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AUKUS枠組みとNPT(核兵器不拡散条約)の整合性は図れるか【実業之日本フォーラム】

配信日時:2021/11/08 10:39 配信元:FISCO
AFP通信は、2021年10月29日、「米国のバイデン大統領とフランスのマクロン大統領は、G20サミット(主要20カ国首脳会議)が開催されたローマで、米英豪安全保障協力枠組み『AUKUS』創設後の両国の関係修復について会談した」と発表した。この会談は、オーストラリアがフランスに発注していた潜水艦共同開発計画を破棄し、米英豪仏関係が険悪化して以降初めての対面会談であった。バイデン大統領はフランス側との事前の調整不足を謝罪した。マクロン大統領はこのような事態の再発防止を要望し、両氏は報道陣を前に笑顔で握手を交わし友好ムードを演出した。両首脳は、会談後の共同声明で、「フランスは、『自由で開かれたインド太平洋』への貢献者であり、安全保障の提供者だ」と明記している。

米仏間の軋轢は、2021年9月15日、米国、英国及びオーストラリアの三カ国が、新たに締結した安全保障枠組み「AUKUS」を通じて、オーストラリアに原子力潜水艦導入のための技術協力をすることを発表したことが発端である。日本の加藤官房長官は、9月16日の記者会見で「この米英豪の安全保障枠組みの新設は、インド太平洋地域の平和と安全にとって重要だ」と歓迎の意を表していた。ところが、インドネシアなどASEAN諸国の一部は、豪州の原潜導入は地域の軍拡競争に発展する危険性があると警鐘を鳴らし、CNNによると「ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は、オーストラリア原潜の領海進入を容認しない」と拒否反応を示している。オーストラリアのスコット・モリソン首相は、「AUKUS」発表時に「原潜に使う濃縮ウランや原子炉技術は絶対に核兵器に転用せず、NPT(核拡散防止条約)を遵守する」と理解を求めている。バイデン大統領も「オーストラリアが保有するのは原子炉を動力とした通常兵器搭載の潜水艦だ」と発言し、NPT体制に抵触しないとの判断を示している。

核兵器を持たない国の原子力潜水艦獲得の動きは、今でも数カ国で確認できる。米国は、1980年代「核燃料の移転は核兵器製造に繋がる」という理由でカナダの原潜保有を認めていない。韓国は、1990年代から原潜保有計画を着々と進めており、2017年8月、文在寅大統領は就任後のトランプ大統領との電話会談で、原潜導入計画について理解を求めている。

その後、2020年9月、韓国大統領府国家安全保障室金第2次長がワシントンを訪れ、原潜用核燃料の供給を要請したが、米国はこれを拒否している。また、ロイターなどによると2012年6月、「イラン海軍が原潜建造計画を表明」、2020年6月、「イラン海軍のハーンザーディー司令官は、イランで原潜建造計画が進行中である」と報道している。さらに、英国のエコノミスト紙は、「ブラジルはリオデジャネイロ近郊のイタガイ海軍団地付近で、第1号原子力潜水艦『アルバロ・アルベルト』を設計・建造しており、2029年の完成を目指している」と報じた。

NPT第3条には「原子力の平和的利用から核兵器その他の核爆発装置に転用されることを防止するため、非核兵器国(米英露仏中以外)は国際原子力機関(IAEA)の保障措置(締約国は、原料物質又は特殊核分裂性物質が主要な原子力施設において生産され、処理され若しくは使用されている又は主要な原子力施設外にあるかを問わず遵守されなければならない)を受諾する」と規定されている。しかし、NPTは、原潜などの動力として核物質を使用することを禁止していないと解釈することもできる。AUKUSの締結が公表された翌日の9月16日、IAEAのグロッシー事務局長は、「3カ国が早期の段階でこの状況をIAEAに報告していた」とし、「IAEAはその法的任務に従って、3カ国がIAEAと締結した保障措置協定に従ってこの問題に取り組む」との声明を出している。IAEAは少なくとも現時点では、AUKUSがIAEAの保証措置に違反するとは見ておらず、NPTにも違反していない。

米国は、これまで同盟国に対しては核の傘を提供する一方で、核兵器開発が疑われる国には制裁を課して核不拡散をうたっており、今回のオーストラリアへの原潜技術供与は例外だとしている。AUKUSで合意したとされているのは、オーストラリアに対する原子力技術の提供であり、原子力燃料については触れられていない。核不拡散を名目に韓国からの原子力燃料の提供要請を拒否していることから、オーストラリアはウラン濃縮施設を自国内に建設する可能性が高い。

しかしながら、イランや中国の「これは二重基準であり、米国の偽善だ」との非難を完全に否定することは難しいであろう。

原潜は極めて戦略的価値が高い兵器である。オーストラリアが中国の脅威に対抗するために、その保有を目指す考えは理解できる。一方、NPTは核兵器の拡散を防ぐため、核燃料の核爆弾への転用を防止するとともに、核燃料の取扱いに関し、保障措置の遵守を求めることで一定の制約を課すものである。従って、現在の枠組みでは、核兵器の拡散に関する歯止めとはなっても、核燃料の拡散を完全に防ぐことはできない。むしろIAEAは、原子力発電が気候変動対策に向けた温室効果ガスの削減に有効な手段の一つであるとして、原子力発電に係る技術協力に積極的に取り組んでいる。

AUKUSが中国やロシアの主張する核拡散や軍拡といった批判を回避するためには、IAEAと合意する保障措置を厳格に順守し、核燃料に係る透明性を確保する必要がある。日本は、唯一の被爆国として核廃絶に対する強い民意がある。しかしながら、核兵器と核エネルギーを同一視するのは必ずしも世界の主流とは言えないであろう。9月の自民党総裁選挙時、高市、河野両候補(当時)は「日本も原潜の保有を検討する必要がある」と訴えている。日本は、中国、ロシアそして正規には認められてはいないものの、実質上の核保有国である北朝鮮という国々に囲まれている。さらには、前述のとおり、原潜保有に意欲を燃やす韓国という隣国も存在する。潜水艦は戦略兵器であり、特に原子力潜水艦の安全保障に対する影響力は極めて大きい。日本は「被爆国」の呪縛を離れ、原子力潜水艦保有の是非について真剣に議論する時期に来ている。その観点から、AUKUSの今後について、推移を注意深く見ていく必要がある。


サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。

写真:AP/アフロ


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