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武者陵司「減税モードからステルス増税へのシフト」
配信日時:2025/06/17 10:00
配信元:MINKABU
―石破政権、国民の批判に耐えられるか―
国会会期末となり東京都議選、参議院選の争いの時期に突入したが、1カ月前には思ってもみなかった政治情勢の急変が起きている。二つの側面から事態が変化した。第一は、国民民主党の圧倒的人気が萎え、自民党の復調と内閣支持率が上昇したことである。国民民主党の人気急落は、SNS上で批判・拒否感が強かった山尾志桜里氏を公認候補に指名したことなど、オウンゴールという面が大きい。また、令和のコメ騒動が自民党に有利に作用している。登場した小泉新農相による随意契約での備蓄米放出、店頭価格の急低下が、自民党支持率の急回復に繋がった。
●減税からコメへ、政策争点のシフト
第二のより重要な変化は、政策の争点が減税からずれてしまったことである。昨年の衆院選挙以来、国民民主党の手取りを増やす減税路線を軸に政策論争が展開されてきたが、コメの値上がりと小泉新農相による備蓄米放出で、減税に対する熱量が打ち消された。
そればかりか、高負担路線がひそかに進行し始めている。今国会で突然成立した年金改革法は、高負担・財政健全化路線そのものと言える。具体的内容は、1)国民年金の不足(就職氷河期の人々に対する給付を保証するために)を厚生年金資金で補填、2)遺族年金の減額、3)パート労働者への厚生年金の適用(家計と企業負担増)など、負担増・給付減の法案であり、将来給付に欠損が生じた場合に消費税増税が正当化されることになる。
●進行するステルス増税、高負担路線に回帰
また、少子化対策の一環として2026年4月からスタートする「子ども・子育て支援制度」も、保険料を引き上げるステルス増税とみられる。独身者に対する不公平感から「独身税」と俗称されている。年収に対して2028年度には平均で0.2%の社会保険負担増になるが、それは年間社会保険料の5%増額と計算されており、消費税0.8%増税に相当するとの指摘がある。
●「社会保障と税の一体改革」に政治生命かける野田党首
このように国民世論の減税に対するこだわりが高まっているのに、増税、財政健全化路線が強まるとは驚きである。何が起きているのだろうか。キーワードは「社会保障と税の一体改革」、キーパーソンは「立憲民主党の野田党首」とみることで解釈ができるのではないか。
「社会保障と税の一体改革とは、少子高齢化の進行とともに年金や社会保険の支出が高まる一方、働く人口は減っていく。したがって、十分な給付を続けるためには増税による財政基盤の強化が必要だ」、「景気変動に影響されない安定財源である消費税増税が不可欠(消費税の福祉目的化)」というもの。その大キャンペーンの仕掛け人が財務省、主唱者が2012年に法案を成立させた当時の野田首相、現立憲民主党党首であった。野田氏は3党合意をタテに消費税解散を遂行し(2012年)、安倍政権下での2度の消費税増税を約束させた。その野田氏が立憲民主党党首として返り咲き、石破政権と財政健全化路線で手を結び、野田氏の年金改革法に自民公明が共鳴する形で成立したというわけである。
●「社会保障と税の一体改革」が国民生活を痛めてきた元凶
しかし、国民世論に逆行する高負担・財政健全化路線は壁にぶつかる可能性が強い。第一に、「社会保障と税の一体改革」が国民生活を痛めてきた元凶であることがはっきりしていることである。
「一体改革」導入前の2011年の国民負担率(国民所得に対する租税と社会保険料負担率)は38.8%であったが、2022年には48.4%と世界にも例のない10年で10ポイントの急上昇となり、家計消費を直撃したのである。家計実質消費は2014年3月の消費税増税(5→8%)直前の2014年1~3月の310兆円がピークで、その後一度もそれを上回らず、現在でも依然として10年前のピークに比べ4%減の水準で低迷している。この間、企業利益は2.4倍、株式時価総額は3.2倍、一般会計税収は1.6倍になったわけで、家計がひとり犠牲にされてきたと言える。
●隠し切れなくなった税収増
第二に、増税とインフレにより税収が大きく上振れしている。政府は税収増を隠すかのように毎年定額減税や給付金で財政改善の実態をわかりにくくしているが、もはや隠し切れない規模に膨らんでいる。2023年度税収実績72兆円に対して2024年度は76兆円と当初予算を6兆円強上回った模様。2025年度には80兆円に達すると見られ、恒久減税の財源が十分であることは明らかであろう。
●日本の財政はどこから見ても健全
第三に、日本の財政はギリシャ以下との石破首相の発言が虚偽であることも隠せなくなっていくだろう。
財務省が示す政府総債務は1473兆円で、GDP比は237%と世界最悪だが、日本は他のどの国よりも多くの資産を持っている。外為会計による巨額の米国国債(141兆円)、巨額のGPIF運用益(246兆円)、高速道路など収益を生む固定資産(高速道路41兆円、新幹線7兆円、空港など国土省関連資産246兆円)、事業収入のある各種特殊法人への貸付等(159兆円)など、連結ベースで見れば1048兆円の資産を持っている。この資産を差し引いた連結ベースでみた政府の純債務は528兆円、対GDP比89%となり、G7の平均よりも良好である。
また、OECD(経済協力開発機構)は政府の純金融債務の対GDP比を発表しているが、日本は2020年の120%から90%へと大きく改善し、イタリアや米国より良好な数値になっている。さらにGDPに対する財政赤字比率は、2023年度は日本は2.7%と、カナダ、ドイツに次ぐ3位であったが、2024年度はカナダ、ドイツを抜いて最小赤字国になるかもしれない。
より客観的な財政健全性指標である、政府の利払い費のGDPに対する割合は日本は0.5%とG7中最低水準である。巨額の政府保有金融資産が、利息収入をもたらし、利払いコストを緩和しているのである。日本の財政はどこから見ても危機とは程遠い良好な状態にあると言える。
●石破政権は国民の批判に耐えられないだろう
このように、1)増税と高社会保険料負担により、家計だけが犠牲になってきたこと、2)税収増により家計に対する財政援助の余力が高まっていること、3)日本の財政は世界の中でも健全であること、は明らかである。
この明白な事実を否定・隠蔽する財務省、大手メディア、アカデミズムの三位一体となった世論形成の誤りは、SNSなどインターネットメディアによって暴かれていくだろう。
財務省の振り付けによって減税を否定し、高負担路線に舵を切った石破自民党政権は選挙において厳しい審判を受ける可能性が高いのではないだろうか。
(2025年6月16日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン380号」を転載)
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