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防衛協力と人権の相克−外国軍人に対する便宜供与が意味するもの−【実業之日本フォーラム】

配信日時:2022/01/11 10:25 配信元:FISCO
2022年1月6日、岸田総理大臣はオーストラリアのモリソン首相とテレビ会議を行い、「日豪円滑化協定(RAA : Reciprocal Access Agreement)」に署名した。両政府は2020年11月には大筋で合意しており、昨年6月の「日豪2+2」でも早期締結を目指すことで合意している。

RAAは共同訓練や災害救助等に参加する兵士の地位や、武器などの装備品を持ち込む際の手続きを簡素化することを目的とするものである。日本は日米安全保障条約に基づき、アメリカと、いわゆる「地位協定(SOFA : Status Of Force Agreement)」を締結し、日本に駐留する米軍兵士の地位に関する取り決めを結んでいる。

日豪RAAは、日本が、日米SOFAに次ぎ締結した2番目の訪問外国軍人の地位に関する協定である。協定自体は、共同訓練や災害救助を対象としたものであるが、QUADに参加する日豪両国が軍事的取り決めを結んだことに大きな意味がある。QUADは首脳会合や共同訓練は実施されているものの、正式に結ばれた協定はない。今後QUADを正式な組織とし、さらには参加国を拡大していく過程において、日米安保とともに、日豪RAAが積極的な役割りを果たすことが期待される。

日本は、イギリス及びフランスと同様の協定を締結することを目指している。自由で開かれたインド太平洋を維持するため、日本を中心に、二国間をベースとした防衛協力が進展することは、活動を活発化しつつある中国をけん制する上で大きな効果が期待できる。1月5日、中国外務省報道官は、6日に日豪両首脳が署名することが明らかになったことを受けて、「国家間の交流・協力は第三者を標的とすべきではない」とした上で、「太平洋が騒動を引き起こす海ではなく、太平の場所となることを希望する」と述べている。中国が日豪RAAに大きな関心を抱いていることが分かる。

日豪RAAの交渉が始められたのは、2014年であり、締結まで6年間を要した。その理由は、死刑制度を巡る交渉であったと伝えられている。豪州軍兵士が日本の死刑に該当する重罪を犯し、日本の法律に基づき死刑が執行された場合、死刑制度がないオーストラリアにおいて人道上の問題となりかねない。今回締結された協定第二十一条第4項には、「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」の裁判権は派遣国に、それ以外の犯罪については接受国に裁判権があると規定されている。一方で、裁判権の放棄が特に重要であると認められ、他方の締約国当局から放棄の要請があった場合は、「好意的な配慮を払う」との規定もある。豪州軍兵士に対する死刑執行に関しては、この条項に基づき、状況に応じた調整が行われるものと推定できる。


今後調整が加速すると見られるイギリス及びフランスとの円滑化協定については、日豪RAAがそのひな型となるであろう。国家の命令に基づき海外に派遣される軍人等の人権を守ることは、軍人等の士気を維持するために極めて重要である。日米SOFAや日豪RAAは、それぞれの軍等が安心して活動するためには不可欠な枠組みと言える。

しかしながら、これらの協定は、接受国国民にとって、派遣国の特権と受け取られる面もある。日米SOFAに基づく駐留米軍軍人の犯罪に対する裁判権等の取り扱いについては、過去幾度となく大きな問題となってきた。

最近新型コロナウィルス・オミクロン株の感染拡大について、在日米軍基地が感染源となったことが指摘されている。日本政府の水際対策に対し、在日米軍軍人の日本への入国が全くの盲点になっていたことは否定できない。また、在日米軍司令部に、オミクロン株に対する日本政府の取り組みへの理解が不足していた点もそのとおりであろう。しかしながら、これをきっかけに在日米軍の存在に対する反感が高まることは避けなければならない。

1月5日付北朝鮮労働新聞は、「米海外基地が大量感染を引き起こした」として、沖縄及び岩国における感染状況を伝えている。更には、中国解放軍報も1月6日に、中国外交部報道官が、米軍海外基地がCovid-19を拡散させているとして、日本に引き続き、韓国やドイツにおける感染拡大を伝え、米軍の意識の低さを批判したことを伝えている。北朝鮮及び中国にとって、海外の米軍基地は自らの安全保障を脅かす存在と位置付けており、それぞれの国において反米、反米軍基地運動が盛り上がることを先導する報道と見るべきである。

昨年12月には中国空母遼寧戦闘グループが沖縄と宮古島間を通過し、西太平洋において戦闘機の離発着訓練を行っている。さらに北朝鮮は、1月5日及び12日に新型と見られる弾道ミサイルの発射を行った。日本周辺の安全保障環境は緊張を増しつつある。日本周辺の安全保障環境及び自由で開かれたインド太平洋を維持するためには、在日、在韓米軍の存在は極めて重要な役割を果たす。

日米SOFA及び日豪RAAに規定されているそれぞれの軍人等への措置は、それぞれの軍人等が、任務を遂行する上の士気を維持するために必要なものである。それぞれの軍人等への便宜供与や国内法等の適用は、軍の任務遂行能力への影響を最小限とするための配慮と見るべきである。日米SOFAや日豪RAAで規定される軍人等への便宜供与は、できるだけ削減することが好ましい安全保障上のコストではない。在日米軍等が存在しない場合、その役割を自衛隊等が果たすとすれば、莫大な資金が必要となる。日本の安全保障を全うするための投資と見るべきである。その観点から、日本政府として、在日米軍や豪州軍に対し、日本と同様な感染対策を求めることはもちろん必要であるが、オミクロン株感染拡大に対する在日米軍基地の責任を必要以上にあげつらい、中国や北朝鮮に付け入る隙を見せない配慮を忘れてはならない。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ


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