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ウクライナ侵攻長期化は想定外だった?…「利益最大化を目指す」習近平が取りうる「最適な選択」【実業之日本フォーラム】

配信日時:2022/03/11 09:00 配信元:FISCO
■注目集まる「中国の動向」
2月24日に始まったロシアの軍事侵略を受け、中国の動向へ注目が集まっている。

欧米からは強い経済制裁を求める声が高まり、EUは国際銀行間通信協会(SWIFT)の決済ネットワークからロシアを排除することを決定した。これに対し中国は「ロシアを批判しない」姿勢を維持しているだけでなく、2月4日の中ロ首脳会談で合意したロシア産天然ガスや小麦の輸入拡大を実施する方針である。また中国人民銀行が2015年に導入した人民元による決済システム(CIPS)をロシアの銀行が利用する可能性も指摘されており、中国の対応次第では対ロ経済制裁を相殺することになりかねない。

習近平政権は、どのようにロシアのウクライナ侵攻を理解しているのか。本稿では中国政府の公式発表を手掛かりに習近平政権の狙いを考察する。まず中国がロシアを支持するメリットを考えるに先立って、習近平政権の政治運営が「頂層設計」と呼ばれるトップダウン型に再構成され、戦略的思考を重視する傾向を強めていることを指摘しておきたい。この傾向はしばしば非合理的に見える政策として表面化する。

例えば昨今の経済政策である。新型コロナ感染の影響で経済減速が見込まれるなか、政府がIT大手や教育産業などの民間企業への規制を強化したことは、結果的に更なる減速圧力となったと批判されている。この一連の規制は習近平国家主席が提唱する「共同富裕」の掛け声のもとでの格差是正や社会コントロール強化を目的としており、いわば習近平ビジョンに則った「上からの」政策であった。こうした「上からの」政策決定が、ウクライナ問題での極端な戦略的思考にも反映されていると考えられる。

では習近平国家主席はどのような戦略的メリットを見出しているのか。ロシアが軍事行動を起こした翌25日午後に、習近平はプーチン大統領との電話会談を行い、ウクライナ問題について次のように述べた。

中国はウクライナ問題に対して、自分の判断で中国の曲げられない立場を決めている。冷戦思考を放棄し、各国の合理的な安全保障上の懸念を重視、尊重し、交渉を通じてバランスのとれた、効果的で持続可能な欧州の安全保障メカニズムを形成する必要がある。中国はロシア側とウクライナ側が交渉によって問題を解決することを支持する。各国の主権と領土保全を尊重し、国連憲章の目的と原則を遵守するという中国の基本的な立場は一貫している。

ここにも見られるように、中国のキーワードは「合理的な安全保障上の懸念」と「主権と領土保全の尊重」である。だが——これは日本の少なからぬメディアが誤解しているポイントだが——この習発言はウクライナの主権と領土を擁護することを意味しない。むしろ中国側は一貫して「誰の主権と領土か」が不明瞭な文言を用いており、このフレーズが外交部記者会見でも繰り返し用いられていることに鑑みれば、意図的に主語をあいまいにしている可能性が高い。

では、もし中ロ首脳会談でこの文言が用いられたならば、プーチン大統領はどのように受け止めただろうか。プーチンの論理に従えば、NATOが拡大していることこそ安全保障上の懸念である。さらに2月21日に独立国家として承認したウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の「主権」を支持したとも解釈できる。つまり習近平は交渉による平和的な解決を求めたものの、必ずしもロシアの軍事侵攻にクギを差したわけではなかったのだろう。

■中国の「主権と領土保全の尊重」には「主語がない」
この「主語のない主権と領土保全」の表現は3月2日、ロシア軍の即時撤退などを求める決議案が賛成141、反対5、棄権35で採択された国連総会緊急特別会合でも用いられた。

棄権票を投じた中国の張軍国連大使は「ウクライナ情勢は現在も急速に変化しており、その展開に心を痛めている」としつつ、「ウクライナ問題に対する中国の基本的な立場は一貫しており、明確である。 私たちは常に、各国の主権と領土保全を尊重し、国際連合憲章の目的および原則に従って国際紛争を平和的に解決することを提唱している」と発言した。また「冷戦思考を放棄し、他国の安全を損害することで自国の安全を維持する論理を放棄し、軍事ブロック(軍事集団)の拡張によって地域の安全保障を求めるやり方を放棄し、各国の合理的な安全保障への懸念を重視、尊重する」ことが問題解決に必要で、制裁を課すことは「分裂的な対立を生み出す」と述べていた。これはロシアよりも欧米(NATO)に対する批判であり、明らかにプーチンの論理に寄り添う認識である。

以上の発信から看取される中国側がロシアを支持するうえで重視している論点は、(1)安全保障ブロック形成と拡大への反対、(2)主権と領土保全の尊重、の2点である。まず(1)について、日米豪印の戦略的協力(QUAD)の拡大や米英豪によるAUKUS形成に鑑みれば、この主張がインド太平洋における中国の立場擁護に直結することは容易に理解できる。

特に対米競争を有利に進めるためには、ロシアと共同歩調を採ることでアメリカの外交・軍事力を分散することが望ましい。客観的に見ればロシアの軍事侵攻は国際法違反であり、国際社会だけでなく中国国内からも反対の声が挙がるなか 、ロシアを支持することへの何らかの説明をするために、「冷戦思考(の西側)」という別の「敵役」に批判の矛先を向けたと言える。

なお従来から中国では、ウクライナのオレンジ革命(2004年)を含む一連の「カラー革命」をいわゆる「和平演変(平和的手段で影響力を及ぼして政権を転覆すること)」と見なして強く警戒しており、近年の香港の民主化要求運動を「カラー革命」の一環と位置付けて弾圧したこととも無関係ではないだろう。カザフスタンで発生した暴動について、 1月に集団安全保障条約機構(CSTO)の緊急首脳会議でプーチンも「『カラー革命』を容認しない」と発言しており、欧米の価値観が引き起こす体制崩壊を警戒する点においても中ロの利害は一致している。

さらに、より複合的な背景を有するのが(2)である。「主権と領土保全」原則は基本的には、中国がロシアを支持する事への国内外の批判回避と、国内への説明を兼ねた大義名分として提起したと考えられる。だが実際には「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の承認はこの原則に真っ向から反するうえ 、中国国内の少数民族による独立運動を容認する論理ともなり得る。

翻って台湾問題に引き付けた場合、もし欧米が「ウクライナの国家主権の侵害」を主要因としてウクライナ支援に回るのであれば、「台湾には主権は認められない。中国の不可分の領土である」と主張することでウクライナと台湾を差別化し、欧米の支援をけん制できる 。要するにロシアの行為を非難せず、かつ台湾問題への波及を考慮した結果、敢えて主語を曖昧にした「主権と領土保全の尊重」を繰り返しているのである。

■「台湾の主権」をどう解釈する?
実はこの点は、関係各国に「台湾の主権」をどう解釈するかという宿題を提起することになるだろう。もし仮に中国が台湾を侵攻したとしても、現状では、台湾を主権国家として承認していない多くの国家は「主権の侵害」と位置付けない可能性が高い。他方で台湾の蔡英文政権は、中国を不要に刺激しないように「独立」という表現は避けつつも、事実上の主権国家としての立場を固める方針である。

2021年7月の共産党創立100周年の習近平講話に対し、台湾の大陸委員会(対中国政策を担う中華民国の組織)は、「国家主権と台湾の民主主義や自由を守り抜き、台湾海峡の平和と安定を維持するというわが国の政府の決意に変わりはない」と表明した。蔡英文政権は引き続き「主権国家化」を進めるであろうし、それに習近平政権がより過敏に反応するようになれば、台湾海峡の緊張が一層高まることが見込まれる。

一方、中国外交部はウクライナの主権を軽視してはいないというメッセージも発信している。まず2月19日にドイツで開催された第58回ミュンヘン安全保障会議に出席した王毅国務委員兼外相は、「(中国は一貫して主権と領土保全を尊重していることについて)ウクライナに対しても例外ではない。この問題で中国の態度に疑問を呈する者がいるとすれば、それは下心のある憶測であり、中国の立場を歪曲したものである」と述べていた。しかし管見の限りこうした見解は24日のロシアの軍事侵攻後には発信されておらず、既述の方針から外れてもいることから、王毅が外交官としての見解を述べたものと推量される。

外交部の汪文斌報道官は2月25日の記者会見で「ウクライナは主権国家だ」と明言したうえ、28日には中国とウクライナの経済貿易関係に関する質問に対して「中国は相互尊重と不干渉の原則に基づき、ウクライナと友好協力関係を発展させていくつもりだ」と述べた 。また3月1日のウクライナ外相との会談で王毅が「ウクライナにいる中国人の安全確保に重点を置き、ウクライナ側に相応の国際責任を果たすよう促した」ことは、ロシア侵攻が想定以上に長引き熾烈な市街戦に展開した結果、在留中国人の保護の必要性からも、ウクライナとの関係を維持する姿勢を明確に示したと考えられる。

中国にロシアへの仲介を求める国際社会の声も高まっており、中国が人道的見地からウクライナ問題に建設的に関与する可能性がない訳ではない。だが習近平政権は、ロシアが引き起こした混乱が長引くメリットとデメリットを天秤にかけ、注意深く情勢を検討して自らの戦略的利益を最大化することを目指している。2022年秋に予定される共産党第20回党大会に向けて有利な立場を固めるべく、内政への影響も念頭に置いているだろう。流動的な情勢のなかで習近平政権が何を選択するか、国際社会はしっかりと本質を見定める必要がある。

江藤名保子
学習院大学法学部教授。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際政治。
スタンフォード大学国際政治研究科修士課程および慶應義塾大学法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター副主任研究員、シンガポール国立大学東アジア研究所客員研究員、北京大学国際関係学院客員研究員などを経て現職。

写真:ロイター/アフロ


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