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台湾地方選の与党惨敗は習政権の好機、有事抑止の「日本版台湾関係法」を(元統合幕僚長の岩崎氏)(1)
配信日時:2022/12/13 13:43
配信元:FISCO
異例の3期目を迎えた習近平総書記(国家主席)は、台湾統一への意欲を隠さない。ロシアのウクライナ侵攻に対する西側諸国の経済制裁は中国への牽制になったが、一時的なものだ。台湾地方選の与党惨敗は、親中派の野党と習主席を利する。台湾有事は日本の有事であり、台湾の安全保障に関する「日本版台湾関係法」の創設は急務だ。
2022年10月22日、中国の第20回共産党大会が終わった。今回は、習近平国家主席が総書記として3期目入りすることを決める大会であった。中国政治の専門家でない私の感覚は当てにならないかもしれないが、例年とは少し違う雰囲気を感じた。本来、共産党大会は、新しいリーダーの始動を告げる儀式であり、輝かしい中国の未来に向かって厳粛な雰囲気のなか、華やかさや勢いを感じさせるものだと思っていた。しかし、報道される映像からは覇気が感じられない。
また、映像をご覧になった方も多いと思うが、党大会最終日にハプニングがあった。胡錦涛前主席が途中退場したのである。体調不良か、退場させられたのかは不明、前代未聞である。そのような状況下、習政権の3期目がスタートした。新指導部体制は、台湾や中国専門家の大方の予想を裏切り、たいへん分かりやすい人事となっている。中国共産党の中で最も重要な職である政治局常務委員(習主席を含み7名)のうち、5名は習主席の子飼いであった。全ての候補者を詳細に知っているわけではないので、これが現状でベストな人選なのかもしれないが、露骨な「好き嫌い」人事であると感じた。
●3期目入りで「皇帝」に近づく習主席
以前も言及したが、私は、習主席の夢は、少なくとも毛沢東主席を越えることであり、願わくは「皇帝」になることだと考えている。最近の習主席の行動や政策を見るに、その道を着実に進めているようである。例えば2021年、小中高のカリキュラムの中に「習近平思想」を盛り込んだことは、夢実現への分かりやすい道筋に見える。そして今回の共産党大会では、党規約の改正案を可決した。この改正案の最大の変更は、「二つの確立」である。その内容は、習主席が「中国共産党の核心」であること、そして中国の「社会主義思想の指導的地位」であることだ。党規約に個人名を盛り込んだのである。
中国では、共産党が国家を指導する立場である。すなわち、党規約は中国憲法の上位に立つ「約束事」である。習主席は、このような手段=「権力」を行使し、「権威」を醸し出そうとしている。しかし、一般的に「権力」を手に入れることは比較的容易だが、「権威」は住民・国民からの信頼・尊敬がないと生まれにくい。古今東西、「権威」のない指導者が「権力」を行使し、無理やり「権威」を得ようとした例は枚挙に暇がないが、成功した例はあまり聞かない。
●台湾への強権姿勢は揺るがず
もう一つ、習主席が自らの夢を実現するために必要なことは、言わずもがな「台湾統一」である。彼は事あるごとに、米国や台湾、中国国民に対しても「台湾は中国の核心的利益」「核心中の核心」と発言している。そして、米国などには「台湾問題は中国国内の問題であり、他国がとやかく言う問題ではない」と断言し、「(台湾が独立に向かった場合)武力行使を放棄しない」との趣旨の発言を繰り返している。中国の「反国家分裂法」(2005年制定)に「(台湾が独立に向かおうとしたら)『非平和的手段』を採る」と記述されている。中国は、少なくとも同法制定時には、こうした事態を想定していたのではないか。
ただし、ロシアによるウクライナ侵攻以降は、中国要人の強権的な発言はかなり抑制されている感がある。ウクライナ侵攻以前、習主席は、20回党大会後の5年間で台湾の何らかの利権を「武力を使ってでも」奪取しようとしていたフシがある。それが彼の4期目への布石になるからだ。狙いは、台湾本島の前に、比較的作戦が容易な金門島や媽祖諸島であったかもしれない。
だが、ウクライナ侵攻後、国際社会は即座に団結し、ロシアへの経済制裁を開始した。このことが習主席の野望への警鐘となったのではないか。もし中国が、台湾に対して武力を行使した場合、国際社会が対中制裁を行う可能性があるからである。最近の国際社会では、一般的にどの国であろうが、どんなに素晴らしい大統領や首相であろうが、経済が低迷すれば、当該政府・政権は、国民から見捨てられる傾向にある。ロシアのプーチン大統領の支持率は絶対的には高いものの、ウクライナでの戦況悪化とそれに伴う経済低迷で低下傾向にある。
絶大な権力を有していそうな習主席でも、経済が悪化すれば、政治生命が危うくなるリスクがある。すでに各地でゼロコロナ政策に対する民衆のデモが発生している。習政権の3期目は決して安泰ではない。しかし、習主席は「夢」を捨てるわけにはいかない。4期目に移行するためには、「台湾」に関する何らかの権益を手にする以外にない。このような状況で、習主席はどんな手段をとるだろうか——。ヒントは、ロシアの政策にあるように思える。
ロシアは2014年、国際社会の多数派からウクライナ領とみられているクリミア自治区(半島)を「砲弾を一発たりとも使用せず」違法に占拠した。いわゆる「ハイブリッド作戦」である。クリミア自治区が住民選挙により、ロシアに帰属することを選択したのだ。もともとロシアやウクライナはソ連であり、一つの国であった。ウクライナ国民は、クリミアがどちらの国に所属しようが、さほど違和感を持っていなかった。そして、クリミアの住民の多くはロシア語のみを使用しており、また高齢者(=年金受給者)が多い。ロシアの年金がウクライナのそれよりも高いことから、ロシアに編入されることは現実的な選択である。
●台湾地方選の与党惨敗は習主席の好機
台湾では2022年11月26日、統一地方選(九つの選挙が行われることから「九合一」と呼ばれる)があった。結果は、与党・民進党の惨敗である。国民党が民進党に大きく勝利し、選挙の翌日、蔡英文総統は民進党党首を辞任せざるを得なくなった。国民党の党是は、「中国共産党との和平協議を通じた台湾の発展」だ。民進党に比べ、「親大陸(中国)」「親北京」だと言われている。一方、民進党は92コンセンサス(「一つの中国」政策)に否定的で、「台独(台湾独立)」を目標に掲げている。
蔡総統の政策を見れば、一気に独立とは考えておらず、当面「現状維持」を志向しているように思える。台湾では二大政党制が確立されており、政権は取ったり取られたりの繰り返しである。今回の選挙は地方選挙であり、直接国政に影響はしないものの、国民の選択は、現政権に厳しい審判を下した。蔡総統、民進党は2024年の総統選挙で勝利すべく、民意に耳を傾けながら作戦の練り直しが必要となった。一方、台湾統一をもくろむ習主席にとって好機と映ったかもしれない。選挙で選ばれた政権の政策(「親北京」)に、他国は口出しできない。クリミア半島同様に「砲弾を一発も使わず」台湾の利権を手に入れることができるのであれば、4期目への大きな手柄である。
岩崎茂
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングス顧問(現職)。
「台湾地方選の与党惨敗は習政権の好機、有事抑止の「日本版台湾関係法」を(元統合幕僚長の岩崎氏)(2)」に続く
写真:AP/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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2022年10月22日、中国の第20回共産党大会が終わった。今回は、習近平国家主席が総書記として3期目入りすることを決める大会であった。中国政治の専門家でない私の感覚は当てにならないかもしれないが、例年とは少し違う雰囲気を感じた。本来、共産党大会は、新しいリーダーの始動を告げる儀式であり、輝かしい中国の未来に向かって厳粛な雰囲気のなか、華やかさや勢いを感じさせるものだと思っていた。しかし、報道される映像からは覇気が感じられない。
また、映像をご覧になった方も多いと思うが、党大会最終日にハプニングがあった。胡錦涛前主席が途中退場したのである。体調不良か、退場させられたのかは不明、前代未聞である。そのような状況下、習政権の3期目がスタートした。新指導部体制は、台湾や中国専門家の大方の予想を裏切り、たいへん分かりやすい人事となっている。中国共産党の中で最も重要な職である政治局常務委員(習主席を含み7名)のうち、5名は習主席の子飼いであった。全ての候補者を詳細に知っているわけではないので、これが現状でベストな人選なのかもしれないが、露骨な「好き嫌い」人事であると感じた。
●3期目入りで「皇帝」に近づく習主席
以前も言及したが、私は、習主席の夢は、少なくとも毛沢東主席を越えることであり、願わくは「皇帝」になることだと考えている。最近の習主席の行動や政策を見るに、その道を着実に進めているようである。例えば2021年、小中高のカリキュラムの中に「習近平思想」を盛り込んだことは、夢実現への分かりやすい道筋に見える。そして今回の共産党大会では、党規約の改正案を可決した。この改正案の最大の変更は、「二つの確立」である。その内容は、習主席が「中国共産党の核心」であること、そして中国の「社会主義思想の指導的地位」であることだ。党規約に個人名を盛り込んだのである。
中国では、共産党が国家を指導する立場である。すなわち、党規約は中国憲法の上位に立つ「約束事」である。習主席は、このような手段=「権力」を行使し、「権威」を醸し出そうとしている。しかし、一般的に「権力」を手に入れることは比較的容易だが、「権威」は住民・国民からの信頼・尊敬がないと生まれにくい。古今東西、「権威」のない指導者が「権力」を行使し、無理やり「権威」を得ようとした例は枚挙に暇がないが、成功した例はあまり聞かない。
●台湾への強権姿勢は揺るがず
もう一つ、習主席が自らの夢を実現するために必要なことは、言わずもがな「台湾統一」である。彼は事あるごとに、米国や台湾、中国国民に対しても「台湾は中国の核心的利益」「核心中の核心」と発言している。そして、米国などには「台湾問題は中国国内の問題であり、他国がとやかく言う問題ではない」と断言し、「(台湾が独立に向かった場合)武力行使を放棄しない」との趣旨の発言を繰り返している。中国の「反国家分裂法」(2005年制定)に「(台湾が独立に向かおうとしたら)『非平和的手段』を採る」と記述されている。中国は、少なくとも同法制定時には、こうした事態を想定していたのではないか。
ただし、ロシアによるウクライナ侵攻以降は、中国要人の強権的な発言はかなり抑制されている感がある。ウクライナ侵攻以前、習主席は、20回党大会後の5年間で台湾の何らかの利権を「武力を使ってでも」奪取しようとしていたフシがある。それが彼の4期目への布石になるからだ。狙いは、台湾本島の前に、比較的作戦が容易な金門島や媽祖諸島であったかもしれない。
だが、ウクライナ侵攻後、国際社会は即座に団結し、ロシアへの経済制裁を開始した。このことが習主席の野望への警鐘となったのではないか。もし中国が、台湾に対して武力を行使した場合、国際社会が対中制裁を行う可能性があるからである。最近の国際社会では、一般的にどの国であろうが、どんなに素晴らしい大統領や首相であろうが、経済が低迷すれば、当該政府・政権は、国民から見捨てられる傾向にある。ロシアのプーチン大統領の支持率は絶対的には高いものの、ウクライナでの戦況悪化とそれに伴う経済低迷で低下傾向にある。
絶大な権力を有していそうな習主席でも、経済が悪化すれば、政治生命が危うくなるリスクがある。すでに各地でゼロコロナ政策に対する民衆のデモが発生している。習政権の3期目は決して安泰ではない。しかし、習主席は「夢」を捨てるわけにはいかない。4期目に移行するためには、「台湾」に関する何らかの権益を手にする以外にない。このような状況で、習主席はどんな手段をとるだろうか——。ヒントは、ロシアの政策にあるように思える。
ロシアは2014年、国際社会の多数派からウクライナ領とみられているクリミア自治区(半島)を「砲弾を一発たりとも使用せず」違法に占拠した。いわゆる「ハイブリッド作戦」である。クリミア自治区が住民選挙により、ロシアに帰属することを選択したのだ。もともとロシアやウクライナはソ連であり、一つの国であった。ウクライナ国民は、クリミアがどちらの国に所属しようが、さほど違和感を持っていなかった。そして、クリミアの住民の多くはロシア語のみを使用しており、また高齢者(=年金受給者)が多い。ロシアの年金がウクライナのそれよりも高いことから、ロシアに編入されることは現実的な選択である。
●台湾地方選の与党惨敗は習主席の好機
台湾では2022年11月26日、統一地方選(九つの選挙が行われることから「九合一」と呼ばれる)があった。結果は、与党・民進党の惨敗である。国民党が民進党に大きく勝利し、選挙の翌日、蔡英文総統は民進党党首を辞任せざるを得なくなった。国民党の党是は、「中国共産党との和平協議を通じた台湾の発展」だ。民進党に比べ、「親大陸(中国)」「親北京」だと言われている。一方、民進党は92コンセンサス(「一つの中国」政策)に否定的で、「台独(台湾独立)」を目標に掲げている。
蔡総統の政策を見れば、一気に独立とは考えておらず、当面「現状維持」を志向しているように思える。台湾では二大政党制が確立されており、政権は取ったり取られたりの繰り返しである。今回の選挙は地方選挙であり、直接国政に影響はしないものの、国民の選択は、現政権に厳しい審判を下した。蔡総統、民進党は2024年の総統選挙で勝利すべく、民意に耳を傾けながら作戦の練り直しが必要となった。一方、台湾統一をもくろむ習主席にとって好機と映ったかもしれない。選挙で選ばれた政権の政策(「親北京」)に、他国は口出しできない。クリミア半島同様に「砲弾を一発も使わず」台湾の利権を手に入れることができるのであれば、4期目への大きな手柄である。
岩崎茂
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングス顧問(現職)。
「台湾地方選の与党惨敗は習政権の好機、有事抑止の「日本版台湾関係法」を(元統合幕僚長の岩崎氏)(2)」に続く
写真:AP/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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