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豪英米(AUKUS)協定と日本の立ち位置(元統合幕僚長の岩崎氏)【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/10/26 10:12
配信元:FISCO
2021年9月15日、突如、オーストラリア、イギリス、アメリカ合衆国が軍事協定を結んだことを公表した。この三ヶ国の頭文字をとって、AUKUS(オーカス)と呼ばれる協定である。AはAustralia、UKはUnited Kingdom、USはUnited Statesである。何故、豪・英・米の順なのかは知る由もないが、中国を意識した安全保障上の協力の枠組みである。
2021年9月中旬に、豪が仏との潜水艦開発計画契約を破棄し、米や英が支援する原子力潜水艦を導入する事が報道された。この際に、新しい枠組みのAUKUSも報道されたために、AUKUS協定は豪への原子力潜水艦支援の為の協定であるかの様に受け止められているが、AUKUSの内容を見れば、原子力潜水艦の支援協力は、全体の中の一部分である。基本的には安全保障協力の協定であるが、その中心は、先進技術に関する開発から維持整備等に至る防衛協力体制の構築にある。
先ずは、豪の新潜水艦開発に関する説明をしたい。豪は、コリンズ級の潜水艦を保有しているものの、導入からかなりの年数が経過しており、部品供給や維持・補修に苦労しており、何より既に陳腐化が始まっている。このため豪は、2010年代初頭から新潜水艦の導入の検討を開始し、2015年2月にアンドリューズ国防相が新潜水艦開発構想を公表し、新潜水艦を豪国内で第三国との協力の下、開発する旨の計画を発表した。この豪の開発計画に手を挙げたのが仏・独・日の三ヶ国であった。この新潜水艦開発計画には、前提事項(既定路線)があり、潜水艦に搭載される内部機器は、米国製にすることが決定されていた。即ち、この開発計画の競争に勝った国は、潜水艦の所謂、ドンガラ(胴体)を設計・製造を請け負うことになる入札であった。この三ヶ国の競争が開始された当時、日豪関係は、これまでになく緊密であり、特に安倍首相とアボット首相との関係は特別であった。この様なこともあり、我が国は入札参加こそ遅れたものの、この競争に勝てるのではとの楽観的な見方が強かった。しかし、その後、豪はターンブル首相となり、この潜水艦開発プロジェクトは、最終的に仏が契約を勝ち取った。その開発契約が、今回破棄されたのである。国際的に大きな契約が、双方の合意無くして破棄されることは極めて珍しいケースである。2018年8月、豪はターンブル首相からモリソン首相に交代となり、必ずしも仏と契約したプログラムが予定通り進んでいなかったことや、将来の脅威予測が変化し始めていたこと等から、同プロジェクトを白紙的に見直し、結果的に仏との契約を反故にすることを決意した様である。そして、2021年初頭から、モリソン首相は、米国や英国と水面下で何度も調整し、今回の英断に至ったとの事である。
この様な外国を巻き込む超大規模な開発計画が白紙撤回されたことは前代未聞であり、世界に衝撃を与えている。仏は怒り心頭であり、豪や米の駐在大使を召還した。当然の事であろう。これで、仏豪関係及び米仏関係が険悪な状態となっている。
米国は、豪・NZ(新)とのANZUS(Australia, New Zealand, US)安全保障条約を維持している。しかし、この条約は1951年に締結された後1987年にNZが「非核法」を制定し、以降、米国の原子力潜水艦等、核を搭載しているとみられる艦船や航空機がNZに立ち寄ることが出来なくなっている。また、米国は、英・加・豪・新の五ヶ国による秘密保護協定であるFive Eyesも維持しているが、NZを維持すべきかという議論が出てきていることも事実である。この様な中、AUKUSが発表された。米国には、ANZUSに代わる協定とみる節もあるが、全く別であろう。
今回のAUKUSは軍事同盟であるが、締結内容をよく見れば、報道の潜水艦のみならず、この三ヶ国の技術協力協定的な内容である。この協定には、各分野の先進技術や自立型無人潜水艦、長距離攻撃能力(敵基地攻撃能力)の技術開発協力、そしてサイバー・セキュリティ、人工知能(AI)、量子コンピュータ、暗号化技術、宇宙に関する研究協力等々、かなり幅広い協力を進めていく事が盛り込まれている。この協定を発表した時に説明していないものの、恰も中国の千人計画に対抗する様な内容である。
しかし、私には大きな疑問がある。それは、何故「ジャーカス(JAUKUS)」ではなかったのかである。世界の最先端技術は、当然のことながら、未だ米国がダントツである。しかし、その米国も以前に比べれば陰りが見えてきている。オバマ大統領は、「最早、米国は世界の警察官でない」との発言を繰り返した。トランプ大統領は、同盟国へ応分の負担を強く要求した。米国の相対的な力の低下を物語っている。これは先進技術には巨額な資金が必要な事と、中国の台頭である。将来を見据えたときに米国とて安穏としておられない状況である。
各分野の最先端の技術を語る時に、我が国を抜きに出来ようか。答えは否である。確かに我が国は、一時期よりも技術開発分野への投資が減り、世界の第一線から退いた感があるものの、まだまだ世界に誇る分野も多くある。この様な事から私は、今回のオーカス(AUKUS)は、本来はジャーカス(JAUKUS)であるべきだったと考えている。この三ヶ国に、我が国を入れる事によって、他を寄せ付けない確固たる技術協力が確立されていくものと確信している。
私は、以上の様な考え方に基づき、先日、米国の方々との意見交換の機会に、ジャーカス(JAUKUS)を提案したところ、米国の友人は「今回は仏との関係悪化が見込まれたため、極めて秘密裏に行う必要があったのではないか」と言われた。その際、私は、それは確かに理解できる理由とは思いつつ「それって、ますます良くないのではないか。もしそうであるとすれば、日本が秘密を守れないと思われているからだろうか」と言い返した。私は、我が国の秘密保持に関しては、必ずしも十分でないと認識しながら、やや置いてきぼりを食ったこともあり、反論したのであるが、今回は、いろいろな観点から考えれば、妥当なスタートだったかもしれないと思う点もある。それは、核問題である。今回の原子力潜水艦に核弾頭搭載ミサイルを装備するか否かについては明確にされていない。何より、原子力潜水艦は原子炉を搭載している。我が国には、原子力を忌避する傾向がある。また、核爆弾に関しては、三原則を維持しており、今回の豪の原子力潜水艦に関与してない方が良かったかもしれない。しかし、将来においては、このAUKUSに我が国も積極的に関与すべきと考えている。(令和3.10.18)
岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。
写真:AP/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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2021年9月中旬に、豪が仏との潜水艦開発計画契約を破棄し、米や英が支援する原子力潜水艦を導入する事が報道された。この際に、新しい枠組みのAUKUSも報道されたために、AUKUS協定は豪への原子力潜水艦支援の為の協定であるかの様に受け止められているが、AUKUSの内容を見れば、原子力潜水艦の支援協力は、全体の中の一部分である。基本的には安全保障協力の協定であるが、その中心は、先進技術に関する開発から維持整備等に至る防衛協力体制の構築にある。
先ずは、豪の新潜水艦開発に関する説明をしたい。豪は、コリンズ級の潜水艦を保有しているものの、導入からかなりの年数が経過しており、部品供給や維持・補修に苦労しており、何より既に陳腐化が始まっている。このため豪は、2010年代初頭から新潜水艦の導入の検討を開始し、2015年2月にアンドリューズ国防相が新潜水艦開発構想を公表し、新潜水艦を豪国内で第三国との協力の下、開発する旨の計画を発表した。この豪の開発計画に手を挙げたのが仏・独・日の三ヶ国であった。この新潜水艦開発計画には、前提事項(既定路線)があり、潜水艦に搭載される内部機器は、米国製にすることが決定されていた。即ち、この開発計画の競争に勝った国は、潜水艦の所謂、ドンガラ(胴体)を設計・製造を請け負うことになる入札であった。この三ヶ国の競争が開始された当時、日豪関係は、これまでになく緊密であり、特に安倍首相とアボット首相との関係は特別であった。この様なこともあり、我が国は入札参加こそ遅れたものの、この競争に勝てるのではとの楽観的な見方が強かった。しかし、その後、豪はターンブル首相となり、この潜水艦開発プロジェクトは、最終的に仏が契約を勝ち取った。その開発契約が、今回破棄されたのである。国際的に大きな契約が、双方の合意無くして破棄されることは極めて珍しいケースである。2018年8月、豪はターンブル首相からモリソン首相に交代となり、必ずしも仏と契約したプログラムが予定通り進んでいなかったことや、将来の脅威予測が変化し始めていたこと等から、同プロジェクトを白紙的に見直し、結果的に仏との契約を反故にすることを決意した様である。そして、2021年初頭から、モリソン首相は、米国や英国と水面下で何度も調整し、今回の英断に至ったとの事である。
この様な外国を巻き込む超大規模な開発計画が白紙撤回されたことは前代未聞であり、世界に衝撃を与えている。仏は怒り心頭であり、豪や米の駐在大使を召還した。当然の事であろう。これで、仏豪関係及び米仏関係が険悪な状態となっている。
米国は、豪・NZ(新)とのANZUS(Australia, New Zealand, US)安全保障条約を維持している。しかし、この条約は1951年に締結された後1987年にNZが「非核法」を制定し、以降、米国の原子力潜水艦等、核を搭載しているとみられる艦船や航空機がNZに立ち寄ることが出来なくなっている。また、米国は、英・加・豪・新の五ヶ国による秘密保護協定であるFive Eyesも維持しているが、NZを維持すべきかという議論が出てきていることも事実である。この様な中、AUKUSが発表された。米国には、ANZUSに代わる協定とみる節もあるが、全く別であろう。
今回のAUKUSは軍事同盟であるが、締結内容をよく見れば、報道の潜水艦のみならず、この三ヶ国の技術協力協定的な内容である。この協定には、各分野の先進技術や自立型無人潜水艦、長距離攻撃能力(敵基地攻撃能力)の技術開発協力、そしてサイバー・セキュリティ、人工知能(AI)、量子コンピュータ、暗号化技術、宇宙に関する研究協力等々、かなり幅広い協力を進めていく事が盛り込まれている。この協定を発表した時に説明していないものの、恰も中国の千人計画に対抗する様な内容である。
しかし、私には大きな疑問がある。それは、何故「ジャーカス(JAUKUS)」ではなかったのかである。世界の最先端技術は、当然のことながら、未だ米国がダントツである。しかし、その米国も以前に比べれば陰りが見えてきている。オバマ大統領は、「最早、米国は世界の警察官でない」との発言を繰り返した。トランプ大統領は、同盟国へ応分の負担を強く要求した。米国の相対的な力の低下を物語っている。これは先進技術には巨額な資金が必要な事と、中国の台頭である。将来を見据えたときに米国とて安穏としておられない状況である。
各分野の最先端の技術を語る時に、我が国を抜きに出来ようか。答えは否である。確かに我が国は、一時期よりも技術開発分野への投資が減り、世界の第一線から退いた感があるものの、まだまだ世界に誇る分野も多くある。この様な事から私は、今回のオーカス(AUKUS)は、本来はジャーカス(JAUKUS)であるべきだったと考えている。この三ヶ国に、我が国を入れる事によって、他を寄せ付けない確固たる技術協力が確立されていくものと確信している。
私は、以上の様な考え方に基づき、先日、米国の方々との意見交換の機会に、ジャーカス(JAUKUS)を提案したところ、米国の友人は「今回は仏との関係悪化が見込まれたため、極めて秘密裏に行う必要があったのではないか」と言われた。その際、私は、それは確かに理解できる理由とは思いつつ「それって、ますます良くないのではないか。もしそうであるとすれば、日本が秘密を守れないと思われているからだろうか」と言い返した。私は、我が国の秘密保持に関しては、必ずしも十分でないと認識しながら、やや置いてきぼりを食ったこともあり、反論したのであるが、今回は、いろいろな観点から考えれば、妥当なスタートだったかもしれないと思う点もある。それは、核問題である。今回の原子力潜水艦に核弾頭搭載ミサイルを装備するか否かについては明確にされていない。何より、原子力潜水艦は原子炉を搭載している。我が国には、原子力を忌避する傾向がある。また、核爆弾に関しては、三原則を維持しており、今回の豪の原子力潜水艦に関与してない方が良かったかもしれない。しかし、将来においては、このAUKUSに我が国も積極的に関与すべきと考えている。(令和3.10.18)
岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。
写真:AP/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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