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複雑な世界(2)【中国問題グローバル研究所】
配信日時:2024/07/19 10:31
配信元:FISCO
*10:31JST 複雑な世界(2)【中国問題グローバル研究所】
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページ(※1)でも配信している「複雑な世界(1)【中国問題グローバル研究所】」の続きとなる。
複雑化する世界に必要な一貫したアプローチ
ほんの数年前と比べても、私たちの住む世界がより複雑かつ危険になったことは誰の目にも明らかだろう。ウクライナやガザ、ミャンマーでの戦闘は現地の人々に壊滅的な被害をもたらし続けている。これを、戦争は決して軽率に始めるべきものではなく、また力を示す行為でもなく、リーダーの失策に他ならないということを忘れないための重要な教訓としなければならない。
著名な歴史学者ニーアル・ファーガソン氏は、英国の大衆紙『デイリー・メイル』に最近寄稿した文章の中で、英国で労働党が前回政権を握ったときのことを回顧している。それは1990年代のことであるが、世界は今、20世紀末当時より1930年代に似ているとの見方をファーガソン氏は示した。1930年代との相似性を指摘したのは彼が初めてではなく、それが世界の地政学的緊張の高まりを反映していることは間違いない。
英国の選挙戦では国際問題にほとんど焦点が当てられず、また中国については実質的にまったく触れられなかったが、それをもって、労働党指導部はこれから政権を握ろうというのに世界情勢に対して無策だと断じることはフェアでないだろう。デービッド・ラミー外相は『フォーリン・アフェアーズ』の2024年5/6月号に文章を寄せ、外交政策に対する自らの進歩的主義的リアリズムのアプローチについて簡単に説明しているが、 その中で中国問題に関しても述べている。
英国は代わりに、より一貫性のある戦略、つまり中国に挑み、競争すると同時に、必要に応じて協力する戦略を取らなければならない。これは、中国政府が英国の利益に組織的な課題を突きつけ、中国共産党が安全保障上の真の脅威をもたらすという認識に基づくアプローチとなる。また同時に、英国経済にとっての中国の重要性を鑑み、中国政府と協力しなければ、いかなる国家集団も気候危機やパンデミック、人工知能がもたらす世界的な脅威に対処できないことを踏まえた対応だ。デリスキングとデカップリングには決定的な違いがある。中国と西側の関係が長く続き、進化することはすべての人の利益となるはすだ。
出だしとしては悪くないが、労働党が政権を握った今重要となるのは、首相に就任したキア・スターマー氏がこれをさらに発展させ、中国共産党が西側にもたらす脅威の高まりに対処するうえで必要なアプローチを確立することである。ここで言う西側とは、地理的地域としての西側ではなく、一連の制度・立憲的規範の「略称」であり、この規範は欧米諸国だけでなく、日本や韓国など多くのアジア諸国やアフリカ諸国でも採用されている。
中国共産党は、被害妄想の米国議員や認識不足の根っからの「冷戦戦士」が頭の中で生み出すような脅威をもたらすことはない。だがその脅威は、同党が自ら書き、発表したものからはっきりと見て取れる。習近平氏は10年以上にわたり、中華人民共和国が西側の開かれた社会に対抗する立場を取ることを望むと述べてきた。
欧州であれ米国であれ、保守派の多くにとってプーチンはある種のヒーローであり、「伝統的な価値観」と西洋文明の 擁護者とみなされてきた。保守派ポピュリストの政治家は、NATOの拡大からロシアを守るためウクライナ侵攻を余儀なくされたというプーチンの主張を、訳も分からず受け売りすることがあまりに多い。冷戦終結時の平和の配当をうまく生かせなかったことはむろん非常に残念であるが、2024年2月にウクライナに侵攻したのはロシアの戦車と部隊であることを忘れてはならない。台湾海峡で脅威を生んでいるのは、台湾による中国本土の侵攻でも威嚇でもなければ、周辺の国際水域で航行の自由を行使している米国やその同盟国でもない。また、フィリピンやベトナムは南シナ海に人工島を建設し軍事拠点化などしていない。
アジアの対応
デービッド・ラミーの言っていることは正しい。英国には、一貫性のある対中政策が必要である。EUも早急に中国がもたらすリスクに一致協力して対処する必要があるが、英国もEUも債務負担や低成長、経済格差、移民をめぐる数々の国内問題に気を取られることになりそうだ。中国の近隣諸国にとって、脅威と挑発はより差し迫った問題である。中国人民解放軍はベラルーシで演習を実施しているものの、欧州に侵攻してはいない。だが韓国にとっての北朝鮮の脅威と同様に、台湾に対する軍事行為は現実的なものであり、フィリピンとの折々の軍事衝突も間もなく起きそうな気配が漂う。
日本と韓国、台湾は、中国に対する西側のアプローチの明確化と導入に貢献している。遠く離れた西側同盟国より、中国で何が起きているかに関する情報が多く、理解も深い。今求められている一貫性のある政策とは、政府のすべての活動分野を網羅した包括的なものでなければならない。まず中国の近隣諸国は、自分たちには同盟国があり、その同盟国に助けを求めれば、オーストラリアであれ、EUや英国、そしてもちろん米国 であれ、中国に対する自国のアプローチ改善に助力が得られると知っておく必要がある。マンパワーと防衛システム、その両面での軍備への投資が不可欠となる。防衛力が弱いと、軍事的野心を勢いづかせるだけである。中国政府系ハッカーなどによる企業や大学の知的財産(IP)や主要技術の組織的窃盗を理解することが極めて重要となる。中国共産党は、強い中国の実現のためには、正当な手段であれ不正な手段であれ、主要な技術・科学的ノウハウを中国に持ち込むことが不可欠であると明言している。IPや技術の窃盗は米英の大学に限った問題ではない。韓国と日本もその被害に遭っている。とはいえ、調整が最も難しいと思われるのは対中経済政策である。世界第2位の経済大国であり、またほぼあらゆる国の最大の貿易相手国であることから、自国の経済を中国から完全に切り離すことは不可能である。だが、中国への依存を減らし、サプライチェーンを複数確保し、中国共産党による政治主導の経済的威圧にともなう真のリスクを把握し、必要に応じて国内企業・産業を支援することはできる。
こうした状況が、この30年ほど続くグローバル化を逆行させることになるのだろうか。答えはイエスである。だがそれを、中国とのよりレジリエントな経済関係に置き換え、中国の経済的影響力を弱め国家安全保障を強化するべきだ。国際貿易の拡大とグローバル化は明らかにメリットをもたらしたが、均衡を失い目先の経済的利益に目がくらむことが少なくない。均衡を取り戻すには過去からの脱却が必要となる。その取り組みでは、中国共産党の現状を踏まえた強固な対中政策が不可欠となる。
写真: 欧州旗・中国国旗
(※1)https://grici.or.jp/
<CS>
複雑化する世界に必要な一貫したアプローチ
ほんの数年前と比べても、私たちの住む世界がより複雑かつ危険になったことは誰の目にも明らかだろう。ウクライナやガザ、ミャンマーでの戦闘は現地の人々に壊滅的な被害をもたらし続けている。これを、戦争は決して軽率に始めるべきものではなく、また力を示す行為でもなく、リーダーの失策に他ならないということを忘れないための重要な教訓としなければならない。
著名な歴史学者ニーアル・ファーガソン氏は、英国の大衆紙『デイリー・メイル』に最近寄稿した文章の中で、英国で労働党が前回政権を握ったときのことを回顧している。それは1990年代のことであるが、世界は今、20世紀末当時より1930年代に似ているとの見方をファーガソン氏は示した。1930年代との相似性を指摘したのは彼が初めてではなく、それが世界の地政学的緊張の高まりを反映していることは間違いない。
英国の選挙戦では国際問題にほとんど焦点が当てられず、また中国については実質的にまったく触れられなかったが、それをもって、労働党指導部はこれから政権を握ろうというのに世界情勢に対して無策だと断じることはフェアでないだろう。デービッド・ラミー外相は『フォーリン・アフェアーズ』の2024年5/6月号に文章を寄せ、外交政策に対する自らの進歩的主義的リアリズムのアプローチについて簡単に説明しているが、 その中で中国問題に関しても述べている。
英国は代わりに、より一貫性のある戦略、つまり中国に挑み、競争すると同時に、必要に応じて協力する戦略を取らなければならない。これは、中国政府が英国の利益に組織的な課題を突きつけ、中国共産党が安全保障上の真の脅威をもたらすという認識に基づくアプローチとなる。また同時に、英国経済にとっての中国の重要性を鑑み、中国政府と協力しなければ、いかなる国家集団も気候危機やパンデミック、人工知能がもたらす世界的な脅威に対処できないことを踏まえた対応だ。デリスキングとデカップリングには決定的な違いがある。中国と西側の関係が長く続き、進化することはすべての人の利益となるはすだ。
出だしとしては悪くないが、労働党が政権を握った今重要となるのは、首相に就任したキア・スターマー氏がこれをさらに発展させ、中国共産党が西側にもたらす脅威の高まりに対処するうえで必要なアプローチを確立することである。ここで言う西側とは、地理的地域としての西側ではなく、一連の制度・立憲的規範の「略称」であり、この規範は欧米諸国だけでなく、日本や韓国など多くのアジア諸国やアフリカ諸国でも採用されている。
中国共産党は、被害妄想の米国議員や認識不足の根っからの「冷戦戦士」が頭の中で生み出すような脅威をもたらすことはない。だがその脅威は、同党が自ら書き、発表したものからはっきりと見て取れる。習近平氏は10年以上にわたり、中華人民共和国が西側の開かれた社会に対抗する立場を取ることを望むと述べてきた。
欧州であれ米国であれ、保守派の多くにとってプーチンはある種のヒーローであり、「伝統的な価値観」と西洋文明の 擁護者とみなされてきた。保守派ポピュリストの政治家は、NATOの拡大からロシアを守るためウクライナ侵攻を余儀なくされたというプーチンの主張を、訳も分からず受け売りすることがあまりに多い。冷戦終結時の平和の配当をうまく生かせなかったことはむろん非常に残念であるが、2024年2月にウクライナに侵攻したのはロシアの戦車と部隊であることを忘れてはならない。台湾海峡で脅威を生んでいるのは、台湾による中国本土の侵攻でも威嚇でもなければ、周辺の国際水域で航行の自由を行使している米国やその同盟国でもない。また、フィリピンやベトナムは南シナ海に人工島を建設し軍事拠点化などしていない。
アジアの対応
デービッド・ラミーの言っていることは正しい。英国には、一貫性のある対中政策が必要である。EUも早急に中国がもたらすリスクに一致協力して対処する必要があるが、英国もEUも債務負担や低成長、経済格差、移民をめぐる数々の国内問題に気を取られることになりそうだ。中国の近隣諸国にとって、脅威と挑発はより差し迫った問題である。中国人民解放軍はベラルーシで演習を実施しているものの、欧州に侵攻してはいない。だが韓国にとっての北朝鮮の脅威と同様に、台湾に対する軍事行為は現実的なものであり、フィリピンとの折々の軍事衝突も間もなく起きそうな気配が漂う。
日本と韓国、台湾は、中国に対する西側のアプローチの明確化と導入に貢献している。遠く離れた西側同盟国より、中国で何が起きているかに関する情報が多く、理解も深い。今求められている一貫性のある政策とは、政府のすべての活動分野を網羅した包括的なものでなければならない。まず中国の近隣諸国は、自分たちには同盟国があり、その同盟国に助けを求めれば、オーストラリアであれ、EUや英国、そしてもちろん米国 であれ、中国に対する自国のアプローチ改善に助力が得られると知っておく必要がある。マンパワーと防衛システム、その両面での軍備への投資が不可欠となる。防衛力が弱いと、軍事的野心を勢いづかせるだけである。中国政府系ハッカーなどによる企業や大学の知的財産(IP)や主要技術の組織的窃盗を理解することが極めて重要となる。中国共産党は、強い中国の実現のためには、正当な手段であれ不正な手段であれ、主要な技術・科学的ノウハウを中国に持ち込むことが不可欠であると明言している。IPや技術の窃盗は米英の大学に限った問題ではない。韓国と日本もその被害に遭っている。とはいえ、調整が最も難しいと思われるのは対中経済政策である。世界第2位の経済大国であり、またほぼあらゆる国の最大の貿易相手国であることから、自国の経済を中国から完全に切り離すことは不可能である。だが、中国への依存を減らし、サプライチェーンを複数確保し、中国共産党による政治主導の経済的威圧にともなう真のリスクを把握し、必要に応じて国内企業・産業を支援することはできる。
こうした状況が、この30年ほど続くグローバル化を逆行させることになるのだろうか。答えはイエスである。だがそれを、中国とのよりレジリエントな経済関係に置き換え、中国の経済的影響力を弱め国家安全保障を強化するべきだ。国際貿易の拡大とグローバル化は明らかにメリットをもたらしたが、均衡を失い目先の経済的利益に目がくらむことが少なくない。均衡を取り戻すには過去からの脱却が必要となる。その取り組みでは、中国共産党の現状を踏まえた強固な対中政策が不可欠となる。
写真: 欧州旗・中国国旗
(※1)https://grici.or.jp/
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