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防衛力強化加速パッケージの功罪【実業之日本フォーラム】
配信日時:2022/01/11 10:55
配信元:FISCO
防衛省は、昨年12月に、令和3年度補正予算と令和4年度当初予算を一体化し、いわゆる「16か月予算」として運用することを明らかにした。その目的は、我が国周辺の安全保障環境が厳しさを増す中、必要な防衛力整備を加速することにあるとしている。この結果、歳出予算は5兆8,661億円(米軍再編費を含めると6兆1,744億円)となり、GDP比は1.09%となる。この予算は「防衛力強化加速パッケージ」と呼称されている。
近年、中国海空軍の近代化及び活動の活発化は顕著であり、中露の艦艇共同巡航や長距離戦略爆撃による共同飛行等、我が国周辺の安全保障環境は急速に緊張感が増しつつある。そのような中、我が国防衛の三本柱、「我が国自身の防衛体制の強化」、「日米同盟の強化」、及び「安全保障協力の強化」を充実させることは急務である。とはいえ、今回の「防衛力強化加速パッケージ」は、その三本柱に対し功罪相半ばする点がある。
「功」として第一に指摘できるのは、歳出予算の大幅な増額である。補正予算と当初予算を一体化することにより、補正予算を柔軟に使用することができるようになった。補正予算は、年度内で消費される、いわゆる消耗品の調達が主であったが、当初予算と一体化することにより、予算の制約から先送りしていた正面装備の調達や将来装備に係る研究開発費の計上が可能となった。
予算成立後に発生した事由により、緊要となった経費の支出、あるいは予算内容の変更への対応といった目的を持つ補正予算で正面装備を調達することは、補正予算の趣旨に反するという指摘がある。確かに、正面装備については、議論を踏まえて当初予算で要求すべきという主張は理解できるものの、防衛装備の総数については防衛計画の大綱別表に定められており、その必要性についてはすでに議論ずみとも整理できる。従って、複数年度にわたる予算措置が必要な正面装備の調達に補正予算を活用することは、必ずしも不適当とは言えないであろう。むしろ、予算上の制約から調達が遅れることによる兵力不足のリスクのほうが大きいものと考える。
次に、防衛費の増額が周辺諸国に与える影響である。バイデン米大統領は、同盟国やパートナー国との防衛協力を重視している。特に中国に対しては、自由で開かれたインド太平洋を旗印に、それぞれの国が相応の責任を果たすことを期待している。日本は、防衛力、経済力等から最も重要な同盟国との位置づけである。アメリカは、日本が防衛力を強化し、相応の分担を負うことを強く願っている。今回、わずかとはいえ、GDP1.0%を超えたことは、アメリカのみならず、QUADの一員である豪州及びインド、そして昨年来インド太平洋方面への関与を深めつつある英仏独というNATO諸国も、これを歓迎するであろう。
いっぽう中国は、日本の防衛費増額に警戒感を露わにしている。2021年10月、解放軍報は「日本は軍事協力(を強化すること)により、憲法を棚上げしようとしている」と題する社説を掲載している。その内容は、自民党の防衛費GDP2%への増額という主張に加え、豪州及び英国との「円滑化協定(RAA : Reciprocal Access Agreement)」及びQUADへの積極的な参加を日本の軍事的役割拡大と捉え、地域の国々が希求する安定と協力に逆行するものと主張するものである。中国がこのように日本の防衛力強化を批判するのは、日本の防衛力強化が、人民解放軍の活動を阻害する要因と認識している証左である。
それでは「罪」とされるものは何であろうか。
それは、令和3年度補正予算として計上された約7,700億円という予算規模を今後とも継続的に確保できるかという問題である。事実、令和2年度の補正予算は3,867億円、令和元年度の補正予算は4,287億円である。令和4年度補正予算において、令和3年度並みの予算が維持できなければ、令和5年度以降予定していた正面装備の調達費を圧迫する可能性がある。また、結果として年間総額6兆円以下の防衛予算となった場合、周辺国に日本が防衛予算を削減したとの誤ったメッセージを送りかねない。
「防衛力強化加速パッケージ」は短期的視点から見れば、防衛費の歳出予算を拡大するものであり、防衛力整備の観点からは歓迎できる。しかしながら、政治、経済状況等に左右される補正予算を当て込んでの防衛装備調達は、その継続性の観点からは問題があると言わざるを得ない。正面装備の調達や、研究開発費は継続性が重要であり、予算が確保できないことを言い訳に正面装備の継続的調達や研究開発を中断することはできない。
防衛費は、単に防衛力の整備のみならず、国内外へのメッセージともなることから、透明性を持った議論の積み上げの結果で決定されるのが望ましい。
財務省が公表した令和3年度一般会計補正予算のフレーム4項目中、2項目は新型コロナ対策である。もう一つは「未来を切り拓く「新しい資本主義」の起動」であり、最後は「防災・減災、国土強靭化の推進など安全・安心の確保」である。防衛予算は最後の項目に該当するものと見られるが、この項目名で防衛省が要求した能力向上型迎撃ミサイル(PAC-3MSE)や固定翼哨戒機P-1等の正面装備を調達するというのは、拡大解釈との批判を生みかねない。防衛省公表資料を確認する限り、防衛省が補正予算で正面装備の調達費を計上したのは、平成27年度以来である。今回防衛省が「防衛力強化加速パッケージ」と名付けたことは、この不透明性を緩和する役割を果たすと考えられる。一方で、正面装備という防衛力の根幹をなす装備に関しては、当初予算で計上するというあるべき姿は、極力維持し、安易に補正予算に期待することは避ける必要がある。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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近年、中国海空軍の近代化及び活動の活発化は顕著であり、中露の艦艇共同巡航や長距離戦略爆撃による共同飛行等、我が国周辺の安全保障環境は急速に緊張感が増しつつある。そのような中、我が国防衛の三本柱、「我が国自身の防衛体制の強化」、「日米同盟の強化」、及び「安全保障協力の強化」を充実させることは急務である。とはいえ、今回の「防衛力強化加速パッケージ」は、その三本柱に対し功罪相半ばする点がある。
「功」として第一に指摘できるのは、歳出予算の大幅な増額である。補正予算と当初予算を一体化することにより、補正予算を柔軟に使用することができるようになった。補正予算は、年度内で消費される、いわゆる消耗品の調達が主であったが、当初予算と一体化することにより、予算の制約から先送りしていた正面装備の調達や将来装備に係る研究開発費の計上が可能となった。
予算成立後に発生した事由により、緊要となった経費の支出、あるいは予算内容の変更への対応といった目的を持つ補正予算で正面装備を調達することは、補正予算の趣旨に反するという指摘がある。確かに、正面装備については、議論を踏まえて当初予算で要求すべきという主張は理解できるものの、防衛装備の総数については防衛計画の大綱別表に定められており、その必要性についてはすでに議論ずみとも整理できる。従って、複数年度にわたる予算措置が必要な正面装備の調達に補正予算を活用することは、必ずしも不適当とは言えないであろう。むしろ、予算上の制約から調達が遅れることによる兵力不足のリスクのほうが大きいものと考える。
次に、防衛費の増額が周辺諸国に与える影響である。バイデン米大統領は、同盟国やパートナー国との防衛協力を重視している。特に中国に対しては、自由で開かれたインド太平洋を旗印に、それぞれの国が相応の責任を果たすことを期待している。日本は、防衛力、経済力等から最も重要な同盟国との位置づけである。アメリカは、日本が防衛力を強化し、相応の分担を負うことを強く願っている。今回、わずかとはいえ、GDP1.0%を超えたことは、アメリカのみならず、QUADの一員である豪州及びインド、そして昨年来インド太平洋方面への関与を深めつつある英仏独というNATO諸国も、これを歓迎するであろう。
いっぽう中国は、日本の防衛費増額に警戒感を露わにしている。2021年10月、解放軍報は「日本は軍事協力(を強化すること)により、憲法を棚上げしようとしている」と題する社説を掲載している。その内容は、自民党の防衛費GDP2%への増額という主張に加え、豪州及び英国との「円滑化協定(RAA : Reciprocal Access Agreement)」及びQUADへの積極的な参加を日本の軍事的役割拡大と捉え、地域の国々が希求する安定と協力に逆行するものと主張するものである。中国がこのように日本の防衛力強化を批判するのは、日本の防衛力強化が、人民解放軍の活動を阻害する要因と認識している証左である。
それでは「罪」とされるものは何であろうか。
それは、令和3年度補正予算として計上された約7,700億円という予算規模を今後とも継続的に確保できるかという問題である。事実、令和2年度の補正予算は3,867億円、令和元年度の補正予算は4,287億円である。令和4年度補正予算において、令和3年度並みの予算が維持できなければ、令和5年度以降予定していた正面装備の調達費を圧迫する可能性がある。また、結果として年間総額6兆円以下の防衛予算となった場合、周辺国に日本が防衛予算を削減したとの誤ったメッセージを送りかねない。
「防衛力強化加速パッケージ」は短期的視点から見れば、防衛費の歳出予算を拡大するものであり、防衛力整備の観点からは歓迎できる。しかしながら、政治、経済状況等に左右される補正予算を当て込んでの防衛装備調達は、その継続性の観点からは問題があると言わざるを得ない。正面装備の調達や、研究開発費は継続性が重要であり、予算が確保できないことを言い訳に正面装備の継続的調達や研究開発を中断することはできない。
防衛費は、単に防衛力の整備のみならず、国内外へのメッセージともなることから、透明性を持った議論の積み上げの結果で決定されるのが望ましい。
財務省が公表した令和3年度一般会計補正予算のフレーム4項目中、2項目は新型コロナ対策である。もう一つは「未来を切り拓く「新しい資本主義」の起動」であり、最後は「防災・減災、国土強靭化の推進など安全・安心の確保」である。防衛予算は最後の項目に該当するものと見られるが、この項目名で防衛省が要求した能力向上型迎撃ミサイル(PAC-3MSE)や固定翼哨戒機P-1等の正面装備を調達するというのは、拡大解釈との批判を生みかねない。防衛省公表資料を確認する限り、防衛省が補正予算で正面装備の調達費を計上したのは、平成27年度以来である。今回防衛省が「防衛力強化加速パッケージ」と名付けたことは、この不透明性を緩和する役割を果たすと考えられる。一方で、正面装備という防衛力の根幹をなす装備に関しては、当初予算で計上するというあるべき姿は、極力維持し、安易に補正予算に期待することは避ける必要がある。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:アフロ
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1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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