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南シナ海紛争:フィリピンの対中外交・世論の変化(1)【中国問題グローバル研究所】
配信日時:2024/07/16 16:02
配信元:FISCO
*16:02JST 南シナ海紛争:フィリピンの対中外交・世論の変化(1)【中国問題グローバル研究所】
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している(※1)陳建甫博士の考察を2回に渡ってお届けする。
フィリピンと日本は7月8日、防衛・安全保障に関する重要な協定に署名をした。この協定により、お互いの領土に軍隊を配備できるようになる。中国が強引な姿勢を強めていることを受けて、米国と長年にわたり同盟関係にある両国は防衛関係を深めてきた。この「円滑化協定(RAA)」の署名には、フィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領も立ち会った。
昨年11月から交渉が行われてきた同協定は、訓練などの目的でお互いの領土に自衛隊やフィリピン軍を派遣できるようにする法的枠組みだ。今回の協定交渉は、中国が南シナ海のほぼ全域の領有権を有するとの主張を強め、フィリピン船舶との対立がエスカレートしたタイミングで進められた。この対立で最も深刻な事案の1つが、南シナ海セカンド・トーマス礁(中国名:仁愛礁、タガログ語名:アユンギン礁)近海で6月17日に起きた、中国海警局の船舶とフィリピンの補給船の衝突である。中国海警局の隊員がナイフややりを振りかざし、フィリピン側の兵士が負傷したほか、船舶2隻が損傷を受けた。
南シナ海における退役艦の座礁事案
中国政府は、南シナ海の紛争海域の岩礁にフィリピンが退役軍艦を座礁させ、両国間の緊張を高めていると非難している。このフィリピン海軍の退役軍艦は、領有権を有するというフィリピンの主張を補強する目的で、意図的に紛争海域に放置されていると中国の国営メディアは報じている。
中国外交部はこの行為を「無責任かつ危険な挑発」だと強く糾弾し、このような意図的な座礁は国際法に違反し、南シナ海の平和と安定を乱すと主張している。中国政府は、この船舶を直ちに撤去するとともにあらゆる挑発的な行動を止め、緊迫化を回避するようフィリピンに強く求めた。
中国メディアは退役艦が座礁した場所の戦略的意義にスポットを当て、フィリピンの行動が、南シナ海における軍事プレゼンスを強化し、国際的な支持を得るためのものではないかと推測している。この事案は広く注目を集め、議論を巻き起こした。観測筋の間では、この地域で緊張が高まり、外交・軍事衝突につながるおそれがあると懸念する声が多い。
一方、フィリピン側はこうした非難を否定している。フィリピン政府は、軍艦の座礁は意図的なものではなく事故であると述べた。フィリピン外務省は、南シナ海紛争の平和的な解決へのコミットメントを改めて述べ、状況の緊迫化を回避するため、自制心を働かせるよう全当事者に求めた。
この座礁事案は、南シナ海問題の複雑さとデリケートさを物語る。関係者のあらゆる行動と反応が緊張を高め、新たな対立を招きかねない。国際社会は概ね、対話と交渉で紛争を解決し、地域の平和と安定を維持するよう強く促している。
南シナ海紛争でフィリピンが果たす役割
特に注目されるのは、南シナ海問題についてフィリピンが国際機関で何を唱え、どのような姿勢を示すかである。フィリピンは国際連合とその関連機関において、南シナ海問題などでどのような立場を打ち出し、どのような解決策を提案するのか。こうした対応は外交ツールの役割を果たすだけでなく、国際法とその執行へのフィリピンの姿勢を表すことにもなる。
フィリピンは南シナ海問題をめぐる外交政策で地域の安全保障枠組みに積極的に参加しており、一方的な意思決定ではなく多国間協力を重視している。フィリピンは、領有権を主張する他国との二国間対話や地域協力を通じて平和と安定を促進し、地域の安全保障で自国が果たす重要な役割を際立たせている。
例えば「円滑化協定」について、デ・ラサール大学(フィリピン)講師でアナリストのドン・マクレーン・ギル氏は、極めて重要だと考えている。志を同じくするパートナーとの相互運用性を向上させ、米国を中心とするネットワーク内でのフィリピン政府の立場を強化することで、安全保障パートナーシップを確かなものにできると強調している。
また、比中の二国間のやり取りに加え、南シナ海の領有権を主張する他の諸国とのやり取りも極めて重要となる。フィリピンは二国間対話や地域協力メカニズムを通じた紛争解決の道筋をどのように模索するのか。こうしたやり取りから、フィリピンがどのようにバランスを取り、領有権を主張しながら、地域の平和と安定を促進するのかが浮かび上がってくる。
国際法を適用し地域の安全保障を維持するには、フィリピン政府は舞台を国際機関にまで広げ、南シナ海に関わる提案と解決策を主張する必要がある。フィリピンが多国間協力を生かしてどのように国際的な舞台で影響力を拡大し、自国の主権と領土を断固として主張するのかが注目される。
シンガポールのシャングリラ会合における大統領の基調講演
マルコス大統領は2024年6月4日、シンガポールで開催されたシャングリラ会合において、国の領土主権と地域の平和の重要性を強調した。基調講演の中で、同大統領は南シナ海の領土紛争は、フィリピンにとってのみならず、地域全体の安全保障と安定にも極めて重要であると指摘した。また、平和的な紛争解決へのフィリピンのコミットメントを改めて表明するとともに、国際協力を通じて南シナ海の航行の自由と国際法の尊厳が守られることへの期待を示した。
マルコス大統領は、領土紛争への対処にあたり、国連海洋法条約(UNCLOS)などの国際規範を厳守するようすべての国に呼びかけ、いかなる国の一方的な行動も、地域の不安定化を招きかねないと主張した。こうした発言を通じ、同大統領は南シナ海問題に関するフィリピンの立場と期待を明確に示して、平和的な紛争解決と国際協力の重要性を強調した。
この会合で中国の代表は、フィリピンの外交姿勢に疑問を呈し、フィリピンが退役軍艦を岩礁に座礁させた最近の事案に言及するなど、南シナ海におけるフィリピンの挑発的な行為を非難した。中国の代表がこのような行為は国際法に違反するだけでなく地域の緊張も高めると指摘したのに対して、フィリピンの代表はこうした批判を否定した上で、平和的な紛争解決を目指すフィリピンの姿勢を改めて表明した。
南シナ海紛争におけるフィリピンの行動
フィリピン政府は南シナ海紛争で積極的な外交戦略を取り、平和的な紛争解決に力を入れてきた。フィリピンの外相は、UNCLOSなど国際法の枠組みへのコミットメントを力説し、多国間の対話と協力を通じた紛争解決を提唱した。また同政府は、自国の領土主権を守ると同時に、地域の緊張を高めうる行動を回避し、自制心を働かせ共通の解決策を模索するよう全当事者に求めるというフィリピンの姿勢を強く打ち出した。
ところが、南シナ海紛争で緊張が高まる中、フィリピンは2024年6月12日に、より攻撃的な防衛策を講じる意向を発表し、「近接防衛」戦略を提案した。この戦略には、南シナ海の紛争水域における巡視と監視の強化や、必要に応じた防衛行動の実施などが盛り込まれている。こうした措置についてフィリピン政府は、国の主権と国内漁業者の正当な権利を守るためのものであると述べた。さらに2024年6月14日には、中国の攻撃的な行動がフィリピンの経済と環境に深刻なダメージを与えたと非難し、中国に対して損害賠償を正式に要求した。
セカンド・トーマス礁で6月17日に起きた、補給任務中のフィリピン国軍を中国海警局が妨害するという深刻な事案を受けて、フィリピン軍は7月4日に、装備品などの損害・損失の賠償金として6,000万フィリピンペソ(約100万米ドル)を支払うよう中国に要求したと発表した。
この金額には、漁業者が被った損失や、ダメージを受けた海洋生態系の回復に対する補償も含まれる。こうした措置や要求は、法的・外交的手段を通じて公正な解決を模索しながら、自国の領有権を守るというフィリピンの決意を国際社会に示すことにほかならない。
「南シナ海紛争:フィリピンの対中外交・世論の変化(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
写真: Philippines Japan Defense Pact
(※1)https://grici.or.jp/
<CS>
フィリピンと日本は7月8日、防衛・安全保障に関する重要な協定に署名をした。この協定により、お互いの領土に軍隊を配備できるようになる。中国が強引な姿勢を強めていることを受けて、米国と長年にわたり同盟関係にある両国は防衛関係を深めてきた。この「円滑化協定(RAA)」の署名には、フィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領も立ち会った。
昨年11月から交渉が行われてきた同協定は、訓練などの目的でお互いの領土に自衛隊やフィリピン軍を派遣できるようにする法的枠組みだ。今回の協定交渉は、中国が南シナ海のほぼ全域の領有権を有するとの主張を強め、フィリピン船舶との対立がエスカレートしたタイミングで進められた。この対立で最も深刻な事案の1つが、南シナ海セカンド・トーマス礁(中国名:仁愛礁、タガログ語名:アユンギン礁)近海で6月17日に起きた、中国海警局の船舶とフィリピンの補給船の衝突である。中国海警局の隊員がナイフややりを振りかざし、フィリピン側の兵士が負傷したほか、船舶2隻が損傷を受けた。
南シナ海における退役艦の座礁事案
中国政府は、南シナ海の紛争海域の岩礁にフィリピンが退役軍艦を座礁させ、両国間の緊張を高めていると非難している。このフィリピン海軍の退役軍艦は、領有権を有するというフィリピンの主張を補強する目的で、意図的に紛争海域に放置されていると中国の国営メディアは報じている。
中国外交部はこの行為を「無責任かつ危険な挑発」だと強く糾弾し、このような意図的な座礁は国際法に違反し、南シナ海の平和と安定を乱すと主張している。中国政府は、この船舶を直ちに撤去するとともにあらゆる挑発的な行動を止め、緊迫化を回避するようフィリピンに強く求めた。
中国メディアは退役艦が座礁した場所の戦略的意義にスポットを当て、フィリピンの行動が、南シナ海における軍事プレゼンスを強化し、国際的な支持を得るためのものではないかと推測している。この事案は広く注目を集め、議論を巻き起こした。観測筋の間では、この地域で緊張が高まり、外交・軍事衝突につながるおそれがあると懸念する声が多い。
一方、フィリピン側はこうした非難を否定している。フィリピン政府は、軍艦の座礁は意図的なものではなく事故であると述べた。フィリピン外務省は、南シナ海紛争の平和的な解決へのコミットメントを改めて述べ、状況の緊迫化を回避するため、自制心を働かせるよう全当事者に求めた。
この座礁事案は、南シナ海問題の複雑さとデリケートさを物語る。関係者のあらゆる行動と反応が緊張を高め、新たな対立を招きかねない。国際社会は概ね、対話と交渉で紛争を解決し、地域の平和と安定を維持するよう強く促している。
南シナ海紛争でフィリピンが果たす役割
特に注目されるのは、南シナ海問題についてフィリピンが国際機関で何を唱え、どのような姿勢を示すかである。フィリピンは国際連合とその関連機関において、南シナ海問題などでどのような立場を打ち出し、どのような解決策を提案するのか。こうした対応は外交ツールの役割を果たすだけでなく、国際法とその執行へのフィリピンの姿勢を表すことにもなる。
フィリピンは南シナ海問題をめぐる外交政策で地域の安全保障枠組みに積極的に参加しており、一方的な意思決定ではなく多国間協力を重視している。フィリピンは、領有権を主張する他国との二国間対話や地域協力を通じて平和と安定を促進し、地域の安全保障で自国が果たす重要な役割を際立たせている。
例えば「円滑化協定」について、デ・ラサール大学(フィリピン)講師でアナリストのドン・マクレーン・ギル氏は、極めて重要だと考えている。志を同じくするパートナーとの相互運用性を向上させ、米国を中心とするネットワーク内でのフィリピン政府の立場を強化することで、安全保障パートナーシップを確かなものにできると強調している。
また、比中の二国間のやり取りに加え、南シナ海の領有権を主張する他の諸国とのやり取りも極めて重要となる。フィリピンは二国間対話や地域協力メカニズムを通じた紛争解決の道筋をどのように模索するのか。こうしたやり取りから、フィリピンがどのようにバランスを取り、領有権を主張しながら、地域の平和と安定を促進するのかが浮かび上がってくる。
国際法を適用し地域の安全保障を維持するには、フィリピン政府は舞台を国際機関にまで広げ、南シナ海に関わる提案と解決策を主張する必要がある。フィリピンが多国間協力を生かしてどのように国際的な舞台で影響力を拡大し、自国の主権と領土を断固として主張するのかが注目される。
シンガポールのシャングリラ会合における大統領の基調講演
マルコス大統領は2024年6月4日、シンガポールで開催されたシャングリラ会合において、国の領土主権と地域の平和の重要性を強調した。基調講演の中で、同大統領は南シナ海の領土紛争は、フィリピンにとってのみならず、地域全体の安全保障と安定にも極めて重要であると指摘した。また、平和的な紛争解決へのフィリピンのコミットメントを改めて表明するとともに、国際協力を通じて南シナ海の航行の自由と国際法の尊厳が守られることへの期待を示した。
マルコス大統領は、領土紛争への対処にあたり、国連海洋法条約(UNCLOS)などの国際規範を厳守するようすべての国に呼びかけ、いかなる国の一方的な行動も、地域の不安定化を招きかねないと主張した。こうした発言を通じ、同大統領は南シナ海問題に関するフィリピンの立場と期待を明確に示して、平和的な紛争解決と国際協力の重要性を強調した。
この会合で中国の代表は、フィリピンの外交姿勢に疑問を呈し、フィリピンが退役軍艦を岩礁に座礁させた最近の事案に言及するなど、南シナ海におけるフィリピンの挑発的な行為を非難した。中国の代表がこのような行為は国際法に違反するだけでなく地域の緊張も高めると指摘したのに対して、フィリピンの代表はこうした批判を否定した上で、平和的な紛争解決を目指すフィリピンの姿勢を改めて表明した。
南シナ海紛争におけるフィリピンの行動
フィリピン政府は南シナ海紛争で積極的な外交戦略を取り、平和的な紛争解決に力を入れてきた。フィリピンの外相は、UNCLOSなど国際法の枠組みへのコミットメントを力説し、多国間の対話と協力を通じた紛争解決を提唱した。また同政府は、自国の領土主権を守ると同時に、地域の緊張を高めうる行動を回避し、自制心を働かせ共通の解決策を模索するよう全当事者に求めるというフィリピンの姿勢を強く打ち出した。
ところが、南シナ海紛争で緊張が高まる中、フィリピンは2024年6月12日に、より攻撃的な防衛策を講じる意向を発表し、「近接防衛」戦略を提案した。この戦略には、南シナ海の紛争水域における巡視と監視の強化や、必要に応じた防衛行動の実施などが盛り込まれている。こうした措置についてフィリピン政府は、国の主権と国内漁業者の正当な権利を守るためのものであると述べた。さらに2024年6月14日には、中国の攻撃的な行動がフィリピンの経済と環境に深刻なダメージを与えたと非難し、中国に対して損害賠償を正式に要求した。
セカンド・トーマス礁で6月17日に起きた、補給任務中のフィリピン国軍を中国海警局が妨害するという深刻な事案を受けて、フィリピン軍は7月4日に、装備品などの損害・損失の賠償金として6,000万フィリピンペソ(約100万米ドル)を支払うよう中国に要求したと発表した。
この金額には、漁業者が被った損失や、ダメージを受けた海洋生態系の回復に対する補償も含まれる。こうした措置や要求は、法的・外交的手段を通じて公正な解決を模索しながら、自国の領有権を守るというフィリピンの決意を国際社会に示すことにほかならない。
「南シナ海紛争:フィリピンの対中外交・世論の変化(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
写真: Philippines Japan Defense Pact
(※1)https://grici.or.jp/
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