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『日米中の軛』日米中の罠:日本が避けるべきもの(船橋洋一編集顧問との対談)(2)【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/09/17 10:17
配信元:FISCO
本稿は、『日米中の軛』日米中の罠:日本が避けるべきもの(船橋洋一編集顧問との対談)(1)【実業之日本フォーラム】の続きである。
■尖閣諸島をめぐる日米同盟のきしみ
白井:米中が戦略的に共通の利益を見出した時には同盟関係を結ぶ可能性があり、日本やロシアがその要因のひとつになり得ることはよくわかりました。そう考えると、現在同盟関係にあるアメリカと日本の関係はどうあるべきか、ということが気になります。トランプ政権に対して日本は、貿易問題や在日米軍駐留経費の問題などがあったものの、総じて良好な関係を維持できた印象があります。特に、中国との間で領有権が問題となっている尖閣諸島は、日米安全保障条約の適用対象であると日米間で確認されました。この点では、バイデン大統領も同様の発言をしています。
船橋:尖閣諸島は、日中ともに領有権を主張していますが、施政権は日本が執行している状態になっています。さらに日本政府は、2012年9月に、「尖閣諸島における航行安全業務を適切に実施しつつ、尖閣諸島の長期にわたる平穏かつ安定的な維持及び管理を図るため」だとして、民間人所有者から魚釣島、北小島、南小島の3島を、20億5,000万円で購入し国有化しました。これに対して中国は、それまで月に数回の頻度で繰り返してきた、
尖閣周辺の接続水域や領海への数隻の公船による侵入を、劇的に増加させました。こうした公船の活動は、中国の漁船を取り締まるという名目で、中国が施政権を執行している姿を世界に誇示します。施政権を持っている中国はそれを行使している、日本よりしっかりやっている、ということを見せているわけです。
アメリカは、日米安保条約の第5条によって、同盟国が施政権を行使しているテリトリーに対する防衛義務を負っています。しかし、このことは逆に、日本が施政権を執行できていないことが明白になれば、アメリカはここに関する防衛義務を負うことはないということになりえます。ですから中国は、尖閣に対して日本が十分に施政権を行使していない、行使しているのは中国であるということをアメリカに見せ、そのようにアメリカの国民に認識させようとしているのです。そうすることによって、尖閣で日中の軍事的衝突が起こる、あるいは何らかの軍事紛争が起こった場合に、日本に対してアメリカが防衛義務を負わない状況を“作ってあげよう”としているのです。
白井:その点については全く同意見です。中国が日本の国有化にタイミングを合わせて公船の活動を活発化させていることからも、そういう意図をもって尖閣に公船を出してきていることは明白であり、何としてもアメリカや世界に誤った認識を持たれないようにしなければなりません。そのためには、日本としても毅然とした態度で施政権を行使することが必要だと考えています。一方で、中国による施政権争奪の挑戦は、東シナ海における現状変更への挑戦だとみることもできると思います。それは、地域的に密接な影響を及ぼしあう台湾にも波及する可能性があるのではないでしょうか。そういった視点で見た場合、アメリカが中国の行動を黙認することは、日本にとってだけではなく、アメリカにとっても決してプラスにはならないと思うのですが、その点についてどうお考えでしょうか。
船橋:2012年に尖閣諸島の国有化を発表したのは、民主党の野田政権でした。しかし、きっかけは、当時の石原慎太郎東京都知事が、ワシントンのヘリテージ財団が主催するシンポジウムでの講演で、尖閣諸島を所有者から買い取る方向で合意したことを明らかにしたことです。石原都知事は、尖閣を購入したら嵐の時に漁民が避難できる船だまりを作るという構想を明らかにしていましたから、都が所有すると中国との間に軋轢が生じてしまう危険性がありました。野田首相は、そんなことになるくらいなら、国有化による管理をして中国との関係を制御した方がいいと判断したのです。そうやって領土問題をエスカレートさせずに済ませられるなら同盟国であるアメリカも理解するだろうと期待したのです。ところが、アメリカ政府は日本のこうした判断に理解を示すどころか、強い不満と不快感を示しました。アメリカの最初の反応は、「余計なことをしてくれるな」というものだったのです。「そんなことをして、もし軍事的紛争になったらどうするのだ。傍迷惑だ」ということだったわけです。
のちに2016年1月に、大統領予備選に出馬したヒラリー・クリントンの国務長官時代のメール数万通が公表されましたが、その中にキャンベル国務次官補が国有化問題について報告したメールが含まれています。クリントンは長官時代、私用のメールアドレスを公務に使っていたことが問題になったため、国務省が発表したのです。その中に、2012年9月3日、佐々江賢一郎外務事務次官がキャンベルに電話した内容をキャンベルがバーンズ国務副長官に送り、クリントンに転送したメールがあります。
「電話の目的は、日本政府が間もなく尖閣諸島を購入することを知らせるものだった。政府と所有者はすでに売買価格で合意しており、所有者はこの一連の行動について、石原東京都知事の理解を得ようとしているとのことだった。石原は納得しそうにない」
キャンベルはその後で、自分がこの年の夏、訪日したとき、佐々江に「この計画については北京と話し合うように求めた」ことを指摘するとともに、「日本政府は度重なる熟考の末に結論を出したところで、中国は明らかに激怒している。しかし、佐々江は、中国は実際にはこの行動の必要性を理解しており、受け入れるだろうと信じている。どうなることやら(I am not so sure.)」と報告しています。
「中国が理解している」との日本側の説明に疑問を呈していますが、結果的にはキャンベルの見通しが正しかったわけです。
オバマ政権のNSCアジア上級部長だったジェフリー・ベーダーは回想録の中で、2010年9月の中国漁船衝突事件をめぐる日米同盟への意味合いに関して、次のように記しています。
「尖閣問題はオバマ政権に複雑なジレンマを提起していた……・・・ワシントンは中国に威嚇されている同盟相手である日本との団結を示したがったが、同時に日本の対応にはいかにも不手際が目立っていた。それにもまして、日中両国がこのような岩しかない小島をめぐって武力衝突するかもしれない、あるいはアメリカがそれに巻き込まれるかもしれないなどと思うのはばかげていた」。
同盟には「巻き込まれるリスク」と「見捨てられるリスク」の2つのリスクがあるといわれています。これまでの日本は、アメリカの戦争に「巻き込まれるリスク」
を常に感じてきました。ベトナム戦争がその典型です。ところが2010年代以降、尖閣をめぐって日中が鋭く対立するようになってから、アメリカのほう方が「巻き込まれるリスク」に敏感になりました。ベーダーの回顧録はその懸念を如実に表しています。その一方で、日本の方は、アメリカがどこまで日本を守ってくれるのかということに自信が持てなくなって来ました。すなわち「見捨てられるリスク」を感じ始めるようになったわけです。
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)
『日米中の軛』日米中の罠:日本が避けるべきもの(船橋洋一編集顧問との対談)(3)【実業之日本フォーラム】へ続く
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■尖閣諸島をめぐる日米同盟のきしみ
白井:米中が戦略的に共通の利益を見出した時には同盟関係を結ぶ可能性があり、日本やロシアがその要因のひとつになり得ることはよくわかりました。そう考えると、現在同盟関係にあるアメリカと日本の関係はどうあるべきか、ということが気になります。トランプ政権に対して日本は、貿易問題や在日米軍駐留経費の問題などがあったものの、総じて良好な関係を維持できた印象があります。特に、中国との間で領有権が問題となっている尖閣諸島は、日米安全保障条約の適用対象であると日米間で確認されました。この点では、バイデン大統領も同様の発言をしています。
船橋:尖閣諸島は、日中ともに領有権を主張していますが、施政権は日本が執行している状態になっています。さらに日本政府は、2012年9月に、「尖閣諸島における航行安全業務を適切に実施しつつ、尖閣諸島の長期にわたる平穏かつ安定的な維持及び管理を図るため」だとして、民間人所有者から魚釣島、北小島、南小島の3島を、20億5,000万円で購入し国有化しました。これに対して中国は、それまで月に数回の頻度で繰り返してきた、
尖閣周辺の接続水域や領海への数隻の公船による侵入を、劇的に増加させました。こうした公船の活動は、中国の漁船を取り締まるという名目で、中国が施政権を執行している姿を世界に誇示します。施政権を持っている中国はそれを行使している、日本よりしっかりやっている、ということを見せているわけです。
アメリカは、日米安保条約の第5条によって、同盟国が施政権を行使しているテリトリーに対する防衛義務を負っています。しかし、このことは逆に、日本が施政権を執行できていないことが明白になれば、アメリカはここに関する防衛義務を負うことはないということになりえます。ですから中国は、尖閣に対して日本が十分に施政権を行使していない、行使しているのは中国であるということをアメリカに見せ、そのようにアメリカの国民に認識させようとしているのです。そうすることによって、尖閣で日中の軍事的衝突が起こる、あるいは何らかの軍事紛争が起こった場合に、日本に対してアメリカが防衛義務を負わない状況を“作ってあげよう”としているのです。
白井:その点については全く同意見です。中国が日本の国有化にタイミングを合わせて公船の活動を活発化させていることからも、そういう意図をもって尖閣に公船を出してきていることは明白であり、何としてもアメリカや世界に誤った認識を持たれないようにしなければなりません。そのためには、日本としても毅然とした態度で施政権を行使することが必要だと考えています。一方で、中国による施政権争奪の挑戦は、東シナ海における現状変更への挑戦だとみることもできると思います。それは、地域的に密接な影響を及ぼしあう台湾にも波及する可能性があるのではないでしょうか。そういった視点で見た場合、アメリカが中国の行動を黙認することは、日本にとってだけではなく、アメリカにとっても決してプラスにはならないと思うのですが、その点についてどうお考えでしょうか。
船橋:2012年に尖閣諸島の国有化を発表したのは、民主党の野田政権でした。しかし、きっかけは、当時の石原慎太郎東京都知事が、ワシントンのヘリテージ財団が主催するシンポジウムでの講演で、尖閣諸島を所有者から買い取る方向で合意したことを明らかにしたことです。石原都知事は、尖閣を購入したら嵐の時に漁民が避難できる船だまりを作るという構想を明らかにしていましたから、都が所有すると中国との間に軋轢が生じてしまう危険性がありました。野田首相は、そんなことになるくらいなら、国有化による管理をして中国との関係を制御した方がいいと判断したのです。そうやって領土問題をエスカレートさせずに済ませられるなら同盟国であるアメリカも理解するだろうと期待したのです。ところが、アメリカ政府は日本のこうした判断に理解を示すどころか、強い不満と不快感を示しました。アメリカの最初の反応は、「余計なことをしてくれるな」というものだったのです。「そんなことをして、もし軍事的紛争になったらどうするのだ。傍迷惑だ」ということだったわけです。
のちに2016年1月に、大統領予備選に出馬したヒラリー・クリントンの国務長官時代のメール数万通が公表されましたが、その中にキャンベル国務次官補が国有化問題について報告したメールが含まれています。クリントンは長官時代、私用のメールアドレスを公務に使っていたことが問題になったため、国務省が発表したのです。その中に、2012年9月3日、佐々江賢一郎外務事務次官がキャンベルに電話した内容をキャンベルがバーンズ国務副長官に送り、クリントンに転送したメールがあります。
「電話の目的は、日本政府が間もなく尖閣諸島を購入することを知らせるものだった。政府と所有者はすでに売買価格で合意しており、所有者はこの一連の行動について、石原東京都知事の理解を得ようとしているとのことだった。石原は納得しそうにない」
キャンベルはその後で、自分がこの年の夏、訪日したとき、佐々江に「この計画については北京と話し合うように求めた」ことを指摘するとともに、「日本政府は度重なる熟考の末に結論を出したところで、中国は明らかに激怒している。しかし、佐々江は、中国は実際にはこの行動の必要性を理解しており、受け入れるだろうと信じている。どうなることやら(I am not so sure.)」と報告しています。
「中国が理解している」との日本側の説明に疑問を呈していますが、結果的にはキャンベルの見通しが正しかったわけです。
オバマ政権のNSCアジア上級部長だったジェフリー・ベーダーは回想録の中で、2010年9月の中国漁船衝突事件をめぐる日米同盟への意味合いに関して、次のように記しています。
「尖閣問題はオバマ政権に複雑なジレンマを提起していた……・・・ワシントンは中国に威嚇されている同盟相手である日本との団結を示したがったが、同時に日本の対応にはいかにも不手際が目立っていた。それにもまして、日中両国がこのような岩しかない小島をめぐって武力衝突するかもしれない、あるいはアメリカがそれに巻き込まれるかもしれないなどと思うのはばかげていた」。
同盟には「巻き込まれるリスク」と「見捨てられるリスク」の2つのリスクがあるといわれています。これまでの日本は、アメリカの戦争に「巻き込まれるリスク」
を常に感じてきました。ベトナム戦争がその典型です。ところが2010年代以降、尖閣をめぐって日中が鋭く対立するようになってから、アメリカのほう方が「巻き込まれるリスク」に敏感になりました。ベーダーの回顧録はその懸念を如実に表しています。その一方で、日本の方は、アメリカがどこまで日本を守ってくれるのかということに自信が持てなくなって来ました。すなわち「見捨てられるリスク」を感じ始めるようになったわけです。
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)
『日米中の軛』日米中の罠:日本が避けるべきもの(船橋洋一編集顧問との対談)(3)【実業之日本フォーラム】へ続く
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