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ドイツの立ち位置−ドイツ海軍フリゲートの行動から見えるもの−【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/11/18 10:30
配信元:FISCO
2021年11月5日、ドイツ海軍フリゲート艦「バイエルン」(満載排水量4,900トン)が東京国際クルーズターミナルに寄港した。ドイツ海軍艦艇の日本訪問は、2002年6月以来19年ぶりである。岸防衛大臣は同艦を視察した後、ドイツ連邦軍トップのツォルン総監及びゲッツェ駐日ドイツ大使と共同記者会見に臨み、日独防衛協力の発展に力を尽くしたいと表明した。
今年に入って欧州諸国の海軍艦艇のインド太平洋方面における行動が増えている。5月には、フランス海軍強襲揚陸艦「トネール」及びフリゲート艦「シュルクーフ」が東シナ海で行われた日米豪仏共同訓練(ARC21)に参加した。英海軍空母「クイーン・エリザベス」戦闘群は8月から9月にかけて、3次にわたる日英米蘭共同訓練(PACIFIC CROWN 21)に参加、9月4日には米海軍横須賀基地に入港している。「バイエルン」のインド太平洋方面への派遣は、これら一連の欧州諸国の艦艇派遣同様に対中国を目的とするものであり、対中包囲網形成に向けて歓迎すべきとの報道がある。しかしながら、ドイツのインド太平洋地域への関与を英仏と同じと判断するには危うい点が多い。
2020年9月、ドイツは「インド太平洋ガイドライン」を公表した。インド太平洋を世界経済発展の中心としつつも、中国の行動が当該地域の流動化を加速し、パワーバランスの変化が起こりつつある地域と位置付けている。貿易立国であるドイツはインド太平洋に積極的に関与すべきであり、法に基づく支配を最重視するという方針を挙げている。そして、その際には多国間主義で臨み、ASEANやその他インド太平洋の諸国との関係強化を図ることが示されている。そして、ドイツは、あくまでもEU又はNATOの一員として行動するとしている。そもそもドイツは、インド太平洋地域に域外領土等を保有しておらず、NATO域外への兵力展開には国内法上の縛りがある。本ガイドラインの公表は、ドイツ海軍のインド太平洋におけるプレゼンス拡大というよりも、経済的に中国と深い関係にあるドイツの中国離れを示唆するものとの見方が多かった。しかしながら、フリゲート艦「バイエルン」のインド太平洋方面展開の細部を見ると、ドイツの立ち位置は英仏と違うという事をうかがわせる点が散見された。
第一に、「なぜ、イギリスの『クイーン・エリザベス戦闘群』と行動をともにしなかったのか」という点である。「クイーン・エリザベス」が出港したのは5月であり、8月に出港したバイエルンと3か月異なることは事実である。しかしながら、ドイツ海軍の保有隻数を考えると、行動を共にする準備が整わなかったとは思えない。オランダ同様に戦闘群の一艦として行動するほうがNATOとしての一体感を示すこととができるとともに、軍事的観点から見れば、戦闘能力に大きな差がある。1隻のみで行動した場合、不測事態への対応や、周辺国に対するプレゼンスは限定的なものとなる。さらにはEU及びNATOと行動を共にするというガイダンスに示す方針とも異なる。
次に、中国に上海寄港を要請したという点である。ドイツ統計局は2019年度のドイツ総貿易額(輸出入の合計)の約12.1%が中国向けであり、5年連続1位であることを公表している。また、中国企業によるドイツ企業の買収や出資が積極的に行われており、ドイツ企業が製造拠点を中国にシフトする動きも多い。中独の経済的相互依存関係は極めて深い。ドイツ国内には、中国資本の増加は安全保障を脅かす危険性があると指摘する声もある。一部ドイツ企業への中国資本の進出が制限された事例もあるが、自由主義とのジレンマから難しい舵取りを迫られている。このような中、海軍艦艇のインド太平洋派遣を行ったドイツであるが、中国との完全な対立は好ましくないと考え、上海入港を中国側に打診したものであろう。
最後に、「バイエルン」が日本入港後に北朝鮮に対する国連制裁の実効性を確保する活動、いわゆる「瀬取り」を監視する活動に参加することである。中国と対立するNATOの枠組みでも、EUの枠組みでもない、国連の活動に参加することが派遣の目的であるとの名目を付けたと言える。日本入港まで、南シナ海を航行せず、太平洋を航行したのも、南シナ海を往復航行したイギリス「クイーン・エリザベス」空母戦闘群との違いを際立たせようとしたものであろう。
海軍艦艇の派遣に際し、以上のように中国への配慮を示したドイツであるが、中国の反応は、上海への入港拒否とすげないものであった。中国としては、艦艇を単独行動させても、NATO又はEUの一員としての行動にほかならないと認識していることは明らかである。いかなる名目を立てようと、艦艇のインド太平洋方面展開は中国への対抗と見なすという意思表示であろう。
岸防衛大臣と共同記者会見に臨んだゲッツェ駐日ドイツ大使は、「バイエルン」は帰国の途上で南シナ海を航行することを明らかにしている。そして、その目的を「インド太平洋地域における自由な航行とルールに基づく国際秩序維持に向けた具体的活動」とした。アメリカを中心とした諸国が追求している「自由で開かれたインド太平洋」と合致する目的であり、上海寄港拒否を受けてある意味、「旗幟を鮮明にした」という見方もできる。
2021年9月のドイツ議会議員選挙で、メルケル首相の率いる中道右派キリスト教民主・社会同盟は、中道左派ドイツ社会民主党に敗れた。メルケル首相は、16年間にも及ぶ首相としての任期中、サミットを含め5回訪日しているのに対し、中国へは12回訪れている。
中国との経済関係の強化はメルケル首相の元で進められたと言って過言ではない。誰が後継首相となるかは今後の連立協議次第であるが、最近ドイツで広がりつつある中国離れが新政権でどのように進められるかは未知数である。ドイツはインド太平洋地域において守るべき権益は存在しない。国内政治状況によっては、海軍艦艇の継続的なインド太平洋方面への展開は期待できないと見るべきであろう。ドイツの国益はインド太平洋ではなく、ドイツ国内にある。
岸防衛大臣は共同記者会見において、今年が日独交流160周年の節目の年であると述べている。その起源は1861年に当時の徳川幕府とプロイセン王国との間で結ばれた「修好通商条約」にさかのぼる。わずか1隻の海軍艦艇の日本訪問に、防衛大臣が直接出向くのは異例である。通常は防衛省で表敬訪問を受ける形となる。今回160周年であることを名目としているが、わざわざ防衛大臣が出向くことにより、今後揺らぎかねないドイツの立ち位置を、引き寄せる目的があったと考えるほうが自然であろう。
(追記:11月16日、防衛省は11月21日~30日の間実施する令和3年度海上自衛隊演習に米豪カナダに加えドイツ海軍艦艇が参加することを明らかにした。ドイツの振り子は、中国から、日米寄りに傾きつつあるが、その将来はいまだ不透明である。)
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:AP/アフロ
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実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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今年に入って欧州諸国の海軍艦艇のインド太平洋方面における行動が増えている。5月には、フランス海軍強襲揚陸艦「トネール」及びフリゲート艦「シュルクーフ」が東シナ海で行われた日米豪仏共同訓練(ARC21)に参加した。英海軍空母「クイーン・エリザベス」戦闘群は8月から9月にかけて、3次にわたる日英米蘭共同訓練(PACIFIC CROWN 21)に参加、9月4日には米海軍横須賀基地に入港している。「バイエルン」のインド太平洋方面への派遣は、これら一連の欧州諸国の艦艇派遣同様に対中国を目的とするものであり、対中包囲網形成に向けて歓迎すべきとの報道がある。しかしながら、ドイツのインド太平洋地域への関与を英仏と同じと判断するには危うい点が多い。
2020年9月、ドイツは「インド太平洋ガイドライン」を公表した。インド太平洋を世界経済発展の中心としつつも、中国の行動が当該地域の流動化を加速し、パワーバランスの変化が起こりつつある地域と位置付けている。貿易立国であるドイツはインド太平洋に積極的に関与すべきであり、法に基づく支配を最重視するという方針を挙げている。そして、その際には多国間主義で臨み、ASEANやその他インド太平洋の諸国との関係強化を図ることが示されている。そして、ドイツは、あくまでもEU又はNATOの一員として行動するとしている。そもそもドイツは、インド太平洋地域に域外領土等を保有しておらず、NATO域外への兵力展開には国内法上の縛りがある。本ガイドラインの公表は、ドイツ海軍のインド太平洋におけるプレゼンス拡大というよりも、経済的に中国と深い関係にあるドイツの中国離れを示唆するものとの見方が多かった。しかしながら、フリゲート艦「バイエルン」のインド太平洋方面展開の細部を見ると、ドイツの立ち位置は英仏と違うという事をうかがわせる点が散見された。
第一に、「なぜ、イギリスの『クイーン・エリザベス戦闘群』と行動をともにしなかったのか」という点である。「クイーン・エリザベス」が出港したのは5月であり、8月に出港したバイエルンと3か月異なることは事実である。しかしながら、ドイツ海軍の保有隻数を考えると、行動を共にする準備が整わなかったとは思えない。オランダ同様に戦闘群の一艦として行動するほうがNATOとしての一体感を示すこととができるとともに、軍事的観点から見れば、戦闘能力に大きな差がある。1隻のみで行動した場合、不測事態への対応や、周辺国に対するプレゼンスは限定的なものとなる。さらにはEU及びNATOと行動を共にするというガイダンスに示す方針とも異なる。
次に、中国に上海寄港を要請したという点である。ドイツ統計局は2019年度のドイツ総貿易額(輸出入の合計)の約12.1%が中国向けであり、5年連続1位であることを公表している。また、中国企業によるドイツ企業の買収や出資が積極的に行われており、ドイツ企業が製造拠点を中国にシフトする動きも多い。中独の経済的相互依存関係は極めて深い。ドイツ国内には、中国資本の増加は安全保障を脅かす危険性があると指摘する声もある。一部ドイツ企業への中国資本の進出が制限された事例もあるが、自由主義とのジレンマから難しい舵取りを迫られている。このような中、海軍艦艇のインド太平洋派遣を行ったドイツであるが、中国との完全な対立は好ましくないと考え、上海入港を中国側に打診したものであろう。
最後に、「バイエルン」が日本入港後に北朝鮮に対する国連制裁の実効性を確保する活動、いわゆる「瀬取り」を監視する活動に参加することである。中国と対立するNATOの枠組みでも、EUの枠組みでもない、国連の活動に参加することが派遣の目的であるとの名目を付けたと言える。日本入港まで、南シナ海を航行せず、太平洋を航行したのも、南シナ海を往復航行したイギリス「クイーン・エリザベス」空母戦闘群との違いを際立たせようとしたものであろう。
海軍艦艇の派遣に際し、以上のように中国への配慮を示したドイツであるが、中国の反応は、上海への入港拒否とすげないものであった。中国としては、艦艇を単独行動させても、NATO又はEUの一員としての行動にほかならないと認識していることは明らかである。いかなる名目を立てようと、艦艇のインド太平洋方面展開は中国への対抗と見なすという意思表示であろう。
岸防衛大臣と共同記者会見に臨んだゲッツェ駐日ドイツ大使は、「バイエルン」は帰国の途上で南シナ海を航行することを明らかにしている。そして、その目的を「インド太平洋地域における自由な航行とルールに基づく国際秩序維持に向けた具体的活動」とした。アメリカを中心とした諸国が追求している「自由で開かれたインド太平洋」と合致する目的であり、上海寄港拒否を受けてある意味、「旗幟を鮮明にした」という見方もできる。
2021年9月のドイツ議会議員選挙で、メルケル首相の率いる中道右派キリスト教民主・社会同盟は、中道左派ドイツ社会民主党に敗れた。メルケル首相は、16年間にも及ぶ首相としての任期中、サミットを含め5回訪日しているのに対し、中国へは12回訪れている。
中国との経済関係の強化はメルケル首相の元で進められたと言って過言ではない。誰が後継首相となるかは今後の連立協議次第であるが、最近ドイツで広がりつつある中国離れが新政権でどのように進められるかは未知数である。ドイツはインド太平洋地域において守るべき権益は存在しない。国内政治状況によっては、海軍艦艇の継続的なインド太平洋方面への展開は期待できないと見るべきであろう。ドイツの国益はインド太平洋ではなく、ドイツ国内にある。
岸防衛大臣は共同記者会見において、今年が日独交流160周年の節目の年であると述べている。その起源は1861年に当時の徳川幕府とプロイセン王国との間で結ばれた「修好通商条約」にさかのぼる。わずか1隻の海軍艦艇の日本訪問に、防衛大臣が直接出向くのは異例である。通常は防衛省で表敬訪問を受ける形となる。今回160周年であることを名目としているが、わざわざ防衛大臣が出向くことにより、今後揺らぎかねないドイツの立ち位置を、引き寄せる目的があったと考えるほうが自然であろう。
(追記:11月16日、防衛省は11月21日~30日の間実施する令和3年度海上自衛隊演習に米豪カナダに加えドイツ海軍艦艇が参加することを明らかにした。ドイツの振り子は、中国から、日米寄りに傾きつつあるが、その将来はいまだ不透明である。)
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
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