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軽んじられた同盟国:台湾が自ら戦略的価値を主張すべき理由(1)【中国問題グローバル研究所】

配信日時:2025/05/30 10:29 配信元:FISCO
*10:29JST 軽んじられた同盟国:台湾が自ら戦略的価値を主張すべき理由(1)【中国問題グローバル研究所】 ◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している(※1)陳建甫博士の考察を2回に渡ってお届けする。


I. 衝撃と関係性の再編:戦略的警鐘としての関税
ドナルド・トランプ米大統領は2025年4月2日、無差別に「相互関税」を課す大統領令14257号に署名した。米国は世界貿易の均衡を取り戻すためだとするものの、標的は中国だというのが一般的な見方であった。ところが、ふたを開けてみると、台湾に提示された関税率は32%と、日本(24%)や韓国(25%)を上回り中国(34%)に匹敵する高さとなり、不意打ちを食らう形となった。4月5日には世界全体を対象とした10%の基本関税も発効している。

トランプが中国に対する関税率を2日間で段階的に145%へと劇的に引き上げたのは、そのわずか6日後のことである。これを受けて、中国も米国製品に125%の関税を課すとともに、米国へのレアアースの輸出を停止した。緊張が高まっていたが、両国は2025年5月12日、ジュネーブで暫定的合意に達した。5月14日から発効したこの合意では、両国が90日間関税率を引き下げ(追加関税率は米国側が30%、中国側が10%)、その間、協議を継続することが決められた。

この一連の事態は、台湾には厳しいメッセージとなった。数十年にわたり米国を支持してきたにもかかわらず、米中の覇権争いにたやすく巻き込まれる。これは単なる関税率の問題ではなく、認識の問題である。台湾は、信頼できるパートナーではなく他の戦略的ライバルとひとくくりにされるのだと気付かされた。こうした侮辱を受けたことで、価値観同盟に対する米国の支持への信頼が失われ、民主主義国家の団結に疑念が生じている。


II. トランプのメディアファースト戦略とその副次的影響
トランプの貿易戦略は長期を見据えたものではなく、「メディア映え」を意識したものである。ニクソン氏の熟慮の末の意図的な外交とは異なり、トランプはイメージとディールを重視した小手先のアプローチをとる。関税は、確かな思考に基づく交渉のツールというより、権力を誇示するパフォーマンスのためのツールと化している。

市場はこうした動向に敏感に反応した。4月2日の発表以降、ダウジョーンズ工業株平均は2,000ポイント以上下落したものの、5月12日のジュネーブでの「ディール」をトランプが公表したことで反騰し、完全に値を戻した。トランプの世界観では、これは自らのスタイルの正当性の立証にほかならない。市場が回復し、トップニュースで自分のタフネス(強さ)が裏付けられれば、米国の勝ち。世界的な混乱など関係ないのだ。

こうした予測不能な動きが同盟国にシステミックリスクをもたらしている。特に台湾は政策面で混迷し、リアルタイムに予想や影響力の行使、あるいは対応ができなくなった。大きなダメージを受けているのは貿易だけではない。忠誠を示しても、それが戦略的不干渉の確保にはつながらないとの認識ももたらした。


III. ルールに従う側か、ルールをつくる側か?台湾の通貨が試される
トランプの一貫性のない政策スタイルは、台湾の抱えるジレンマ(道義のためにおもねることと戦略的に主体性を発揮することの相反性)が深まっている現状を浮き彫りにした。台湾は数十年にわたり、民主的で、ルールを守り、透明性が高い模範的な同盟国という役割を担い、その役割を果たすことで米国に守ってもらえると信じてきた。だが、今回のトランプ関税は、そうでないことを証明する出来事となった。

880億ニュー台湾ドル(27億米ドル)の支援策と韓国・済州島で開催されたAPEC貿易担当大臣会合における外交交渉という台湾の対応は迅速であったものの、結局のところ後手に回っている。重要なのは、台湾がルールを作る側ではなく、ルールに従う側になるのか、世界秩序におけるその立ち位置である。

2025年5月、地域の通貨が激しく変動するなかで、台湾と韓国の対応は大きく分かれた。韓国銀行は、通貨高圧力を受けて介入の用意があることを表明した。この積極的な姿勢が韓国の輸出セクターを守り、政策の自律性を高めた。これとは対照的に、2日間で通貨が1米ドル33ニュー台湾ドルから30ニュー台湾ドルに上昇したにもかかわらず、台湾の中央銀行は通貨高圧力を認めたり介入の意向を示したりせずに、高騰回避のための軽微な介入をするにとどまった。

この暗黙のコンプライアンスは、韓国の積極的な姿勢と対極をなす。通貨主権を主張することに後ろ向きな姿勢は、自律性のアピールより米国政府との関係を重視して戦略的服従をする台湾政府のお決まりのパターンを反映している。圧力を受け入れ、政治的に利用しようとしないのが台湾の姿勢だ。


IV. 戦略的な不均衡と国民の不満
一方、こうした姿勢を維持することは徐々に難しくなってきた。台湾は、米国への非対称的な依存に対する国内の不安の高まりに直面している。IPEF(インド太平洋経済枠組み)からの除外や厳しい関税政策など度重なる冷遇を受け、よりバランスの取れた外交政策を求める声が強まっている。市民社会や技術官僚、若年層が求めているのは、単に足並みを揃えるだけでなく、主体的に行動することである。

政治指導者は今こそ、米国との関係を維持しながらも、互恵関係の構築と国の尊厳を守ることを求める有権者の声に応えるという、二重の課題にうまく対応していかなければならない。台湾の外交政策は、道義的議論にのみ依拠するのではなく、相互に利益のあるパートナーシップに置き換える必要がある。民主的な関係には、価値観の共有だけでなく利益の共有も必要となる。そしてその利益は、目に見える形で取り決めた上で守られなければならない。


V. 自らの価値を影響力へ:台湾の役割を再定義する
トランプが見返りを与えるのはネゴシエーターであり、言うことを聞く生徒ではない。台湾は「模範的な同盟国」というペルソナから脱却し、自らの戦略的価値を発信しなければならない。安全を保障する価値のある投資先として、半導体やサイバーセキュリティ、地政学的・戦略的要衝という立地など、極めて重要な要素を数値化する必要がある。

台湾支援は、道義的に当然だからではなく、戦略的計算によるものとなる。台湾の安定は、世界のメモリチップ供給を安定化させる。台湾の民主的な政治体制の維持は、インド太平洋地域のレジリエンスを高める。こうした事実を、金銭的価値や希少性、どのような結果をもたらすかなど、米国政府側に響く言葉で伝えなければならない。

台湾には新たな交渉の糸口を見つけ、商業外交担当者を教育し、シンクタンクと連携して民主的な同盟を数値的メリットに落とし込むことが求められる。感情論を戦略という形に置き換えるのだ。

ほかにも、台湾を見捨てることでどのような悪影響が生じるかを明確に示す必要がある。台湾のメモリチップ生産能力の安定的確保ができなくなったら、世界のサプライチェーンにどのような事態が起きるのか。台湾が不安定化した場合、どのような地域的リスクが生じるのか。こうした問題を、抽象的な懸念としてではなく、コストやリスク、代替案を含む、具体的なシナリオとして示さなければならない。


「軽んじられた同盟国:台湾が自ら戦略的価値を主張すべき理由(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。

写真: トランプ米政権の関税政策 世界経済に打撃の懸念(写真:AP/アフロ)

(※1)https://grici.or.jp/


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