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露武器の信頼は地に落ちた!ロシア巡洋艦「モスクワ」沈没は何を意味するのか【実業之日本フォーラム】
配信日時:2022/04/21 11:01
配信元:FISCO
● ロシア巡洋艦「モスクワ」沈没
4月18日、黒煙を上げて左に傾くロシア巡洋艦「モスクワ」の映像を、各種報道が配信した。
海戦の勝敗が、その国の将来を左右することがある。トラファルガー海戦はナポレオンの野望を打ち砕き、日本海海戦は日本を一等国に押し上げた。今回は巡洋艦1隻の沈没に過ぎないが、これはプーチンの「終わりの始まり」となる可能性を予感させる。
ロシア国防省は4月14日、黒海で行動中の巡洋艦「モスクワ」で火災が発生し弾薬が爆発、それによって船体が重大な損傷を受けたが、乗員は全員退避したと伝えた。そのあとの目的地までの曳航中に、悪天候の影響で沈没したと付け加えている。これに対しウクライナ、オデッサ州のマルチェンコ知事は4月13日夜、自身のSNSで、巡洋艦への攻撃はウクライナ軍の対艦ミサイル「ネプチューン」によるものであると伝えている。
今回報道された映像を見る限り、「モスクワ」の左舷中央部に火災と破孔が確認できる。さらに、弾薬の爆発にしては損傷規模が小さいことから、現時点(4月20日)では対艦ミサイルによる沈没という見方が有力だ。
● 巡洋艦「モスクワ」とは
スラバ級巡洋艦「モスクワ」は40年前の1982年に「スラバ」の艦名で就役したが、旧ソ連崩壊時にはオーバーホール(メンテナンス)中であったため、その後の混乱を含め長期間非稼働状態であった。2000年に「モスクワ」と改名し、黒海艦隊の旗艦として活動を再開した。
射程120kmの長射程防空ミサイルSA.N-6を保有し艦隊の防空中枢の役割も期待される同艦は、アメリカの空母機動部隊に対する過飽和攻撃(対処能力を超える攻撃)の一翼を担うため、射程約700kmの長距離巡航ミサイルSS-N-12(バルカーン)8発を両舷に装備(計16発)している。その重厚なフォルムは、かつて米海軍と対峙したソ連海軍の威容を彷彿させる。
● ロシア軍艦に命中したミサイル「ネプチューン」
今回命中したとされるウクライナの対艦ミサイル「ネプチューン」は、2021年に開発が終了し、2022年から配備が開始された最新兵器だ。
その開発母体はAS-20亜音速対艦ミサイル(SS-N-25スイッチブレード)で、海上自衛隊が保有する米国製ハープーンと同等の性能とされている。ハープーンは、概略位置に向けて発射すると、15m程度の低高度(シースキミング)で飛行し指定の距離に達した後、自らレーダーで目標を捜索し突入する対艦ミサイルだ。飛行中に、発射した艦艇の位置を欺瞞するために迂回航路を選定することや、目標突入前にいったん上昇する(ポップアップ)軌道を選択できる。
装備位置にもよるが、艦艇のレーダーが探知できる水平線上にミサイルが姿を現すのは30km程度で、亜音速(マッハ0.85程度)とはいえ艦艇の対処可能時間はたったの2分程度。ロシアがインドと共同開発した「ブラモス」は、速力がマッハ2~3とされている。
さらに超音速ミサイルともなると、海面に与える衝撃波の影響を考慮して亜音速よりも高度を上げざるを得ないため、艦艇が探知できる距離は伸びるが対処時間はより短くなる。このことからも、対艦ミサイルへの対処がいかに困難かわかるだろう。
● 2種類ある「対艦ミサイルの対処方法」
そもそも対艦ミサイル対処には、ミサイルや砲で対処する「ハードキル」と、電子的に対処する「ソフトキル」の2種類があり、それぞれの有効距離に応じて重層的に組み合わせて使い分ける。
これまでにも中露演習のような共同訓練の実施項目に含まれることはあった。また、実戦での対艦ミサイルの迎撃としては、1982年のフォークランド紛争で、英海軍シェフィールドがアルゼンチン戦闘機によって発射されたフランス製対艦ミサイルのエグゾセ一発で撃沈したり、1978年に米海軍ペリー級フリゲートのスタークが、イラク戦闘機から発射されたエグゾセ一発を被弾し、大破したりしたことがある。しかし、その成功例は数少ない。
どれだけ優秀な装備を保有できても、限られた対処時間で効果的に装備を活用することには限界があるのだ。
● ロシア軍「オデッサ方面における海からの攻撃が不可能に」
「モスクワ」沈没は黒海方面におけるロシアの防空能力に大きな影響を与えるだろうが、それ以上に、他のロシア軍艦艇がウクライナの都市オデッサ周辺に近付けなくなることに注目したい。
というのも、今回の沈没によってオデッサに侵攻するロシア軍は海上からの支援が得られなくなり、東の陸路からしか攻撃ができなくなるため、ウクライナ側はその分守備に集中できるようになるからだ。
アメリカ戦争研究所は4月19日時点でのウクライナ南部の戦況について、ロシア軍がウクライナ軍の反抗を受けていると評価しており、これは「モスクワ」沈没の影響と見ることができる。また、ロシアの首都の名前を冠したこの船の沈没がロシア、ウクライナ両国軍隊の士気に与える影響も無視できない。
● 日本に与える影響は…
日本周辺の安全保障環境に与える影響も大きい。まず、今回の出来事から、亜音速であっても地上発射型対艦ミサイルが有効であることが再確認された。
中国が西太平洋に艦艇および航空機を展開させるには、沖縄列島、台湾およびフィリピンで囲まれた第一列島線を通過しなければならないが、そこに長射程対艦ミサイルを並べれば、西太平洋への展開のみならず、第一列島線内における中国艦艇の行動を制約することができる。
また、陸上自衛隊が保有する射程約200kmの12式地対艦誘導弾は、車載式ミサイルで移動が簡易であるため柔軟な運用ができ、相手からの攻撃に対しての抗耐性も高い。その数を揃えるとともに射程延伸を図ることで、抑止力向上が期待できるのだ。
一方で、台湾有事の際に、同ミサイルの脅威排除を目的に、沖縄を含む先島諸島が中国の攻撃目標となる可能性が高まったことも指摘できる。
● ロシア製武器は「信頼を失った」…
さらに、この沈没によってロシア製武器への信頼は低下するだろう。
亜音速ミサイルであるネプチューンの迎撃ができなかったロシアの対艦ミサイル防御システムが、超音速が一般化しつつある各国の対艦ミサイルに対抗できるとは思えないからだ。
アジア太平洋地域には、インドを筆頭としてロシア製武器を輸入している国が多く、インドはそのことを理由にウクライナ戦争に関してのロシア非難を控えている。そんな中での「モスクワ」沈没を契機にして、インドをはじめとする各国がロシア製武器への依存度を次第に低下させる可能性がある。
● ロシア変革に「海軍艦艇」あり
ロシアが大きな変革を迎える時に、海軍艦艇の名前が出ることがある。
1905年に起きた、戦艦「ポチョムキン」での帝政ロシアの専制政治に不満を持つ乗員の社会主義者を中心した反乱は、その後鎮圧されたものの、帝政ロシアの終焉を予感させるものであった。
さらに、帝政ロシアを最終的に滅亡に追い込んだのも海軍艦艇「オーロラ」で起きた反乱だ。1917年に二月革命が勃発すると、同艦で革命を支持する人々による反乱が発生した。その後外洋への航海を命ぜられたものの、これを無視し、ペトログラード(現サンクトペトロブルグ)の王宮を砲撃したことが革命の発端となったそうだ。
「モスクワ」の沈没は、将来ロシアの大きな変革を象徴する事件として人々の記憶に残るものとなるかもしれない。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:REX/アフロ
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・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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4月18日、黒煙を上げて左に傾くロシア巡洋艦「モスクワ」の映像を、各種報道が配信した。
海戦の勝敗が、その国の将来を左右することがある。トラファルガー海戦はナポレオンの野望を打ち砕き、日本海海戦は日本を一等国に押し上げた。今回は巡洋艦1隻の沈没に過ぎないが、これはプーチンの「終わりの始まり」となる可能性を予感させる。
ロシア国防省は4月14日、黒海で行動中の巡洋艦「モスクワ」で火災が発生し弾薬が爆発、それによって船体が重大な損傷を受けたが、乗員は全員退避したと伝えた。そのあとの目的地までの曳航中に、悪天候の影響で沈没したと付け加えている。これに対しウクライナ、オデッサ州のマルチェンコ知事は4月13日夜、自身のSNSで、巡洋艦への攻撃はウクライナ軍の対艦ミサイル「ネプチューン」によるものであると伝えている。
今回報道された映像を見る限り、「モスクワ」の左舷中央部に火災と破孔が確認できる。さらに、弾薬の爆発にしては損傷規模が小さいことから、現時点(4月20日)では対艦ミサイルによる沈没という見方が有力だ。
● 巡洋艦「モスクワ」とは
スラバ級巡洋艦「モスクワ」は40年前の1982年に「スラバ」の艦名で就役したが、旧ソ連崩壊時にはオーバーホール(メンテナンス)中であったため、その後の混乱を含め長期間非稼働状態であった。2000年に「モスクワ」と改名し、黒海艦隊の旗艦として活動を再開した。
射程120kmの長射程防空ミサイルSA.N-6を保有し艦隊の防空中枢の役割も期待される同艦は、アメリカの空母機動部隊に対する過飽和攻撃(対処能力を超える攻撃)の一翼を担うため、射程約700kmの長距離巡航ミサイルSS-N-12(バルカーン)8発を両舷に装備(計16発)している。その重厚なフォルムは、かつて米海軍と対峙したソ連海軍の威容を彷彿させる。
● ロシア軍艦に命中したミサイル「ネプチューン」
今回命中したとされるウクライナの対艦ミサイル「ネプチューン」は、2021年に開発が終了し、2022年から配備が開始された最新兵器だ。
その開発母体はAS-20亜音速対艦ミサイル(SS-N-25スイッチブレード)で、海上自衛隊が保有する米国製ハープーンと同等の性能とされている。ハープーンは、概略位置に向けて発射すると、15m程度の低高度(シースキミング)で飛行し指定の距離に達した後、自らレーダーで目標を捜索し突入する対艦ミサイルだ。飛行中に、発射した艦艇の位置を欺瞞するために迂回航路を選定することや、目標突入前にいったん上昇する(ポップアップ)軌道を選択できる。
装備位置にもよるが、艦艇のレーダーが探知できる水平線上にミサイルが姿を現すのは30km程度で、亜音速(マッハ0.85程度)とはいえ艦艇の対処可能時間はたったの2分程度。ロシアがインドと共同開発した「ブラモス」は、速力がマッハ2~3とされている。
さらに超音速ミサイルともなると、海面に与える衝撃波の影響を考慮して亜音速よりも高度を上げざるを得ないため、艦艇が探知できる距離は伸びるが対処時間はより短くなる。このことからも、対艦ミサイルへの対処がいかに困難かわかるだろう。
● 2種類ある「対艦ミサイルの対処方法」
そもそも対艦ミサイル対処には、ミサイルや砲で対処する「ハードキル」と、電子的に対処する「ソフトキル」の2種類があり、それぞれの有効距離に応じて重層的に組み合わせて使い分ける。
これまでにも中露演習のような共同訓練の実施項目に含まれることはあった。また、実戦での対艦ミサイルの迎撃としては、1982年のフォークランド紛争で、英海軍シェフィールドがアルゼンチン戦闘機によって発射されたフランス製対艦ミサイルのエグゾセ一発で撃沈したり、1978年に米海軍ペリー級フリゲートのスタークが、イラク戦闘機から発射されたエグゾセ一発を被弾し、大破したりしたことがある。しかし、その成功例は数少ない。
どれだけ優秀な装備を保有できても、限られた対処時間で効果的に装備を活用することには限界があるのだ。
● ロシア軍「オデッサ方面における海からの攻撃が不可能に」
「モスクワ」沈没は黒海方面におけるロシアの防空能力に大きな影響を与えるだろうが、それ以上に、他のロシア軍艦艇がウクライナの都市オデッサ周辺に近付けなくなることに注目したい。
というのも、今回の沈没によってオデッサに侵攻するロシア軍は海上からの支援が得られなくなり、東の陸路からしか攻撃ができなくなるため、ウクライナ側はその分守備に集中できるようになるからだ。
アメリカ戦争研究所は4月19日時点でのウクライナ南部の戦況について、ロシア軍がウクライナ軍の反抗を受けていると評価しており、これは「モスクワ」沈没の影響と見ることができる。また、ロシアの首都の名前を冠したこの船の沈没がロシア、ウクライナ両国軍隊の士気に与える影響も無視できない。
● 日本に与える影響は…
日本周辺の安全保障環境に与える影響も大きい。まず、今回の出来事から、亜音速であっても地上発射型対艦ミサイルが有効であることが再確認された。
中国が西太平洋に艦艇および航空機を展開させるには、沖縄列島、台湾およびフィリピンで囲まれた第一列島線を通過しなければならないが、そこに長射程対艦ミサイルを並べれば、西太平洋への展開のみならず、第一列島線内における中国艦艇の行動を制約することができる。
また、陸上自衛隊が保有する射程約200kmの12式地対艦誘導弾は、車載式ミサイルで移動が簡易であるため柔軟な運用ができ、相手からの攻撃に対しての抗耐性も高い。その数を揃えるとともに射程延伸を図ることで、抑止力向上が期待できるのだ。
一方で、台湾有事の際に、同ミサイルの脅威排除を目的に、沖縄を含む先島諸島が中国の攻撃目標となる可能性が高まったことも指摘できる。
● ロシア製武器は「信頼を失った」…
さらに、この沈没によってロシア製武器への信頼は低下するだろう。
亜音速ミサイルであるネプチューンの迎撃ができなかったロシアの対艦ミサイル防御システムが、超音速が一般化しつつある各国の対艦ミサイルに対抗できるとは思えないからだ。
アジア太平洋地域には、インドを筆頭としてロシア製武器を輸入している国が多く、インドはそのことを理由にウクライナ戦争に関してのロシア非難を控えている。そんな中での「モスクワ」沈没を契機にして、インドをはじめとする各国がロシア製武器への依存度を次第に低下させる可能性がある。
● ロシア変革に「海軍艦艇」あり
ロシアが大きな変革を迎える時に、海軍艦艇の名前が出ることがある。
1905年に起きた、戦艦「ポチョムキン」での帝政ロシアの専制政治に不満を持つ乗員の社会主義者を中心した反乱は、その後鎮圧されたものの、帝政ロシアの終焉を予感させるものであった。
さらに、帝政ロシアを最終的に滅亡に追い込んだのも海軍艦艇「オーロラ」で起きた反乱だ。1917年に二月革命が勃発すると、同艦で革命を支持する人々による反乱が発生した。その後外洋への航海を命ぜられたものの、これを無視し、ペトログラード(現サンクトペトロブルグ)の王宮を砲撃したことが革命の発端となったそうだ。
「モスクワ」の沈没は、将来ロシアの大きな変革を象徴する事件として人々の記憶に残るものとなるかもしれない。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
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2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
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3)「ほめる」メディア
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