサイル輸出を規制する国際的枠組みである「ミサイル技術管理レジーム(MTCR : Missile Technology Control Regime)」では、射程300km以上の完成ミサイルの輸出は禁止されており、輸出されるブラモスは射程290kmに制限されたものと推定されている。しかしながら、対処可能時間が1分未満と見られるマッハ2~3の高速巡航ミサイルを、艦艇が完全に防護することは難しい。
フィリピンは、南シナ海において中国と領有権問題を抱えている。2021年3月には中国が、フィリピンが領有権を主張している南沙諸島ウィットサン礁に、約220隻に上る海上民兵と思われる船舶をほぼ1か月間集結させ、フィリピンに圧力を加えている。2021年1月27日のDiplomat誌は、ブラモスの購入は、フィリピンが中国に対し、「領域使用拒否(Aria Denial)」能力を獲得することを意味するとの評価もあるとの専門家のコメントを紹介している。
フィリピンのブラモス導入に関して注目されるのは、インドがロシアと共同開発したミサイルであり、多くのロシア軍事技術が使用されているところである。そもそも、インド軍の装備武器はロシア製が多く、軍事研究機関SIPRI DATABASEによると、装備武器購入費は2010年には約79%、2020年でも約35%がロシアからであった。これに対し、2020年のアメリカからの装備は約14%となっている。
2021年12月には、印ロ首脳会談に引き続き「2+2」が初めて行われた。首脳会談終了後の記者会見で、ロシア製対空ミサイルS-400の配備が始まったことも明らかにされている。アメリカでは、日米豪印の4か国によるQUADを中国牽制の枠組みとして重視する発言が多いが、ロシアに対する姿勢については、インドと大きな温度差があることを認識すべきであろう。
「領域使用拒否能力」を手に入れたとまでは言えないが
米軍や海上自衛隊が運用しているハープーン対艦ミサイルは亜音速(音速以下)であり、有効射程もブラモスに及ばない。しかしながら、装備の優劣は単体の能力で決まるものではない。現在の戦闘システムでは、戦闘に係る敵や味方の情報は全てオンラインで交換されている。
対艦攻撃を例にとれば、攻撃は次のステップで実施される。1.攻撃目標である水上艦艇等を捜索し、その位置、針路及び速力の測定、2.相手の情報を司令部及び対艦ミサイル部隊に伝達、3.司令部による攻撃可否の判断及び攻撃命令、4.相手までの距離及び針路、速力から、弾着時の未来距離を判定、5.攻撃諸元入力後ミサイルを発射、6.攻撃効果の判定(再攻撃必要の有無検討)。
ブラモスが290kmの射程を持っていても、地上配備レーダーによる探知距離はせいぜい40km程度であり、ブラモスの射程を生かすことはできない。航空機等の捜索手段と、情報を速やかに交換できるネットワークの存在が不可欠である。
フィリピンのブラモス購入は、長い槍を手に入れたということは言えるものの、「領域使用拒否能力」を手に入れたとまでは言えない。本当に「領域拒否能力」を保有するためには、情報を共有し、速やかに決断を伝達できるネットワークを構築しなければならない。そのためには、それぞれの装備をオンライン化し、装備を接続するための技術情報が必要である。しかしながら、軍事装備の技術情報は、それぞれの国で高度な秘密に属しており、他国に提供できるものではない。自衛隊も多くの装備をアメリカから導入し、一部はライセンス生産しているが、肝心な装備についてはブラックボックスとなっているのが現状である。
従って、フィリピンがブラモスを効果的に使用するのであれば、レーダーや中継装置といった他のシステムもロシア製を導入せざるを得ない。インドがQUADの一員としてアメリカ等とのつながりを深めようとする中で、ロシアとの関係を断ち切れない理由はここにある。
ロシアの3倍にものぼる「アメリカ武器輸出額」
アメリカは「海洋安全保障イニシアチブ(Maritime Security Initiative)」に基づき、東南アジア諸国の海洋安全保障に係る能力構築支援を行っている。フィリピンは、その最大の受益国であり、米国沿岸警備隊の巡視船の供与や、通信機器、航空機等の調達の支援を受けている。
日本は、2016年2月にフィリピンと防衛装備品移転に関する協定を締結し、海洋警戒監視能力向上を目的として、5機の海上自衛隊練習機TC-90を供与している。その際、TC-90整備器材及び補用品に加え、技術情報の提供が行われている。しかしながら、装備の近代化を目指して2004年から進められているフィリピンの国防改革は、予算の制約から2020年完成としていた計画に遅れが生じている。これらの状況を考慮すると、ブラモスの導入に伴い、今までの西側諸国との関係を断ち切ってロシア製武器にシフトしていく可能性は低いと考えられる。
装備武器が高度化し、開発に時間と莫大な資金を必要とするという観点から、いったん開発した技術を自らの影響力拡大に使うというのは当然の動きであろう。2020年のアメリカの武器輸出額は世界1位で、約94億ドルにも上る。この額は2位のロシア約32億ドルの3倍近くとなっている。アメリカの世界的覇権の一翼を、軍事技術の覇権が担っていることは間違いない。2020年にトルコをF-35共同開発計画から締め出し、2021年12月には、UAEが厳しい安全保障上の条件をクリアーできず、F-35の導入交渉を中断するというケースが続いている。これらの事は、アメリカがF-35を梃にそれぞれの内政に関与する側面があることを示している。
装備の高度化は、その秘密保護のため、開発国の違いによる技術的相違を拡大させる。今回、フィリピンがブラモスを導入することにより、米比間でデカップリングが進む可能性は低い。しかしながら、米中ロといった軍事大国が、その軍事技術提供を自国の影響力拡大の道具として使う傾向は今後益々増えてくるであろう。軍事技術が国家間のデカップリングを助長する傾向があることを、米中ロの大国間競争の一つの側面として見ていく必要があるだろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
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