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銃口から生まれるもの−中国党軍の関係−【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/10/18 15:59
配信元:FISCO
毛沢東は、著書『戦争和戦略問題』の中で「革命の中心任務と最高形態は、武力で政権を奪取することである」と述べている。有名な「政権は銃口から生まれる」という言葉は、ここから引用されたものであろう。中華人民共和国建国当初、蒋介石率いる国民党政権だけではなく、群雄割拠する軍閥との戦いを余儀なくされ、軍の存在は党の存続と不可分であり、中国共産党と軍はほぼ一体であった。
中華人民共和国成立以降、一時は軍を国軍化しようという動きがあったが、共産党一党独裁を支える柱として「党の軍隊」という位置づけを変えていない。このため、中国で新たな指導者が誕生するたびに、軍との関係性がどうか、という観点から指導部の安定性を量るという手法がとられてきていた。そして、この軍の位置づけが、周辺諸国から、「軍の暴走」が政治を左右する懸念の要因となっている。中国自身も「銃口から政権が生まれる」危険性を認識しており、幾重にも党の軍に対する統制を規定している。
1997年に制定され、2009年と2020年に改正された「中国国防法」第21条には、中華人民共和国の軍事組織は、中国共産党の指導下にあることが明確に規定されている。軍事組織には、軍のほかに武装警察と民兵が含まれる。2020年の改正でマルクス・レーニン主義、毛沢東思想と並んで「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」と「習近平の強大な軍事思想」という言葉が加えられている。法的に担保されている中国共産党の軍への指導は、実質的に習近平の指導であることを強く印象付けている。
2015年に、習近平主導で開始された軍改革にも党の統制強化の側面が見て取れる。権力が集中しがちであった「四総部(総参謀部、総政治部、総装備部、総後勤部)」を廃止し、15機関に分割している。権力の分散と、規律検査委員会と財務監査署を設けることにより、監視体制が強化された。陸軍指揮機構の創設や7大軍区から5大戦区への改編は、従来の陸軍中心から統合作戦を重視するためと推定される。このことは、陸軍の影響力を削ぐことによる党の統制力強化も視野に入れたものであろう。
軍に対する党の統制力を最も端的に表しているのは「指揮官と政治委員の両長制度」である。この起源は、1929年の「古田会議」(紅軍第四軍第9回党員代表大会)にまでさかのぼる。当時、第四軍政治委員であった毛沢東が、指揮員である朱徳との主導権争いの末、「軍事主管の命令、訓令は必ず政治委員の署名があって効力を発揮する」と定めた。防衛研究所のレポートによれば、現在中国人民解放軍の部隊が意思決定をする際には、指揮員、政治委員、各部責任者で構成される部隊内党委員会の集団討議を経ると分析されている。緊急時の対応として、あらかじめ部隊内党委員会で決定した対応案に基づき指揮員が対処することは認められているが、現場における柔軟な対応に欠けることが予想される。
最後は施策から見た党の軍への統制である。中国の最高軍事指導機関である中央軍事委員会の委員は、委員長である習近平が指名する。5大戦区の指揮員及び政治委員の任命や、上将への昇任も中央軍事委員会委員長である習近平が行うことから、重要な人事権は習近平をつうじて共産党が保有する。反腐敗運動の一環として徐才厚、郭伯雄両元中央軍事委員会副主席、張陽総政治部長、谷俊山総後勤部副部長が失脚した。軍が高級幹部の更迭を是認した背景には、もはや習近平の意向及び党の圧力に軍が逆らえない状況となっていることが指摘できる。昨年末に行われた国防法改正には、軍の魅力化対策や退役軍人の処遇改善が盛り込まれている。軍に対し「飴と鞭」を使い分け、統制を強化しようとする動きであろう。
国内法、組織、制度そして各種施策というあらゆる面で中国共産党の中国人民解放軍への統制が担保されており、軍が自らの意思で行動できる範囲は限られている。習近平政権成立以降、党よりも習近平個人による軍への統制の色を濃くしつつある。解放軍報において、習近平の発言やスピーチを積極的に学ぶべきであるとの主張が繰り返されていることも、そのことを裏付けている。
習近平は、中国共産党一党独裁の正当性を強調し、「中華民族の偉大な復興」を旗印に掲げている。さらに、ナショナリズム高揚のため、列強の侵略を受けたという被害者意識とその状態からの回復を、ことさら強調する傾向にある。そのような中で、軍は中国の「核心的利益」を直接防護する役割を担わされており、ここで消極的な姿勢を示すことは、自らの地位を危うくする。台湾周辺、南シナ海及び東シナ海における中国人民解放軍の活発な活動は、中国共産党、習近平の意図に基づくものであることは間違いないが、軍指導者が自らの生き残りをかけた行動の側面があることも重要な視点であろう。
現在の中国の党軍関係を以上のように整理した場合、我が国周辺を行動する中国人民解放軍に対して、どのような注意を払わなければならないであろうか。
第一に、党の厳格な統制下にあり、あらゆる事象に部隊党委員会の討議を必要とする部隊であることだ。現場で緊張が高まるような状態となっても、現場の人間が臨機応変に事態の鎮静化を図るような態度は期待できない。決断まで時間がかかるという認識が必要である。
次に、党や習近平の指導を現場の人間が、誤って解釈することに起因する活動のエスカレーションが危惧される。党や習近平の指示が、現場の情勢に合わせた詳しいものとは考えられない。現場における自らの行動が習近平の不興を買うのではないかという恐怖、あるいはここで注目を浴びたいという功名心が部隊党委員会内部で相互に働き、過激な行動に出る可能性を常に念頭に置いておく必要がある。軍同士の信頼性の欠如に伴う疑心暗鬼もこれを助長するであろう。
いずれの場合であれ、現場で情勢に応じ、事態を収めることは難しい。日中の兵力が直接対峙する可能性の高い東シナ海においては、「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」の枠組みがある。定期的な会合をつうじ信頼醸成に努めているが、すでに合意している「日中当局間ホットライン」の設置が遅れている。事態のエスカレーションを防ぐために、ホットラインの早期設定が望まれる。
過去、中国人民解放軍という「銃口」は、中国共産党が率いる中華人民共和国という「政府」を生んだ。いま「銃口」が生もうとしているのは、習近平の「中華民族の偉大な復興」に名を借りた、中国影響圏の拡大である。中国人民解放軍の活動範囲はグローバル化している。その活動を牽制することは一国では手に余る。同様の価値観を持つ多国間で監視情報の共有を図り、状況によっては共同して行動する枠組み作りが必要である。
最近「自由で開かれたインド太平洋」を目指し、日米を中心に多国間訓練が実施されているが、それぞれは一時的な訓練でとどまっている。それらの中で、QUADはマラバール等の共同訓練を実施するだけではなく、拡張性を持つ枠組みである。QUADが目指す範囲及び参加国の拡大を図り、中国の一方的な活動を牽制する枠組みを作るべき時期に来ていると考える。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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中華人民共和国成立以降、一時は軍を国軍化しようという動きがあったが、共産党一党独裁を支える柱として「党の軍隊」という位置づけを変えていない。このため、中国で新たな指導者が誕生するたびに、軍との関係性がどうか、という観点から指導部の安定性を量るという手法がとられてきていた。そして、この軍の位置づけが、周辺諸国から、「軍の暴走」が政治を左右する懸念の要因となっている。中国自身も「銃口から政権が生まれる」危険性を認識しており、幾重にも党の軍に対する統制を規定している。
1997年に制定され、2009年と2020年に改正された「中国国防法」第21条には、中華人民共和国の軍事組織は、中国共産党の指導下にあることが明確に規定されている。軍事組織には、軍のほかに武装警察と民兵が含まれる。2020年の改正でマルクス・レーニン主義、毛沢東思想と並んで「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」と「習近平の強大な軍事思想」という言葉が加えられている。法的に担保されている中国共産党の軍への指導は、実質的に習近平の指導であることを強く印象付けている。
2015年に、習近平主導で開始された軍改革にも党の統制強化の側面が見て取れる。権力が集中しがちであった「四総部(総参謀部、総政治部、総装備部、総後勤部)」を廃止し、15機関に分割している。権力の分散と、規律検査委員会と財務監査署を設けることにより、監視体制が強化された。陸軍指揮機構の創設や7大軍区から5大戦区への改編は、従来の陸軍中心から統合作戦を重視するためと推定される。このことは、陸軍の影響力を削ぐことによる党の統制力強化も視野に入れたものであろう。
軍に対する党の統制力を最も端的に表しているのは「指揮官と政治委員の両長制度」である。この起源は、1929年の「古田会議」(紅軍第四軍第9回党員代表大会)にまでさかのぼる。当時、第四軍政治委員であった毛沢東が、指揮員である朱徳との主導権争いの末、「軍事主管の命令、訓令は必ず政治委員の署名があって効力を発揮する」と定めた。防衛研究所のレポートによれば、現在中国人民解放軍の部隊が意思決定をする際には、指揮員、政治委員、各部責任者で構成される部隊内党委員会の集団討議を経ると分析されている。緊急時の対応として、あらかじめ部隊内党委員会で決定した対応案に基づき指揮員が対処することは認められているが、現場における柔軟な対応に欠けることが予想される。
最後は施策から見た党の軍への統制である。中国の最高軍事指導機関である中央軍事委員会の委員は、委員長である習近平が指名する。5大戦区の指揮員及び政治委員の任命や、上将への昇任も中央軍事委員会委員長である習近平が行うことから、重要な人事権は習近平をつうじて共産党が保有する。反腐敗運動の一環として徐才厚、郭伯雄両元中央軍事委員会副主席、張陽総政治部長、谷俊山総後勤部副部長が失脚した。軍が高級幹部の更迭を是認した背景には、もはや習近平の意向及び党の圧力に軍が逆らえない状況となっていることが指摘できる。昨年末に行われた国防法改正には、軍の魅力化対策や退役軍人の処遇改善が盛り込まれている。軍に対し「飴と鞭」を使い分け、統制を強化しようとする動きであろう。
国内法、組織、制度そして各種施策というあらゆる面で中国共産党の中国人民解放軍への統制が担保されており、軍が自らの意思で行動できる範囲は限られている。習近平政権成立以降、党よりも習近平個人による軍への統制の色を濃くしつつある。解放軍報において、習近平の発言やスピーチを積極的に学ぶべきであるとの主張が繰り返されていることも、そのことを裏付けている。
習近平は、中国共産党一党独裁の正当性を強調し、「中華民族の偉大な復興」を旗印に掲げている。さらに、ナショナリズム高揚のため、列強の侵略を受けたという被害者意識とその状態からの回復を、ことさら強調する傾向にある。そのような中で、軍は中国の「核心的利益」を直接防護する役割を担わされており、ここで消極的な姿勢を示すことは、自らの地位を危うくする。台湾周辺、南シナ海及び東シナ海における中国人民解放軍の活発な活動は、中国共産党、習近平の意図に基づくものであることは間違いないが、軍指導者が自らの生き残りをかけた行動の側面があることも重要な視点であろう。
現在の中国の党軍関係を以上のように整理した場合、我が国周辺を行動する中国人民解放軍に対して、どのような注意を払わなければならないであろうか。
第一に、党の厳格な統制下にあり、あらゆる事象に部隊党委員会の討議を必要とする部隊であることだ。現場で緊張が高まるような状態となっても、現場の人間が臨機応変に事態の鎮静化を図るような態度は期待できない。決断まで時間がかかるという認識が必要である。
次に、党や習近平の指導を現場の人間が、誤って解釈することに起因する活動のエスカレーションが危惧される。党や習近平の指示が、現場の情勢に合わせた詳しいものとは考えられない。現場における自らの行動が習近平の不興を買うのではないかという恐怖、あるいはここで注目を浴びたいという功名心が部隊党委員会内部で相互に働き、過激な行動に出る可能性を常に念頭に置いておく必要がある。軍同士の信頼性の欠如に伴う疑心暗鬼もこれを助長するであろう。
いずれの場合であれ、現場で情勢に応じ、事態を収めることは難しい。日中の兵力が直接対峙する可能性の高い東シナ海においては、「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」の枠組みがある。定期的な会合をつうじ信頼醸成に努めているが、すでに合意している「日中当局間ホットライン」の設置が遅れている。事態のエスカレーションを防ぐために、ホットラインの早期設定が望まれる。
過去、中国人民解放軍という「銃口」は、中国共産党が率いる中華人民共和国という「政府」を生んだ。いま「銃口」が生もうとしているのは、習近平の「中華民族の偉大な復興」に名を借りた、中国影響圏の拡大である。中国人民解放軍の活動範囲はグローバル化している。その活動を牽制することは一国では手に余る。同様の価値観を持つ多国間で監視情報の共有を図り、状況によっては共同して行動する枠組み作りが必要である。
最近「自由で開かれたインド太平洋」を目指し、日米を中心に多国間訓練が実施されているが、それぞれは一時的な訓練でとどまっている。それらの中で、QUADはマラバール等の共同訓練を実施するだけではなく、拡張性を持つ枠組みである。QUADが目指す範囲及び参加国の拡大を図り、中国の一方的な活動を牽制する枠組みを作るべき時期に来ていると考える。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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