注目トピックス 経済総合

プーチン大統領の思惑、今回のウクライナ騒動を理解するには(元統合幕僚長の岩崎氏)(2)【実業之日本フォーラム】

配信日時:2022/03/01 10:50 配信元:FISCO
この記事は「プーチン大統領の思惑、今回のウクライナ騒動を理解するには(元統合幕僚長の岩崎氏)(1)【実業之日本フォーラム】」の続きである。

2.プーチン大統領は偉大?功績は?
プーチン氏がロシアの最高権力者になって既に20年以上になる。我々の感覚からすれば、かなりの長期政権である。が、ロシアの歴史からすれば、それほどでもない。2018年にロシアで興味深いネット投票が行われたことがある。「ロシアの最も偉大な君主は?」というアンケートである。これはネット調査であり、かつロシアという我々とかなり価値観が異なる国の調査である。真実を反映しているか否かは不明ではあるが、結果は、1位:スターリン書記長、2位:ピョートル大帝、3位:プーチン大統領であった。我々からすれば世界的に尊敬されノーベル平和賞を受賞したゴルバチョフ大統領は、残念ながら遥か下であった。スターリンは、我々には、史上最悪の独裁者とのイメージがあるものの、政権トップに30年以上君臨し、ロシアの工業力を強化し、国力を高め、民に富を齎し、第二次大戦ではあのドイツを倒し、核を開発してロシアを米国と同等に押し上げた偉大な指導者である。ピョートル大帝は40年以上君臨し、海軍を立ち上げ、バルト海を制し、ロシアの領土を拡大した。いづれにしても、ロシア国民は、ロシア国民を鼓舞し、祖国ロシアの権益を拡大し、領土を拡大してくれる指導者を望んでいる様な調査結果である。

プーチン大統領は、1999年12月31日、エリツイン大統領が辞任し、突然、ロシア大統領職代行となった。そして、翌年2000年5月7日、正式なロシア大統領に就任した。一度、2008年~2012年は首相(この際でも、実質的にはプーチン政権)になったものの、再び大統領に返り咲き、実質的に20年以上、政権トップと維持した。これまでのプーチン大統領の功績は何なのだろうか。この功績は、勝手に我々が考える功績でなく、ロシア国民の目から功績と言えるものでないといけない。

前述のとおり、ロシア国民は、ロシア国民を鼓舞し、ロシアに富を齎してくれる指導者が好きだ。プーチン大統領は、先ずは、エリツイン大統領時代末期の混乱を収めてくれた偉大な指導者である。そして、ソ連が崩壊し、経済的にかなり低迷していたロシアを見事に復活させ、この経済力を使って、ソ連崩壊後、殆ど活動していなかった軍を活性化した指導者でもある。

2007年、長年休止していた「常時警戒飛行」を再開する旨の発表を行い、実際にTu-95長距離爆撃等の飛行を再開した。英国の北海周辺、我が国周辺、そして米国のアラスカやカリフォルニア周辺にも飛行させ始めた。石油や天然ガスのパイプラインを欧州各国に敷設し始めたのもプーチン大統領である。そして、最近では、「クリミア半島」を獲得(併合)した。久々の領土拡張である。

プーチン大統領は、2013年末から翌年にかけ、ウクライナ国境周辺に大規模な軍隊を移動させ、軍事演習を行った。また、この軍事行動とともに、所謂、ハイブリッド戦と言われる手法を駆使し、ウクライナ東部やクリミア半島で様々な諜報・宣伝・サイバー攻撃・情報かく乱活動を行った。もともとウクライナ東部やクリミア半島の地域は、ロシア系住民が多い地域である。このロシア系住民の主言語はロシア語であり、文化・生活様式等は、ほほロシア人に近い。プーチン大統領は、ウクライナ東部で、このロシア系住民がウクライナ政府(軍)から不当な扱い(武力攻撃)を受けているとの宣伝を行い、リトル・グリーン・メンなる実質ロシア兵をウクライナ東部に送った。このリトル・グリーン・メンとは、実態はロシア軍隊であり、ロシア軍人であることは明白である。彼らは、ロシア軍に似た戦闘服を着用しており、ロシア製の武器を装備している。しかし、階級章や部隊章等の徽章は装着しておらず、どこかの国の正規軍でないとの生出たちである。この集団が東部ウクライナに侵入し、ロシア系住民の安全確保の為、ウクライナ政府軍と戦い続けた。

また、ロシアは、クリミア半島で様々な工作を行い、この地域の住民に、クリミア半島の帰属をめぐる住民投票を行わせた。この周辺住民も主要言語はロシア語であり、ロシア文化のもとで暮らしている人達である。かつ、ここの住民の多くは高齢者であり、年金受給者である。ロシアは、この住民に、ロシアの年金とウクライナの年金を具体的に説明したのである(ロシアの年金は、ウクライナのそれに比較し、高額である)。この選挙の結果は、予想どおりであった。結果を受けて、2014年3月18日、ロシア、クリミア自治共和国、セヴァストポリ特別区(市)の三者が、「ロシアへの併合に関する協定」に調印したのである。プーチン大統領は、銃弾を一発も使わず、クリミア半島を手中にした。ウクライナ、欧米、そして我が国も、この条約は有効でないとしているものの、既に8年もの間、ロシアによる不当な占領が続いている。

この様な既成事実が長引けば、国際社会もその事実を容認せざるを得なくなる(我が国は、「北方四島」及び「竹島」は、わが国固有の領土であると70年以上、主張し続けているものの、国際社会の中で、我が国の主張を認めてくれる国は、ほぼ皆無である。同盟国の米国でさえ、この件に関してロシアや韓国に何も言ってくれない。でも、我々は諦めてはいけない。必ず取り戻さないといけない地域である)。そのようなことは避けないといけないと思いつつ8年経過した。

以上の様に、クリミア半島では、ロシアの安定した占領が続いている。一方の東部ウクライナでの戦闘(紛争)は、ロシアの権益拡大の布石であり、両方ともプーチン大統領の大きな功績である。
そして、今回の一連の動きは、ロシアのウクライナでの更なる権益拡大の始まりかもしれないのである。

3.今後の我々の対応は?
プーチン大統領は、なぜ今、この時期を選んだのだろうか。今は西側諸国の結束が必ずしも強固でない、と考えたのかもしれない。米国は昨年1月、新大統領になり、「同盟への回帰」を宣言したものの、一昨年前の大統領選での国内の分断がますます悪化し、外交に専念し難い状況が続いている。その最たるものが、アフガンからの撤退作戦であった。英国はEUからの離脱問題が依然として尾を引いており、コロナ禍でのパーティ問題もある。フランスは4月に大統領選を控えている。ドイツは、偉大なメルケル首相が去り、ショルツ首相になったばかりであり、かつ政権自体があまり盤石ではない。西側各国はいろいろな事情を抱えているのである。

この様な中、ウクライナ国境周辺での大規模演習を行いながら、プーチン大統領は、一方的に東部ウクライナのロシア系住民が住む地域を独立国家として承認した。「ドネツク人民共和国」及び「ルガンスク人民共和国」である。かなり大胆な行動である。そして、遂にロシア軍にウクライナ国内への突入を命じ、軍は即座に行動を開始した。

これは、米国のバイデン大統領及びNATOがウクライナ国内へ軍を派遣しないとのメッセージを何度も表明していることとの関連はないのだろうか。プーチン大統領としては、米国やNATO及び世界の枢要国からの経済制裁があろうが、米国とNATOに軍を入れないのであれば、簡単にウクライナを手中に収めることが出来る、と考えたのではなかろうか。軍のオプションは最終手段として常に取っておくべきである。バイデン大統領に、又はNATO事務局長に軍のトップはどのようなアドバイスをしたのだろうか。私は、知る由はないが、この様な判断が、次なる悲劇を生まなければ良いがと願うのみである。

ここに至って、我々は何をすべきなのか。それはただ一つである。米国を中心に「結束」するしかない。台湾海峡問題でも示したように、我々、西側の各国が一丸となり、プーチン大統領が行おうとしている「力による現状変更」を止める必要がある。その為には、東部ウクライナの現状を、宇宙から、空から、地上から、通信系やネットワークに至るまで、常に警戒監視し、日々、その状況を公表し、彼らの主張していることが如何に操作されているのかを曝け出すことである。そして、更なる強力な経済制裁を行い断固たる態度を示すことである。この強力な経済制裁とは、単に個人とか関係者の口座凍結の様な単純で、影響の少ない制裁ではなく、より大胆にロシアとの経済取引を停止する覚悟が必要である。当然、この様な処置を行なえば、我々に跳ね返ってくることが容易に推測で来るが、今、我々にはその覚悟が必要な時である。

ウクライナは地理的に、我が国から遠い国であるが、今、我々はプーチン大統領の勝手な行動を許すわけにはいかない。プーチン大統領の一挙手一投足を習近平主席が見つめている。「今日のウクライナは、明日の極東であり、台湾であり、我が国である」 我が国が果たすべき役割は、極めて大きいと考えている。(令和4.2.27)

岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。

写真:AP/アフロ

■実業之日本フォーラムの3大特色

実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う

2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える

3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする


<FA>

Copyright(c) FISCO Ltd. All rights reserved.

ニュースカテゴリ