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SDGsの流行で「感情が経済を動かす時代」が到来する…!「きれいごと」では片付けられないと言える本当のワケ
配信日時:2022/01/31 11:18
配信元:FISCO
●なぜ急激にSDGsが流行している?
環境や人権問題などの解決を目指すSDGs(持続可能な開発目標)が企業の間で急速に広まっている。
トヨタ自動車は電気自動車(EV)の強化を打ち出した。ENEOSホールディングスも、再生可能エネルギー新興企業を2000億円で買収した。2050年に温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指す「脱炭素」は多くの企業が取り組んでいる。スーツの胸元にカラフルなSDGsのバッジを付けているビジネスパーソンもよく見かけるようになった。
SDGsはなぜ急に広まったのか。なぜ激変が起きているのか。あまりのスピードの激しさに戸惑う企業経営者も多い。
当たり前だが、地球環境が悪化していることは、最近になって「発見」されたことではない。生物学者のレイチェル・カーソンが『沈黙の春』を刊行したのは60年前の1962年だ。国際団体のローマ・クラブが環境の汚染や資源の枯渇などに警鐘を鳴らし、「成長の限界」を唱えたのは1972年。日本でも、1960〜1970年代前後は、公害が社会問題となっている。私たちは50年以上前から「環境問題」に気付いている。
●地球温暖化は「金融リスク」だ
では、当時と現代では何が違うのか。もはやSDGsが‘’きれいごと”ではなくなった。ポイントは三つある。
一点目は、科学的議論が社会に浸透してきたことがあげられよう。2021年8月に公表された国連機構変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次報告書では、人間活動のせいで温暖化が起きていることは「疑う余地がない」と断言された。地球の気温は既に1.1度上昇。台風や豪雨などの異常気象は世界各地で観測されている。この数十年で温暖化懐疑派は減ってきた。
二点目は金融の変化だ。英イングランド銀行元総裁のカーニー氏をはじめ、地球温暖化を「金融リスク」であると公言する金融のプロがどんどん出てきた。仮に、異常気象によって企業の生産拠点の工場の稼働が止まれば、ビジネスの痛手となる。脱炭素が進めば、化石燃料関連の会社の資産は劣化し、投融資の回収が難しくなる。SDGsへの対応ができない企業のビジネスは古びる。まさに金融リスクだ。金融側から企業側に「変化せよ」というプレッシャーがかけられている。金融が変われば、社会は変わる。
三点目は、経済成長と環境保護が両立するというロジックが浸透してきたことだ。かつて環境問題を解決するためには、成長を諦めないといけないという議論が根強かった。いまは電気自動車をはじめ、経済的イノベーションこそが環境問題を解決するという考え方が広まっている。気候変動の解決をめざす「クライメートテック」と呼ばれる新しいスタートアップは、新しい経済的価値を追求しながら環境問題にコミットする。脱炭素など環境問題に取り組まないと、ビジネスが回らないという状況にもなっている。経済と環境が手を結んだことは大きい。
以上の「3つのシフト」を見るだけでも、SDGsは”きれいごと”ではないのは明らかであろう。
●「一つの投稿」が株価に影響を与える
それに加えてもう一つの大きな動きがある。「ラディカル・トランスペランシー( radical transparency) 」だ。この言葉は、英紙「フィナンシャルタイムズ」US版のエディター・アット・ラージのジリアン・テット氏と話しているときに教えられた。「圧倒的な透明性」という意味だろう。
私たちは、「きれいごと」を抜きにビジネスを語ることができない時代を生きている。ある会社のビジネスが環境に悪いものだとしたら、不買運動が起こる。経営者がジェンダー平等に反する発言をしたらインターネットで批判される。サプライチェーンの工場で違法な児童労働が行われていたらマーケットから閉め出される。
表向きはSDGsに取り組んでいるように見えても、会社の中でパワハラが行われたり、ジェンダー差別があったり、環境汚染を見て見ぬふりをしていたら、匿名の従業員がSNSに投稿するだろう。
すべてが透明になり、オープンになり、データ化され、ネットで広がっていく。慶應義塾大学の田中辰雄氏の研究によると、ネット炎上などによる株価への影響はマイナス0.7%だという。中にはおよそ5%程度の下落も見られた例もある。(※1)
「ラディカル・トランペランシー」の時代とは、個人の感情が経済の「内」にどんどん浸食してくる時代を意味する。企業への怒り、経営者への不信感、環境問題を解決したいという熱情。そして、働いている人の哲学。Twitter、Facebook、InstagramなどのSNSの利用者は、何億人もいる。日本国内で使われるLINEの利用者は8900万人だ。誰かが発信した1本の「思い」がSNS投稿を通して拡散し、企業の株価に影響を与える。
企業自身も「SNSマーケティング」と称して、自社の商品やサービスについて多数の個人がどのような感想をSNS上でつぶやいているかを絶えずチェックしている。個人の感情に寄り添い、それらに左右され、ビジネスが動いていく。
かつてのモノ言う株主たちの姿勢も変わってきた。これまでは企業の業績や株価の配当に関して声を上げていた株主たちが、個人の価値観に基づく要求をするようになった。日本でも2020年に三菱UFJフィナンシャル・グループの株主総会に、環境問題に関心を持つ大学生が参加した。これからも株主総会で、環境やジェンダー平等に関する要求をする株主たちが増えていくことだろう。
個人の価値観に応えることで、企業の評判が下がるリスクを避けることができ、さらに企業の株価が上がったり、商品が売れたり、優秀な人材が転職して来てくれたりすることもある。
●到来するクリエイターエコノミーの時代
SDGsは確かにきれいごとだ。しかしそれは当たり前のことだ。なぜなら、これまで経済が軽んじてきた、個人の価値観や倫理観など「感情」の力が増しているからだ。感情が重んじられるほど、ますます経済は倫理へとシフトする。
これから3年以内に、クリエイターエコノミーと呼ばれる時代が到来する。音楽や漫画など個人の趣味に基づいた発信をすることで、少数のファンがお金を払い、生計が立てられるようになる。
ベンチャーキャピタル「Signal Fire」の統計によると、世界にはすでに5000万人のクリエーターがいるという。これからは「モノ言う個人」ではなく、「モノを作る個人」が出てくる。個人はまるで一つの会社のような存在になり、「個人(消費者)の企業化=Enterprization of Consumer」が進む。
企業は、ビジネスは、マーケットは、「新たなSDGs個人」とどう向き合うのか。そして
経営者は「人権」や「環境保護」などの理念をめぐる「グレート・ディベート」にどう向き合うのか。それがSDGs時代の本質的な問いである。
竹下隆一郎
朝日新聞経済部記者、スタンフォード大学客員研究員、ハフポスト日本版編集長を経て、就任。アメリカのニューメキシコ州やコネチカット州で育った。世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)メディアリーダー。英語名はRyan(ライアン)。2008年5月に4ヶ月の育児休業を取得。2021年9月、『SDGsがひらくビジネス新時代』(ちくま新書)を刊行した。
※1:https://ies.keio.ac.jp/upload/pdf/jp/DP2017-003.pdf
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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環境や人権問題などの解決を目指すSDGs(持続可能な開発目標)が企業の間で急速に広まっている。
トヨタ自動車は電気自動車(EV)の強化を打ち出した。ENEOSホールディングスも、再生可能エネルギー新興企業を2000億円で買収した。2050年に温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指す「脱炭素」は多くの企業が取り組んでいる。スーツの胸元にカラフルなSDGsのバッジを付けているビジネスパーソンもよく見かけるようになった。
SDGsはなぜ急に広まったのか。なぜ激変が起きているのか。あまりのスピードの激しさに戸惑う企業経営者も多い。
当たり前だが、地球環境が悪化していることは、最近になって「発見」されたことではない。生物学者のレイチェル・カーソンが『沈黙の春』を刊行したのは60年前の1962年だ。国際団体のローマ・クラブが環境の汚染や資源の枯渇などに警鐘を鳴らし、「成長の限界」を唱えたのは1972年。日本でも、1960〜1970年代前後は、公害が社会問題となっている。私たちは50年以上前から「環境問題」に気付いている。
●地球温暖化は「金融リスク」だ
では、当時と現代では何が違うのか。もはやSDGsが‘’きれいごと”ではなくなった。ポイントは三つある。
一点目は、科学的議論が社会に浸透してきたことがあげられよう。2021年8月に公表された国連機構変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次報告書では、人間活動のせいで温暖化が起きていることは「疑う余地がない」と断言された。地球の気温は既に1.1度上昇。台風や豪雨などの異常気象は世界各地で観測されている。この数十年で温暖化懐疑派は減ってきた。
二点目は金融の変化だ。英イングランド銀行元総裁のカーニー氏をはじめ、地球温暖化を「金融リスク」であると公言する金融のプロがどんどん出てきた。仮に、異常気象によって企業の生産拠点の工場の稼働が止まれば、ビジネスの痛手となる。脱炭素が進めば、化石燃料関連の会社の資産は劣化し、投融資の回収が難しくなる。SDGsへの対応ができない企業のビジネスは古びる。まさに金融リスクだ。金融側から企業側に「変化せよ」というプレッシャーがかけられている。金融が変われば、社会は変わる。
三点目は、経済成長と環境保護が両立するというロジックが浸透してきたことだ。かつて環境問題を解決するためには、成長を諦めないといけないという議論が根強かった。いまは電気自動車をはじめ、経済的イノベーションこそが環境問題を解決するという考え方が広まっている。気候変動の解決をめざす「クライメートテック」と呼ばれる新しいスタートアップは、新しい経済的価値を追求しながら環境問題にコミットする。脱炭素など環境問題に取り組まないと、ビジネスが回らないという状況にもなっている。経済と環境が手を結んだことは大きい。
以上の「3つのシフト」を見るだけでも、SDGsは”きれいごと”ではないのは明らかであろう。
●「一つの投稿」が株価に影響を与える
それに加えてもう一つの大きな動きがある。「ラディカル・トランスペランシー( radical transparency) 」だ。この言葉は、英紙「フィナンシャルタイムズ」US版のエディター・アット・ラージのジリアン・テット氏と話しているときに教えられた。「圧倒的な透明性」という意味だろう。
私たちは、「きれいごと」を抜きにビジネスを語ることができない時代を生きている。ある会社のビジネスが環境に悪いものだとしたら、不買運動が起こる。経営者がジェンダー平等に反する発言をしたらインターネットで批判される。サプライチェーンの工場で違法な児童労働が行われていたらマーケットから閉め出される。
表向きはSDGsに取り組んでいるように見えても、会社の中でパワハラが行われたり、ジェンダー差別があったり、環境汚染を見て見ぬふりをしていたら、匿名の従業員がSNSに投稿するだろう。
すべてが透明になり、オープンになり、データ化され、ネットで広がっていく。慶應義塾大学の田中辰雄氏の研究によると、ネット炎上などによる株価への影響はマイナス0.7%だという。中にはおよそ5%程度の下落も見られた例もある。(※1)
「ラディカル・トランペランシー」の時代とは、個人の感情が経済の「内」にどんどん浸食してくる時代を意味する。企業への怒り、経営者への不信感、環境問題を解決したいという熱情。そして、働いている人の哲学。Twitter、Facebook、InstagramなどのSNSの利用者は、何億人もいる。日本国内で使われるLINEの利用者は8900万人だ。誰かが発信した1本の「思い」がSNS投稿を通して拡散し、企業の株価に影響を与える。
企業自身も「SNSマーケティング」と称して、自社の商品やサービスについて多数の個人がどのような感想をSNS上でつぶやいているかを絶えずチェックしている。個人の感情に寄り添い、それらに左右され、ビジネスが動いていく。
かつてのモノ言う株主たちの姿勢も変わってきた。これまでは企業の業績や株価の配当に関して声を上げていた株主たちが、個人の価値観に基づく要求をするようになった。日本でも2020年に三菱UFJフィナンシャル・グループの株主総会に、環境問題に関心を持つ大学生が参加した。これからも株主総会で、環境やジェンダー平等に関する要求をする株主たちが増えていくことだろう。
個人の価値観に応えることで、企業の評判が下がるリスクを避けることができ、さらに企業の株価が上がったり、商品が売れたり、優秀な人材が転職して来てくれたりすることもある。
●到来するクリエイターエコノミーの時代
SDGsは確かにきれいごとだ。しかしそれは当たり前のことだ。なぜなら、これまで経済が軽んじてきた、個人の価値観や倫理観など「感情」の力が増しているからだ。感情が重んじられるほど、ますます経済は倫理へとシフトする。
これから3年以内に、クリエイターエコノミーと呼ばれる時代が到来する。音楽や漫画など個人の趣味に基づいた発信をすることで、少数のファンがお金を払い、生計が立てられるようになる。
ベンチャーキャピタル「Signal Fire」の統計によると、世界にはすでに5000万人のクリエーターがいるという。これからは「モノ言う個人」ではなく、「モノを作る個人」が出てくる。個人はまるで一つの会社のような存在になり、「個人(消費者)の企業化=Enterprization of Consumer」が進む。
企業は、ビジネスは、マーケットは、「新たなSDGs個人」とどう向き合うのか。そして
経営者は「人権」や「環境保護」などの理念をめぐる「グレート・ディベート」にどう向き合うのか。それがSDGs時代の本質的な問いである。
竹下隆一郎
朝日新聞経済部記者、スタンフォード大学客員研究員、ハフポスト日本版編集長を経て、就任。アメリカのニューメキシコ州やコネチカット州で育った。世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)メディアリーダー。英語名はRyan(ライアン)。2008年5月に4ヶ月の育児休業を取得。2021年9月、『SDGsがひらくビジネス新時代』(ちくま新書)を刊行した。
※1:https://ies.keio.ac.jp/upload/pdf/jp/DP2017-003.pdf
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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