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『日米中の軛』日米中の罠:日本が避けるべきもの(船橋洋一編集顧問との対談)(3)【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/09/17 10:17
配信元:FISCO
本稿は、『日米中の軛』日米中の罠:日本が避けるべきもの(船橋洋一編集顧問との対談)(2)【実業之日本フォーラム】の続きである。
■中国に対する静かな抑止力をつくるのが得策
白井:同盟関係にある日米の間でも、慎重に対応しなければならない問題があるのですね。安保条約の適用対象であることを単に確認するだけではなく、どのような状況でもアメリカがともに戦ってくれるような信頼関係を築くことが重要だと、改めて思いました。そのために日本がやるべきことは、まだまだ多いように感じます。
尖閣を巡って直接対立している中国に対しても、日本がやらなければならないことは多いのではないでしょうか。日中関係で気を付けるべきことは何でしょうか。
船橋:「日米中の罠」の三角関係でも、日中関係は最も危ない部分であり、最も恐ろしい罠が潜んでいるところだと思います。2009年に鳩山内閣ができたとき、鳩山由紀夫首相は「東アジア共同体」という構想を作りました。2009年7月に公表した民主党マニフェストには、「東アジア共同体の構築をめざし、アジア外交を強化する」とされています。アメリカを除外したアジアの国々だけで地域的アーキテクチャを作るという構想です。これを鳩山首相は、胡錦濤中国国家主席や、ベトナム、オーストラリア、シンガポール、それぞれの首脳に持ちかけました。
アメリカは、鳩山首相による沖縄の普天間基地の県外移設や、「トラスト・ミー」発言に猛烈な不信感を抱きましたが、実は一番不信を抱いたのは、このアメリカ抜きの「東アジア共同体」構想を最初に中国に相談したことだったのです。先に触れたジェフリー・ベーダーの回想録にもブッシュ政権が本構想に疑いを持っていることが記載されています。「これだけは許さない」と書かれています。日本に裏切られたという気持ちをアメリカが抱いた。人間社会もそうですが、国際関係でも、とりわけ同盟関係において「裏切り」の感情を相手国に抱かせるほど破壊的なことはありません。
アメリカを除外したアジア・オンリーの構想をことによって日本から発せられることにアメリカが衝撃を受け、徹底的な不信感を募らせた。アメリカだけではありません。2009年10月に鳩山首相と首脳会談に臨んだシンガポールのリー・シェンロン首相は、東アジア共同体構想に対し、「地域のバランスの観点からは米国の関与が重要である」と釘を刺しています。かたや、中国にとっては、日米間にくさびを打ち込むというまたとないチャンスが到来です。長年の夢である日米同盟の中和化ができます。日米同盟だけではなく、アメリカの西太平洋における同盟システムを一気に弱体化できます。実際、その後の尖閣諸島問題で、日米関係はきしみました。ただし、それ以上に日中関係がすさまじく軋み、破綻しかけてしまった。
ところが、トランプ政権が登場し、米中関係が激しく緊張すると、中国は日本に秋波を送るようになります。中国証券監督管理委員会が2019年3月に、野村證券の中国の合弁証券子会社に51%の出資比率を認めたことなどがその典型でしょう。秋波を送られたら、それを活用してこちらも微笑む度量は必要ですが、中国の秋波外交は、あくまで戦術的、一時的なパンダ外交であることを知っておく必要があります。
白井:日本は、中国からの戦略的秋波を敏感にキャッチし、それに乗ってはならないということですね。バイデン政権が誕生してからも戦略的秋波の状況が変わらないということは、裏返せば、中国は、TPPやRCEPに対するアメリカの政策がそれほど変化しないと見ているのでしょう。そういった点でも三か国の関係を観察することは有益です。それぞれの二か国の関係がもう1つの国に与える刺激、リスク、誤解といった影響が日米中の罠だと理解しましたが、罠を避けるために日本が注意すべきことは何でしょうか。
船橋:どの二国間関係の管理も他の二国関係の管理からの影響を受け、横波を被るため、まず、「日米中の罠」がどこにあるか、それをわきまえることです。その罠にはまらないようにする。これが第一です。現在、日本にとっての最大の罠は、米中対決が決定的になってしまうことです。日本の動きが、それを促してしまうことだと私は思っています。そうさせないように対米、対中関係を安定させるよう環境づくりをすることです。そのための対中抑止力とバランス・オブ・パワーを維持することが大切です。自分の国を自分で守る自立の覚悟と同盟を維持する責任の双方が必要です。
そして、アジア太平洋の、自由で、開かれ、持続的な秩序形成を他のアジア諸国とともに先頭に立って推進できる国(a pivot state)としてルール・シェイパー役を果たすことです。中国に対する抑止力構築も、アジア太平洋での自由で、開かれ、持続的な国際秩序も、敵味方を明確にしない、バランシング・アクトを心掛けるべきです。抑止力も明瞭ではあるが静かな抑止力をつくるのが得策です。中国共産党が国民のナショナリズムを煽らないようにすること、そして、国民のナショナリズムが中国共産党の外交の選択肢を狭くしないようにすることも、重要です。そして最後に、日本の国力と国富の再創出と自由主義と民主主義の進展が望まれます。
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)
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■中国に対する静かな抑止力をつくるのが得策
白井:同盟関係にある日米の間でも、慎重に対応しなければならない問題があるのですね。安保条約の適用対象であることを単に確認するだけではなく、どのような状況でもアメリカがともに戦ってくれるような信頼関係を築くことが重要だと、改めて思いました。そのために日本がやるべきことは、まだまだ多いように感じます。
尖閣を巡って直接対立している中国に対しても、日本がやらなければならないことは多いのではないでしょうか。日中関係で気を付けるべきことは何でしょうか。
船橋:「日米中の罠」の三角関係でも、日中関係は最も危ない部分であり、最も恐ろしい罠が潜んでいるところだと思います。2009年に鳩山内閣ができたとき、鳩山由紀夫首相は「東アジア共同体」という構想を作りました。2009年7月に公表した民主党マニフェストには、「東アジア共同体の構築をめざし、アジア外交を強化する」とされています。アメリカを除外したアジアの国々だけで地域的アーキテクチャを作るという構想です。これを鳩山首相は、胡錦濤中国国家主席や、ベトナム、オーストラリア、シンガポール、それぞれの首脳に持ちかけました。
アメリカは、鳩山首相による沖縄の普天間基地の県外移設や、「トラスト・ミー」発言に猛烈な不信感を抱きましたが、実は一番不信を抱いたのは、このアメリカ抜きの「東アジア共同体」構想を最初に中国に相談したことだったのです。先に触れたジェフリー・ベーダーの回想録にもブッシュ政権が本構想に疑いを持っていることが記載されています。「これだけは許さない」と書かれています。日本に裏切られたという気持ちをアメリカが抱いた。人間社会もそうですが、国際関係でも、とりわけ同盟関係において「裏切り」の感情を相手国に抱かせるほど破壊的なことはありません。
アメリカを除外したアジア・オンリーの構想をことによって日本から発せられることにアメリカが衝撃を受け、徹底的な不信感を募らせた。アメリカだけではありません。2009年10月に鳩山首相と首脳会談に臨んだシンガポールのリー・シェンロン首相は、東アジア共同体構想に対し、「地域のバランスの観点からは米国の関与が重要である」と釘を刺しています。かたや、中国にとっては、日米間にくさびを打ち込むというまたとないチャンスが到来です。長年の夢である日米同盟の中和化ができます。日米同盟だけではなく、アメリカの西太平洋における同盟システムを一気に弱体化できます。実際、その後の尖閣諸島問題で、日米関係はきしみました。ただし、それ以上に日中関係がすさまじく軋み、破綻しかけてしまった。
ところが、トランプ政権が登場し、米中関係が激しく緊張すると、中国は日本に秋波を送るようになります。中国証券監督管理委員会が2019年3月に、野村證券の中国の合弁証券子会社に51%の出資比率を認めたことなどがその典型でしょう。秋波を送られたら、それを活用してこちらも微笑む度量は必要ですが、中国の秋波外交は、あくまで戦術的、一時的なパンダ外交であることを知っておく必要があります。
白井:日本は、中国からの戦略的秋波を敏感にキャッチし、それに乗ってはならないということですね。バイデン政権が誕生してからも戦略的秋波の状況が変わらないということは、裏返せば、中国は、TPPやRCEPに対するアメリカの政策がそれほど変化しないと見ているのでしょう。そういった点でも三か国の関係を観察することは有益です。それぞれの二か国の関係がもう1つの国に与える刺激、リスク、誤解といった影響が日米中の罠だと理解しましたが、罠を避けるために日本が注意すべきことは何でしょうか。
船橋:どの二国間関係の管理も他の二国関係の管理からの影響を受け、横波を被るため、まず、「日米中の罠」がどこにあるか、それをわきまえることです。その罠にはまらないようにする。これが第一です。現在、日本にとっての最大の罠は、米中対決が決定的になってしまうことです。日本の動きが、それを促してしまうことだと私は思っています。そうさせないように対米、対中関係を安定させるよう環境づくりをすることです。そのための対中抑止力とバランス・オブ・パワーを維持することが大切です。自分の国を自分で守る自立の覚悟と同盟を維持する責任の双方が必要です。
そして、アジア太平洋の、自由で、開かれ、持続的な秩序形成を他のアジア諸国とともに先頭に立って推進できる国(a pivot state)としてルール・シェイパー役を果たすことです。中国に対する抑止力構築も、アジア太平洋での自由で、開かれ、持続的な国際秩序も、敵味方を明確にしない、バランシング・アクトを心掛けるべきです。抑止力も明瞭ではあるが静かな抑止力をつくるのが得策です。中国共産党が国民のナショナリズムを煽らないようにすること、そして、国民のナショナリズムが中国共産党の外交の選択肢を狭くしないようにすることも、重要です。そして最後に、日本の国力と国富の再創出と自由主義と民主主義の進展が望まれます。
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)
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