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「黒船」対「白騎士」― 国際的半導体アライアンスをめぐる状況の変化(1)【中国問題グローバル研究所】
配信日時:2024/03/06 10:22
配信元:FISCO
*10:22JST 「黒船」対「白騎士」― 国際的半導体アライアンスをめぐる状況の変化(1)【中国問題グローバル研究所】
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している(※1)陳建甫博士の考察を2回に渡ってお届けする。
「黒船」対「白騎士」
半導体の世界最大手、台湾TSMC社(台湾積体電路製造、以下TSMC)による日本・熊本工場(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社、JASM)開設は、日本の一部メディアによって「黒船」対「白騎士」(ホワイトナイト)の到来として報じられた。「黒船」という言葉は日本において、19世紀、アメリカ合衆国によって当時鎖国中であった日本が開国を余儀なくされ、大々的な近代化の道を歩み始めた歴史を象徴するものだ。
日本の教科書では、黒船来航は侵略としてではなく、明治維新をはじめとする日本の近代化を促した出来事として扱われている。TSMCの熊本工場にからめて日本のメディアが「黒船」という言葉を使ったのは、半導体の世界最大手である台湾企業が日本国内での操業を開始したことの持つ意義を反映したものだ。
ただ、台湾側から「黒船」という言葉を使った場合は、いささか傲慢に聞こえてしまうかもしれない。日本の一部メディアには、TSMC熊本工場に対して否定的な目を向けて「半導体バブル」という言葉を使ったり、地元の努力に目を向けずにTSMCを日本の救世主として持ち上げることに警鐘を鳴らしたりするものもある。これらメディアはTSMCが担う歴史的意義は「黒船」のそれにはあたらないとして、日本国内の半導体業界にも目を向けるべきだとしている。
日本の技術力は非常に高く、TSMCのチップ製造は日本の半導体製造施設や上流材料に依拠するものだが、逆に、日本の半導体製造施設や材料も、TSMCの鋳造能力なしには威力を発揮できない。TSMCの熊本進出は、日本が世界の半導体業界で影響力を取り戻そうとしていることの表れであると見なされている。
一方で、TSMCのウェハー製造工程なくして、日本の半導体製造施設と上流材料はチップ製造を全うすることができない。つまり、TSMCの熊本工場設立は、グローバルな半導体業界での影響力を取り戻さんとする日本国内の取り組みがもたらしたもの、と見るべきだろう。
台湾メディアは、これとは別の見方を示している。日本から見ればTSMCは、韓国半導体業界そして新興の中国半導体業界に対抗するために招かれた「白騎士」に過ぎない。日本の半導体業界が本当にTSMCという騎士による助けを求めているとしても、面子にこだわる日本にとってその事実は受け入れ難いだろう。
日本の半導体業界は腹の底では今でも、日本の技術がアジア随一であると信じている。手を組む相手を選ぶならば、中国や韓国ではなく台湾がより相応しいと考えるだろう。
地政学的要因から、中国と台湾の関係が緊張するたびに、台湾の半導体業界は、さまざまな軍事的脅威や言葉による威嚇によって、脅かされる恐れがある。グローバルな半導体業界サプライチェーンの停滞や、崩壊の危機にも発展しかねない。
TSMC熊本工場が円滑に稼働すれば、地政学的リスクにまつわるこうした不安要素も払拭されるだろう。同時に、半導体業界における台湾と日本の提携を、世界の半導体業界に向けて正式に宣言することになる。TSMCは、台湾では先端プロセス研究開発を続け、日本のTSMC熊本工場では先端プロセスによる半導体チップを製造する。半導体チップ製造でのこうした分業体制は、グローバルな半導体業界サプライチェーンの生態系を静かに変えつつある。
インテルとサムスンの考察 ― 半導体の戦場を切り抜ける
TSMCとインテルとの熾烈な争いにより、半導体業界はきわめて重要な局面を迎えている。長年トップを走り続けるインテルは、TSMCが大胆な事業拡大と最先端のプロセスに力を注ぐなか、テクノロジーの世界における軍拡競争の真っ只中にいると認識している。
台湾と日本の半導体連合によって、米国のインテルと韓国のサムスンには間違いなく、厳戒信号が送られていることだろう。2024年2月21日に初開催されたインテルの「IFS Direct Connect 2024」イベントでは、Singh CEOから、同社のウェハー製造サービス(IFS)がマイクロソフト社から18A(1.8nm)プロセスを受注したとの告知が行われた。大手顧客4社との契約も締結しており、合計受注額は150億ドルに達するとも予想されている。インテルは2030年までに鋳造分野で世界第2位につけることを目指しており、2025年にはIntel 18Aプロセスでプロセス分野の主導権を取り戻そうと意気込んでいる。
インテルが1.8nmプロセス受注を公表した背景には、再び技術的優位に立たねばならない、という切迫感が透けて見える。こうしたライバル関係が、個々の企業の枠を超えて技術革新を推進し、半導体業界の競争環境のありかたを大きく変容させている。
TSMCの拡大を目の当たりにして、インテルは岐路に立たされており、技術の世界の進化にすばやく適応することを余儀なくされている。半導体業界は変革期を迎えており、既存のプレイヤーは戦略を見直し、かつてない勢いで革新的技術を取り込む必要に迫られている。インテルの対応は、市場シェアを目的とした1社の戦略的な動きというだけではない、業界の今後の均衡を決定づけるきわめて重要な要因となる。
TSMCがグローバル展開するにつれ、半導体業界のもう一つの最大手サムスンとの関係性もなかなかに複雑なものとなっている。メモリとロジックチップの両分野で圧倒的な存在感を示しているサムスンは、TSMCとは直接競合する立場にある。だが、一皮むけばそこには相互依存の関係が見えてくる。TSMCは特定の材料をサムスンに依存しており、業界内の関係性は複雑なものとなっている。このような繊細な関係を成立させるには、慎重な戦略的立ち回りが不可欠となる。混乱が生じれば、世界の半導体サプライチェーンを揺さぶることになるからだ。
インテルにとって、台湾と日本が手を組んだことは競合上の問題というだけでなく、考察と適応を促すものでもある。台湾と日本による連携の取り組みは、これまで技術革新に慎重だった業界に、協力関係のための新たな基準を打ち立てた。インテルはTSMCとの技術面での競合関係だけでなく、パートナーシップや提携による業界の変化にも対応しなくてはならない。インテルが半導体業界における重要性とリーダーシップを維持していくには、適応力が重要となる。
サムスンもまた、微妙な課題に直面している。TSMCとの複雑な関係性もあって、サムスンは激しい競争と相互依存とのはざまで戦略的に立ち回ることを強いられている。技術的覇権の追及は独力ではなしえず、業界の行く末を左右するような慎重な協力関係や提携が関わってくる。こうした力学に対する対応が、変化を続ける半導体戦線におけるサムスンの強靭さと地位を決定づけることになる。
2024年1月15日、韓国政府は、今後20年間かけて協力体制のもと進められる「超大規模半導体ウェハー製造コンプレックス」設立を念頭に、サムスン電子とSKハイニックスを支援すると宣言した。投資総額は622兆ウォン(約4,720億ドル)という、途方もない額である。韓国では、2nmプロセスを利用したチップや広帯域メモリなどの先端製品に特化した、世界クラスの製造能力を持つことを目指している。韓国産業通商資源部は、2030年までに韓国産非メモリチップの世界市場シェアが現在の3%から10%に急増すると予想し、大々的な成長を見込んでいる。
さまざまな冒険譚が織り込まれた大河小説の様相を呈する半導体業界において、インテルとサムスンは自身が変革の物語の中心にいることを認識している。TSMCの日本進出が業界全体に内省を促すきっかけとなったことで、インテルとサムスンもただ競合するだけの関係から脱却して、競争と協力、グローバルな地政学的変化とが複雑に交差する状況を乗り切ることを余儀なくされている。業界の将来は、半導体の大々的な変革の時代における両社の戦略の見直しと機敏な対応にかかっている。
「黒船」対「白騎士」― 国際的半導体アライアンスをめぐる状況の変化(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
写真: 2024年 まもなく全人代と政協会議 プレスセンターがオープン
(※1)https://grici.or.jp/
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「黒船」対「白騎士」
半導体の世界最大手、台湾TSMC社(台湾積体電路製造、以下TSMC)による日本・熊本工場(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社、JASM)開設は、日本の一部メディアによって「黒船」対「白騎士」(ホワイトナイト)の到来として報じられた。「黒船」という言葉は日本において、19世紀、アメリカ合衆国によって当時鎖国中であった日本が開国を余儀なくされ、大々的な近代化の道を歩み始めた歴史を象徴するものだ。
日本の教科書では、黒船来航は侵略としてではなく、明治維新をはじめとする日本の近代化を促した出来事として扱われている。TSMCの熊本工場にからめて日本のメディアが「黒船」という言葉を使ったのは、半導体の世界最大手である台湾企業が日本国内での操業を開始したことの持つ意義を反映したものだ。
ただ、台湾側から「黒船」という言葉を使った場合は、いささか傲慢に聞こえてしまうかもしれない。日本の一部メディアには、TSMC熊本工場に対して否定的な目を向けて「半導体バブル」という言葉を使ったり、地元の努力に目を向けずにTSMCを日本の救世主として持ち上げることに警鐘を鳴らしたりするものもある。これらメディアはTSMCが担う歴史的意義は「黒船」のそれにはあたらないとして、日本国内の半導体業界にも目を向けるべきだとしている。
日本の技術力は非常に高く、TSMCのチップ製造は日本の半導体製造施設や上流材料に依拠するものだが、逆に、日本の半導体製造施設や材料も、TSMCの鋳造能力なしには威力を発揮できない。TSMCの熊本進出は、日本が世界の半導体業界で影響力を取り戻そうとしていることの表れであると見なされている。
一方で、TSMCのウェハー製造工程なくして、日本の半導体製造施設と上流材料はチップ製造を全うすることができない。つまり、TSMCの熊本工場設立は、グローバルな半導体業界での影響力を取り戻さんとする日本国内の取り組みがもたらしたもの、と見るべきだろう。
台湾メディアは、これとは別の見方を示している。日本から見ればTSMCは、韓国半導体業界そして新興の中国半導体業界に対抗するために招かれた「白騎士」に過ぎない。日本の半導体業界が本当にTSMCという騎士による助けを求めているとしても、面子にこだわる日本にとってその事実は受け入れ難いだろう。
日本の半導体業界は腹の底では今でも、日本の技術がアジア随一であると信じている。手を組む相手を選ぶならば、中国や韓国ではなく台湾がより相応しいと考えるだろう。
地政学的要因から、中国と台湾の関係が緊張するたびに、台湾の半導体業界は、さまざまな軍事的脅威や言葉による威嚇によって、脅かされる恐れがある。グローバルな半導体業界サプライチェーンの停滞や、崩壊の危機にも発展しかねない。
TSMC熊本工場が円滑に稼働すれば、地政学的リスクにまつわるこうした不安要素も払拭されるだろう。同時に、半導体業界における台湾と日本の提携を、世界の半導体業界に向けて正式に宣言することになる。TSMCは、台湾では先端プロセス研究開発を続け、日本のTSMC熊本工場では先端プロセスによる半導体チップを製造する。半導体チップ製造でのこうした分業体制は、グローバルな半導体業界サプライチェーンの生態系を静かに変えつつある。
インテルとサムスンの考察 ― 半導体の戦場を切り抜ける
TSMCとインテルとの熾烈な争いにより、半導体業界はきわめて重要な局面を迎えている。長年トップを走り続けるインテルは、TSMCが大胆な事業拡大と最先端のプロセスに力を注ぐなか、テクノロジーの世界における軍拡競争の真っ只中にいると認識している。
台湾と日本の半導体連合によって、米国のインテルと韓国のサムスンには間違いなく、厳戒信号が送られていることだろう。2024年2月21日に初開催されたインテルの「IFS Direct Connect 2024」イベントでは、Singh CEOから、同社のウェハー製造サービス(IFS)がマイクロソフト社から18A(1.8nm)プロセスを受注したとの告知が行われた。大手顧客4社との契約も締結しており、合計受注額は150億ドルに達するとも予想されている。インテルは2030年までに鋳造分野で世界第2位につけることを目指しており、2025年にはIntel 18Aプロセスでプロセス分野の主導権を取り戻そうと意気込んでいる。
インテルが1.8nmプロセス受注を公表した背景には、再び技術的優位に立たねばならない、という切迫感が透けて見える。こうしたライバル関係が、個々の企業の枠を超えて技術革新を推進し、半導体業界の競争環境のありかたを大きく変容させている。
TSMCの拡大を目の当たりにして、インテルは岐路に立たされており、技術の世界の進化にすばやく適応することを余儀なくされている。半導体業界は変革期を迎えており、既存のプレイヤーは戦略を見直し、かつてない勢いで革新的技術を取り込む必要に迫られている。インテルの対応は、市場シェアを目的とした1社の戦略的な動きというだけではない、業界の今後の均衡を決定づけるきわめて重要な要因となる。
TSMCがグローバル展開するにつれ、半導体業界のもう一つの最大手サムスンとの関係性もなかなかに複雑なものとなっている。メモリとロジックチップの両分野で圧倒的な存在感を示しているサムスンは、TSMCとは直接競合する立場にある。だが、一皮むけばそこには相互依存の関係が見えてくる。TSMCは特定の材料をサムスンに依存しており、業界内の関係性は複雑なものとなっている。このような繊細な関係を成立させるには、慎重な戦略的立ち回りが不可欠となる。混乱が生じれば、世界の半導体サプライチェーンを揺さぶることになるからだ。
インテルにとって、台湾と日本が手を組んだことは競合上の問題というだけでなく、考察と適応を促すものでもある。台湾と日本による連携の取り組みは、これまで技術革新に慎重だった業界に、協力関係のための新たな基準を打ち立てた。インテルはTSMCとの技術面での競合関係だけでなく、パートナーシップや提携による業界の変化にも対応しなくてはならない。インテルが半導体業界における重要性とリーダーシップを維持していくには、適応力が重要となる。
サムスンもまた、微妙な課題に直面している。TSMCとの複雑な関係性もあって、サムスンは激しい競争と相互依存とのはざまで戦略的に立ち回ることを強いられている。技術的覇権の追及は独力ではなしえず、業界の行く末を左右するような慎重な協力関係や提携が関わってくる。こうした力学に対する対応が、変化を続ける半導体戦線におけるサムスンの強靭さと地位を決定づけることになる。
2024年1月15日、韓国政府は、今後20年間かけて協力体制のもと進められる「超大規模半導体ウェハー製造コンプレックス」設立を念頭に、サムスン電子とSKハイニックスを支援すると宣言した。投資総額は622兆ウォン(約4,720億ドル)という、途方もない額である。韓国では、2nmプロセスを利用したチップや広帯域メモリなどの先端製品に特化した、世界クラスの製造能力を持つことを目指している。韓国産業通商資源部は、2030年までに韓国産非メモリチップの世界市場シェアが現在の3%から10%に急増すると予想し、大々的な成長を見込んでいる。
さまざまな冒険譚が織り込まれた大河小説の様相を呈する半導体業界において、インテルとサムスンは自身が変革の物語の中心にいることを認識している。TSMCの日本進出が業界全体に内省を促すきっかけとなったことで、インテルとサムスンもただ競合するだけの関係から脱却して、競争と協力、グローバルな地政学的変化とが複雑に交差する状況を乗り切ることを余儀なくされている。業界の将来は、半導体の大々的な変革の時代における両社の戦略の見直しと機敏な対応にかかっている。
「黒船」対「白騎士」― 国際的半導体アライアンスをめぐる状況の変化(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
写真: 2024年 まもなく全人代と政協会議 プレスセンターがオープン
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