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大国は小国に勝てない−戦略のパラドクス−【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/11/10 10:41
配信元:FISCO
米戦略問題研究所(CSIS)の上級顧問であるエドワード・ルトワック氏は、著書『ラストエンペラー 習近平』の中で「大国は小国に勝てない」と主張している。この論理の重要な点は、「1対1では戦わない」という点である。1対1では大国が勝利するのは当然であろう。片方が大国の場合、周辺諸国は、次は自分かも知れないと恐怖を感じ小国に肩入れするであろうことから、大国が目的を達することが難しくなるという理屈である。理屈としては理解しても、実際の国際情勢ではどうだろうかという疑問があったが、まさにその通りの状況が展開されている。それはリトアニアと中国の関係である。
リトアニアと中国の関係が急速に悪化したのは、2021年7月にリトアニアが「台湾」の名称で台湾当局の代表処を設置することを認めた以降である。中国外交部はこれを強く批判、駐リトアニア大使を召還する決定を行っている。(「小国の安全保障−リトアニアの決断−」2021.8.24参照(※1))
リトアニアは、同年8月23日に国防省の調査報告として国内の5G関連移動通信体(モバイルデバイス)のサイバーセキュリティ上の評価を公表している。その中で、中国企業であるHuawei(ファーウェイ)、Xiaomi(シャオミ)及びOnePlus(ワンプラス)について、併せて10のサイバーセキュリティ上のリスクがあるとし、その内4つは製造時に実装されたものであると結論付けている。リスクの内容は、個人情報の流出や表現の自由を阻害するものであった。30ページを超える報告書は、セキュリティリスクの細部まで示しており、マルギリス国防次官は、中国製端末を使わないことがリスク軽減の最善策だと述べている。中国製システムについては、スパイウェアやバックドアが設置されているという噂が蔓延しているが、その細部を具体的に指摘するものは少ない。今回は、リトアニア国防省という政府機関が公表したものであり、その影響力は大きい。報告書では、これら3社がヨーロッパ市場において強い存在感を示しているとしており、今回の調査結果の影響はリトアニア一国にとどまらない可能性も否定できない。
2021年9月16日、EUは「インド太平洋戦略」を公表した。経済の相互依存状況、地球規模の課題解決等を考えると、EUとインド太平洋の未来は密接に結びついているとし、中国の軍事力増強が南シナ海や台湾海峡を緊張状態にしているとの認識のもと、EUが積極的にインド太平洋地域に係るという方針を示している。その戦略として、「同じ志を持つパートナー」との協力を強化するとしている。戦略文書では、「同じ志を持つパートナー」として、日本、インド、オーストラリア、米国、韓国と並んで台湾を挙げている。同戦略には、インド太平洋における海洋安全保障のため、EU諸国が同地域に海洋プレゼンスを示すことに加え、「デジタルパートナーシップ」の作成にも言及されている。EUはインフラ接続に関し、中国の「一帯一路イニシアチブ」の代案となる「グローバルゲートウェイ」を公表している。デジタルガバナンスに関し、インド太平洋方面の諸国と連携を深め、これを足掛かりに、すでにガバナンスが定着しているオーストラリア、韓国、米国、カナダ等との連携を強化することを目指している。
海洋プレゼンスの強化に関しては、英仏の空母機動部隊やドイツ海軍艦艇のインド太平洋方面行動は、EUの戦略文書を先取りした行動であった。11月5日に、ドイツ海軍艦艇が約20年ぶりに日本に寄港したが、ドイツ外務省報道官によれば、ドイツ政府が申し入れていた同艦の上海寄港は中国が受け入れを拒否したとしている。中国が、ドイツ海軍艦艇のインド太平洋展開を自国に対する圧力と認識し、不快感を示したものであろう。10月21日に、EU議会でEUと台湾の関係を強化すべきという法案が580対26という大差で可決された背景には、EUのインド太平洋戦略の影響がある。
10月30日、中国外務省報道官は、リトアニアとEUに対中関係を悪化させるべきではないと警告を発している。中国がリトアニアとEUの動きを結託したものとみている証左である。
それにもかかわらず、11月3日、EU議会の代表者は台湾を訪問、蔡英文総統と会談し「あなた方は孤立無援ではない」とのメッセージを伝えたと報道されている。小国リトアニアと大国中国の対立はEU対中国の対立に変化した。中国外務省の副報道局長は、「強烈な不満と断固とした反対」を表明するとともに、欧州側に抗議したと明らかにした。しかしながら、11月8日の時点では具体的な対抗措置はとっていない。11月3日付のGlobal Times紙(中国環球時報英語版)は、台湾を訪問した代表団は一部の反中国派議員であり、騒ぎ立てることにより自らの存在感を示そうとしているだけであり、相手にするのは時間と資源の無駄であるとの論評を掲載している。同紙は、中国政府の方針を代弁することが多く、中国としては、EUとの対立を、ローキィで扱うことにより沈静化を図っていく方針であることを示すものであろう。小国リトアニアに、台湾という名前を冠した連絡事務所を設置させないという中国の目的は果たすことができず、結果的には中国は勝つことができなかったという見方もできる。
リトアニアが中国からの圧力に屈しなかった理由は、EUがリトアニア側についたという事が大きいが、中国への経済依存度も低く、距離的にも中国から遠いという背景があることも事実である。しかしながら、日本が中国と対峙する場合、教訓とすべき事項も多い。その一つは、「同じ志を持つパートナーとの連携」強化である。もちろん日米同盟が基軸であることは確かであるが、EUがインド太平洋戦略において日本を各分野におけるパートナーと位置付けていることを重視すべきである。
19世紀の英国首相パーマストンは、「英国は永遠の友人も持たないし、永遠の敵も持たない。英国が持つのは永遠の国益である」、と述べたとされる。アフガニスタンからの米軍の撤退に見られるように、最終的な価値基準は国益である。日米同盟のみに依存する安全保障は心もとない。価値観を共有する国々との関係を強化することはもちろんのこと、軍事だけではなく、経済、外交、科学技術あらゆる分野で安全保障を担保する方策を講じる必要がある。岸田総理大臣が経済安全保障担当大臣のポストを新設したのは、その観点から重要な一歩と言える。今後、経済関係省庁の垣根を超え、さらに外交、防衛各大臣とどのような連携を図って我が国の安全保障を支えていくかが注目される。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:代表撮影/ロイター/アフロ
(※1)https://forum.j-n.co.jp/post_politics/2463
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実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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リトアニアと中国の関係が急速に悪化したのは、2021年7月にリトアニアが「台湾」の名称で台湾当局の代表処を設置することを認めた以降である。中国外交部はこれを強く批判、駐リトアニア大使を召還する決定を行っている。(「小国の安全保障−リトアニアの決断−」2021.8.24参照(※1))
リトアニアは、同年8月23日に国防省の調査報告として国内の5G関連移動通信体(モバイルデバイス)のサイバーセキュリティ上の評価を公表している。その中で、中国企業であるHuawei(ファーウェイ)、Xiaomi(シャオミ)及びOnePlus(ワンプラス)について、併せて10のサイバーセキュリティ上のリスクがあるとし、その内4つは製造時に実装されたものであると結論付けている。リスクの内容は、個人情報の流出や表現の自由を阻害するものであった。30ページを超える報告書は、セキュリティリスクの細部まで示しており、マルギリス国防次官は、中国製端末を使わないことがリスク軽減の最善策だと述べている。中国製システムについては、スパイウェアやバックドアが設置されているという噂が蔓延しているが、その細部を具体的に指摘するものは少ない。今回は、リトアニア国防省という政府機関が公表したものであり、その影響力は大きい。報告書では、これら3社がヨーロッパ市場において強い存在感を示しているとしており、今回の調査結果の影響はリトアニア一国にとどまらない可能性も否定できない。
2021年9月16日、EUは「インド太平洋戦略」を公表した。経済の相互依存状況、地球規模の課題解決等を考えると、EUとインド太平洋の未来は密接に結びついているとし、中国の軍事力増強が南シナ海や台湾海峡を緊張状態にしているとの認識のもと、EUが積極的にインド太平洋地域に係るという方針を示している。その戦略として、「同じ志を持つパートナー」との協力を強化するとしている。戦略文書では、「同じ志を持つパートナー」として、日本、インド、オーストラリア、米国、韓国と並んで台湾を挙げている。同戦略には、インド太平洋における海洋安全保障のため、EU諸国が同地域に海洋プレゼンスを示すことに加え、「デジタルパートナーシップ」の作成にも言及されている。EUはインフラ接続に関し、中国の「一帯一路イニシアチブ」の代案となる「グローバルゲートウェイ」を公表している。デジタルガバナンスに関し、インド太平洋方面の諸国と連携を深め、これを足掛かりに、すでにガバナンスが定着しているオーストラリア、韓国、米国、カナダ等との連携を強化することを目指している。
海洋プレゼンスの強化に関しては、英仏の空母機動部隊やドイツ海軍艦艇のインド太平洋方面行動は、EUの戦略文書を先取りした行動であった。11月5日に、ドイツ海軍艦艇が約20年ぶりに日本に寄港したが、ドイツ外務省報道官によれば、ドイツ政府が申し入れていた同艦の上海寄港は中国が受け入れを拒否したとしている。中国が、ドイツ海軍艦艇のインド太平洋展開を自国に対する圧力と認識し、不快感を示したものであろう。10月21日に、EU議会でEUと台湾の関係を強化すべきという法案が580対26という大差で可決された背景には、EUのインド太平洋戦略の影響がある。
10月30日、中国外務省報道官は、リトアニアとEUに対中関係を悪化させるべきではないと警告を発している。中国がリトアニアとEUの動きを結託したものとみている証左である。
それにもかかわらず、11月3日、EU議会の代表者は台湾を訪問、蔡英文総統と会談し「あなた方は孤立無援ではない」とのメッセージを伝えたと報道されている。小国リトアニアと大国中国の対立はEU対中国の対立に変化した。中国外務省の副報道局長は、「強烈な不満と断固とした反対」を表明するとともに、欧州側に抗議したと明らかにした。しかしながら、11月8日の時点では具体的な対抗措置はとっていない。11月3日付のGlobal Times紙(中国環球時報英語版)は、台湾を訪問した代表団は一部の反中国派議員であり、騒ぎ立てることにより自らの存在感を示そうとしているだけであり、相手にするのは時間と資源の無駄であるとの論評を掲載している。同紙は、中国政府の方針を代弁することが多く、中国としては、EUとの対立を、ローキィで扱うことにより沈静化を図っていく方針であることを示すものであろう。小国リトアニアに、台湾という名前を冠した連絡事務所を設置させないという中国の目的は果たすことができず、結果的には中国は勝つことができなかったという見方もできる。
リトアニアが中国からの圧力に屈しなかった理由は、EUがリトアニア側についたという事が大きいが、中国への経済依存度も低く、距離的にも中国から遠いという背景があることも事実である。しかしながら、日本が中国と対峙する場合、教訓とすべき事項も多い。その一つは、「同じ志を持つパートナーとの連携」強化である。もちろん日米同盟が基軸であることは確かであるが、EUがインド太平洋戦略において日本を各分野におけるパートナーと位置付けていることを重視すべきである。
19世紀の英国首相パーマストンは、「英国は永遠の友人も持たないし、永遠の敵も持たない。英国が持つのは永遠の国益である」、と述べたとされる。アフガニスタンからの米軍の撤退に見られるように、最終的な価値基準は国益である。日米同盟のみに依存する安全保障は心もとない。価値観を共有する国々との関係を強化することはもちろんのこと、軍事だけではなく、経済、外交、科学技術あらゆる分野で安全保障を担保する方策を講じる必要がある。岸田総理大臣が経済安全保障担当大臣のポストを新設したのは、その観点から重要な一歩と言える。今後、経済関係省庁の垣根を超え、さらに外交、防衛各大臣とどのような連携を図って我が国の安全保障を支えていくかが注目される。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:代表撮影/ロイター/アフロ
(※1)https://forum.j-n.co.jp/post_politics/2463
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1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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