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サイレント・ネイビーは時代遅れ−海上自衛隊護衛艦による南シナ海「航行の自由作戦」−【実業之日本フォーラム】
配信日時:2022/01/13 10:22
配信元:FISCO
「サイレント・ネイビー」とは、自から行った行為について一切弁明を行わないことを意味し、海軍軍人の美徳とされている。
旧帝国陸海軍に対する戦後の評判に、三国同盟に反対する海軍首脳と、それを推進し戦争に走る陸軍首脳という「陸軍悪玉論」が多いのは事実である。しかしながら、戦前の政党政治を終焉させたとされる1932年の「5.15事件」は、旧帝国海軍士官が主体となって行ったクーデター事件である。この事件の首謀者への判決が非常に軽いものだったことが、1936年に生起した陸軍青年将校の「2.26事件」を後押ししたとされている。
両事件は、日本が軍国主義に走る契機となったものであり、陸海軍がそれぞれを主導若しくは青年将校の過激な言動を黙認する空気があったと指摘でき、日本を戦争に巻き込んだという観点からは陸海軍は「同罪」と言える。しかしながら、市民の目にさらされ批判を集めやすい陸軍に対し、海という目につかない場所での戦いが主である海軍は、その多くを語らずに、「サイレント・ネイビー」というイメージを定着させ、好感度を上げた。
日本の文化では、「言い訳をしない」、「多くを語らない」ことが美徳とされる感覚がある。しかしながら、世界基準では、多くを語ることが正義とされる場合が多い。「従軍慰安婦問題」や「南京事件」が好例であり、声高に語る韓国や中国の主張が、世界で事実として認定されつつある。日本外務省もこの指摘を受けて、諸外国の国民に対し直接日本のイメージ、実情、諸政策に関する情報を発信する「パブリック・ディプロマシー」を強化しているが、日本人の、多くを語ることを良しとしない考え方を変えるには時間がかかるであろう。
1月11日、読売新聞は「海自護衛艦、南シナ海で日本版『航行の自由作戦』…中国をけん制」という記事を掲載した。それによると、2021年3月及び8月に、海上自衛隊護衛艦が、南シナ海スプラトリー諸島の「接続水域(海岸から約22~44km)」を航行したというものである。護衛艦の活動は、国家安全保障会議において菅総理(当時)に報告されていた。
「航行の自由作戦」は、米海軍が1979年から実施しているものであり、海洋権益に係る沿岸国の行き過ぎた主張に対抗し、米海軍艦艇等の航行の自由を確保することが目的とされている。「航行の自由作戦」の実施状況に関し、米国防省は毎年議会報告を行い、その内容を公表している。2020年度の報告書によれば、米海軍は2019年10月1日から2020年9月30日までの1年間、19カ国に対し「航行の自由作戦」を実施しており、報告書には行き過ぎた主張の内容が明示されている。中国の南シナ海における主張については、根拠のない海空域の主張(人工島の建造)、接続海域に対する行き過ぎた規制、無害通航の事前許可要求等、6項目が指摘されている。さらに米国防省として、多くの国が国際法及び法に支配される秩序を尊重し、それぞれの「航行の自由作戦」を公然とかつ平和的に行うことを慫慂するとしている。
米国は、南シナ海での「航行の自由作戦」や台湾海峡を通過するたびに行動の概要を公表している。これは、米国の主張を国際的に認知させると同時に、中国主張の既成事実化を防ぐことを目的とするものである。「航行の自由作戦」は実施したことを明らかにすることが重要であり、秘密裏に行ってもあまり効果はない。その観点から、防衛省が、海上自衛隊護衛艦の南シナ海における「航行の自由作戦」を公表しなかったことに疑問が残る。
さらには、米海軍艦艇の「航行の自由作戦」に、中国はその都度、外交ルートで抗議するとともに、艦艇等を派遣し、作戦の中止を求めたことを明らかにしている。しかしながら、海上自衛隊艦艇が行ったとされる「航行の自由作戦」への対応については、明らかにされていない。
中国艦艇は、南シナ海航行中の海上自衛隊のインド太平洋展開訓練部隊を幾度となく追尾している。海上自衛隊艦艇が「航行の自由作戦」を実施していることに気が付きながら、艦艇、航空機等による対応を行わないという事は考えられない。中国が何も対応しなかった理由として、海上自衛隊艦艇の行動に気が付かなかった可能性が指摘できる。その場合、中国の南シナ海における警戒監視体制が不十分であることを意味する。また、対応はしたものの、日本が公表しない以上、中国としてもあえて公表する必要はないと考えた可能性もある。
今回、日本政府関係者の発言として、昨年実施した「航行の自由作戦」を公表した背景には、1月7日に行われた「日米2+2」において中国の強引な海洋活動に共通の懸念と安定を損なう活動の抑止に合意したことから、日本としても南シナ海における活動の実績を明らかにすることにしたと考えられる。今後、南シナ海を航行する海上自衛隊艦艇への中国の警戒監視体制が強化されれば、現場における緊張が高まる可能性は否定できない。
かつて、日本海軍は「サイレント・ネイビー」を貫いて自らの好感度を確保したが、現在では「サイレント」で国益を守ることは難しく、自らのイメージアップにつながるような広報戦略が必要である。
南シナ海における「航行の自由作戦」は、日米が進めつつある「自由で開かれたインド太平洋」の中心海域である南シナ海における法の支配を明確にする作戦である。2020年にシンガポールの研究所ISEASがASEAN諸国の政治家、官僚及び実業家等を対象に行ったアンケートでは、「法による支配や国際法維持の観点から最も信頼できる国又は組織はどこか」、という質問に対し、日本はEU(33.0%)、アメリカ(24.3%)に次ぎ第3位(20.0%)であった。これは、中国(5.5%)、韓国(0.9%)を大きく引き離す数字である。南シナ海の域外国という中国の主張に対抗するためには、アメリカ及びEUと協調しつつ、ASEAN諸国に「法による支配を重視する日本」というイメージを更に広げていく必要がある。「航行の自由作戦」はそのためのツールであり、ASEAN諸国との共同訓練に併せ、今後とも継続実施するとともに、その実施状況を積極的に発信していくべきであろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
<FA>
旧帝国陸海軍に対する戦後の評判に、三国同盟に反対する海軍首脳と、それを推進し戦争に走る陸軍首脳という「陸軍悪玉論」が多いのは事実である。しかしながら、戦前の政党政治を終焉させたとされる1932年の「5.15事件」は、旧帝国海軍士官が主体となって行ったクーデター事件である。この事件の首謀者への判決が非常に軽いものだったことが、1936年に生起した陸軍青年将校の「2.26事件」を後押ししたとされている。
両事件は、日本が軍国主義に走る契機となったものであり、陸海軍がそれぞれを主導若しくは青年将校の過激な言動を黙認する空気があったと指摘でき、日本を戦争に巻き込んだという観点からは陸海軍は「同罪」と言える。しかしながら、市民の目にさらされ批判を集めやすい陸軍に対し、海という目につかない場所での戦いが主である海軍は、その多くを語らずに、「サイレント・ネイビー」というイメージを定着させ、好感度を上げた。
日本の文化では、「言い訳をしない」、「多くを語らない」ことが美徳とされる感覚がある。しかしながら、世界基準では、多くを語ることが正義とされる場合が多い。「従軍慰安婦問題」や「南京事件」が好例であり、声高に語る韓国や中国の主張が、世界で事実として認定されつつある。日本外務省もこの指摘を受けて、諸外国の国民に対し直接日本のイメージ、実情、諸政策に関する情報を発信する「パブリック・ディプロマシー」を強化しているが、日本人の、多くを語ることを良しとしない考え方を変えるには時間がかかるであろう。
1月11日、読売新聞は「海自護衛艦、南シナ海で日本版『航行の自由作戦』…中国をけん制」という記事を掲載した。それによると、2021年3月及び8月に、海上自衛隊護衛艦が、南シナ海スプラトリー諸島の「接続水域(海岸から約22~44km)」を航行したというものである。護衛艦の活動は、国家安全保障会議において菅総理(当時)に報告されていた。
「航行の自由作戦」は、米海軍が1979年から実施しているものであり、海洋権益に係る沿岸国の行き過ぎた主張に対抗し、米海軍艦艇等の航行の自由を確保することが目的とされている。「航行の自由作戦」の実施状況に関し、米国防省は毎年議会報告を行い、その内容を公表している。2020年度の報告書によれば、米海軍は2019年10月1日から2020年9月30日までの1年間、19カ国に対し「航行の自由作戦」を実施しており、報告書には行き過ぎた主張の内容が明示されている。中国の南シナ海における主張については、根拠のない海空域の主張(人工島の建造)、接続海域に対する行き過ぎた規制、無害通航の事前許可要求等、6項目が指摘されている。さらに米国防省として、多くの国が国際法及び法に支配される秩序を尊重し、それぞれの「航行の自由作戦」を公然とかつ平和的に行うことを慫慂するとしている。
米国は、南シナ海での「航行の自由作戦」や台湾海峡を通過するたびに行動の概要を公表している。これは、米国の主張を国際的に認知させると同時に、中国主張の既成事実化を防ぐことを目的とするものである。「航行の自由作戦」は実施したことを明らかにすることが重要であり、秘密裏に行ってもあまり効果はない。その観点から、防衛省が、海上自衛隊護衛艦の南シナ海における「航行の自由作戦」を公表しなかったことに疑問が残る。
さらには、米海軍艦艇の「航行の自由作戦」に、中国はその都度、外交ルートで抗議するとともに、艦艇等を派遣し、作戦の中止を求めたことを明らかにしている。しかしながら、海上自衛隊艦艇が行ったとされる「航行の自由作戦」への対応については、明らかにされていない。
中国艦艇は、南シナ海航行中の海上自衛隊のインド太平洋展開訓練部隊を幾度となく追尾している。海上自衛隊艦艇が「航行の自由作戦」を実施していることに気が付きながら、艦艇、航空機等による対応を行わないという事は考えられない。中国が何も対応しなかった理由として、海上自衛隊艦艇の行動に気が付かなかった可能性が指摘できる。その場合、中国の南シナ海における警戒監視体制が不十分であることを意味する。また、対応はしたものの、日本が公表しない以上、中国としてもあえて公表する必要はないと考えた可能性もある。
今回、日本政府関係者の発言として、昨年実施した「航行の自由作戦」を公表した背景には、1月7日に行われた「日米2+2」において中国の強引な海洋活動に共通の懸念と安定を損なう活動の抑止に合意したことから、日本としても南シナ海における活動の実績を明らかにすることにしたと考えられる。今後、南シナ海を航行する海上自衛隊艦艇への中国の警戒監視体制が強化されれば、現場における緊張が高まる可能性は否定できない。
かつて、日本海軍は「サイレント・ネイビー」を貫いて自らの好感度を確保したが、現在では「サイレント」で国益を守ることは難しく、自らのイメージアップにつながるような広報戦略が必要である。
南シナ海における「航行の自由作戦」は、日米が進めつつある「自由で開かれたインド太平洋」の中心海域である南シナ海における法の支配を明確にする作戦である。2020年にシンガポールの研究所ISEASがASEAN諸国の政治家、官僚及び実業家等を対象に行ったアンケートでは、「法による支配や国際法維持の観点から最も信頼できる国又は組織はどこか」、という質問に対し、日本はEU(33.0%)、アメリカ(24.3%)に次ぎ第3位(20.0%)であった。これは、中国(5.5%)、韓国(0.9%)を大きく引き離す数字である。南シナ海の域外国という中国の主張に対抗するためには、アメリカ及びEUと協調しつつ、ASEAN諸国に「法による支配を重視する日本」というイメージを更に広げていく必要がある。「航行の自由作戦」はそのためのツールであり、ASEAN諸国との共同訓練に併せ、今後とも継続実施するとともに、その実施状況を積極的に発信していくべきであろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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