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軍拡競争を繰り広げる朝鮮半島【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/10/28 11:03
配信元:FISCO
2021年10月21日、韓国は初の国産ロケット「ヌリ」号を打ち上げた。打ち上げを視察した文在寅大統領は「目標を完璧に達することはできなかったが、最初の打ち上げで非常に立派な成果を収めた」、と高く評価した。ロケット開発は、ICBM開発と共通点が多く、ロケット打ち上げ成功は、ICBM保有能力の獲得と同等に語られる。北朝鮮の度重なる弾道ミサイルや巡航ミサイルの発射に加え、韓国も弾道ミサイル開発を積極的に進めており、朝鮮半島は、まさに軍拡競争の渦中にある。
文在寅大統領は、「国防改革2.0」を推進中であり、2022年までに61.8万人の兵力を50万人に削減する計画である。韓国統計庁による韓国の特殊出生率は2020年0.84であり、3年連続1を下回り、OECD加盟国の中で最も低い。少子高齢化が進む日本でも2020年の出生率は1.34であり、韓国の少子化は日本より深刻と言える。韓国の総人口は約5,130万人と、日本の半分以下であり、日本の自衛隊約24.7万人の倍以上の常備兵力を維持することは、徴兵制度下とは言え継続困難であろう。「国防改革2.0」に示される軍事構造分野の改革は、兵力削減に伴う抑止力の低下をいかに補うかが焦点となっている。
その中で、前政権から継続されている、北朝鮮の核及びミサイルを無力化する「3軸体系戦力」の構築は踏襲されている。2021年5月の米韓首脳会談で、文大統領が、韓国のミサイル開発を制限していた米韓ミサイル指針からの離脱を宣言したことは、韓国の対北抑止力強化への強い意志を感じさせるものであった。9月15日に実施した韓国初の潜水艦搭載弾道ミサイル(SLBM)の発射試験は、3軸体系の一つである「大量反撃報復」の具現化を目指すものである。韓国は、この他に射程80kmとされる弾道ミサイル玄II及びIVの発射試験を行っている。韓国の一連の弾道ミサイル等の発射試験に加え、国産ロケットの打ち上げは、北朝鮮にとっては脅威の増大としか見えないであろう。
2021年10月に、米軍情報局(DIA : Defense Intelligence Agency)は北朝鮮軍事力に関する報告書を公開している。報告書によると、北朝鮮はGDPの20~30%を軍に投資しており、その額は70~110億ドル(8,000億~1兆2,000億円)と推定されている。約150万人とされる兵力にしては少ない予算であり、頻繁に行われれるミサイルの発射実験から、その多くが核及びミサイル開発に使用されていると推定できる。
DIAは、北朝鮮の国家戦略を「政権の生き残り」と「朝鮮半島の統一」と見積もっている。金正日政権時は「先軍政治」を掲げ、軍の非対称戦能力の向上として、特殊部隊、生物化学兵器、長距離砲撃能力及び核能力が重視された。金正恩は軍に過度に依存する体制から、経済と軍事の「両輪戦略」に転換し、核、ミサイルに加え、空軍力を中心に通常戦力の強化を図っていると分析している。そして、北朝鮮はもはや1950年代のように朝鮮半島を席巻するような地上戦力を保有していないが、核からゲリラ戦に至るまで、広い範囲で非対称戦力を向上させ、抑止力を強化し、いかなる紛争にも対応できる体制をとっていると結論付けている。
2021年10月11に開催された「国防発展展覧会2021」における金正恩の記念演説にはDIAの分析に関連し注目点すべき点が確認できる。それは、韓国が弾道ミサイルを含む先端技術の開発、導入を北朝鮮に対する抑止力強化の名目で行っていることを強く非難、北朝鮮の自衛的権利まで損なおうとした場合、これを容認せず、強力な行動を持って立ち上がるとしている点である。自国の核、ミサイル開発はあくまでも韓国、米国の圧力に対抗するものであり、これを放棄する意思が無いことを明確に示すものである。
9月21日、文在寅大統領は国連総会の一般討論演説で、関係国が朝鮮戦争の終戦宣言を行うことを提案した。文大統領は「平壌共同宣言合意書」に署名しており、南北融和は政権のレガシーとしてさらに進めたい事業である。一方で、9月15日に実施した韓国のSLBM発射に際しては、「韓国のミサイル戦力を増強してこそ、北朝鮮の挑発に対する確実な抑止力になる」と発言し、金正恩の妹である金与正から「愚か極まりない」と非難されている。
南北融和を目指し対話を求める発言と北朝鮮抑止のためミサイル戦力の増強を進めるという発言を、日を置かずに行ったという事は、文大統領がこれらに何の矛盾も感じていないことを意味する。微妙な舵取りが必要な北朝鮮問題を考えると、韓国がどの方向を目指そうとしているのか国際的理解を求めるのは難しい。文政権は、中・長期的戦略に基づいて、外交・安全保障政策を推進しているのか疑わしいと言わざるを得ない。
一方、この文在寅大統領の姿勢は、思わぬ効果を果たす可能性がある。それは、朝鮮半島の軍拡競争が、北朝鮮経済を疲弊させ、政権崩壊の道を歩む可能性である。旧ソ連崩壊の一因に、アメリカとの軍拡競争に旧ソ連経済が耐えられなかったことが挙げられている。
10月11日の演説で、金正恩は「周囲の脅威に応じて北朝鮮の軍事力を絶えず強化することは朝鮮革命の時代の要請である」と述べている。それを実践するかのように、韓国のSLBM発射試験の同日に北朝鮮は列車に搭載した短距離弾道ミサイルの発射を行い、1か月後にSLBM試験を行っている。今回の韓国のロケット発射に対し、北朝鮮がロケット発射を試みる可能性もある。国防発展展覧会において、「米韓に対し強力な抑止力を持つ」と言っている以上、韓国が新たな装備の試験や導入を進めるたびに、それと同等またはそれ以上の能力を持つ装備の開発をしていることを国民に見せる必要に迫られる。韓国の半分以下の軍事費の北朝鮮が、新装備の開発を進めることは、必然的に軍の他の予算を圧迫するであろうし、ひいては経済制裁を受けて疲弊した国内経済に大きなインパクトを与えるであろう。このことは金正恩が進める「両輪戦略」の破綻を意味する。
韓国の国防力整備に関しては、いかなる脅威を想定し、いかなる軍事戦略の下で運用することを考えているのか分からないものが多い。海軍の装備で言えば、空母やSLBMそして原子力潜水艦がその代表例である。それらの多くは、戦略上よりも、国家としての威信を示す所要のほうが大きい。しかしながら、北朝鮮を軍拡競争に誘い込み、自壊を促す効果があるという側面があることも否定できない。
1991年冬、世界の超大国の一国であったソ連が崩壊した。当時ソ連の崩壊を正確に予測した人間はほとんど存在しなかった。北朝鮮の崩壊は、核及びミサイルに対するコントロール、大量に発生すると見られる難民対策等日本の安全保障に大きな影響を与える。北朝鮮問題は核・ミサイルだけではないことを認識し、各種対応策について、少なくとも頭の体操はしておく必要がある。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:AP/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
<FA>
文在寅大統領は、「国防改革2.0」を推進中であり、2022年までに61.8万人の兵力を50万人に削減する計画である。韓国統計庁による韓国の特殊出生率は2020年0.84であり、3年連続1を下回り、OECD加盟国の中で最も低い。少子高齢化が進む日本でも2020年の出生率は1.34であり、韓国の少子化は日本より深刻と言える。韓国の総人口は約5,130万人と、日本の半分以下であり、日本の自衛隊約24.7万人の倍以上の常備兵力を維持することは、徴兵制度下とは言え継続困難であろう。「国防改革2.0」に示される軍事構造分野の改革は、兵力削減に伴う抑止力の低下をいかに補うかが焦点となっている。
その中で、前政権から継続されている、北朝鮮の核及びミサイルを無力化する「3軸体系戦力」の構築は踏襲されている。2021年5月の米韓首脳会談で、文大統領が、韓国のミサイル開発を制限していた米韓ミサイル指針からの離脱を宣言したことは、韓国の対北抑止力強化への強い意志を感じさせるものであった。9月15日に実施した韓国初の潜水艦搭載弾道ミサイル(SLBM)の発射試験は、3軸体系の一つである「大量反撃報復」の具現化を目指すものである。韓国は、この他に射程80kmとされる弾道ミサイル玄II及びIVの発射試験を行っている。韓国の一連の弾道ミサイル等の発射試験に加え、国産ロケットの打ち上げは、北朝鮮にとっては脅威の増大としか見えないであろう。
2021年10月に、米軍情報局(DIA : Defense Intelligence Agency)は北朝鮮軍事力に関する報告書を公開している。報告書によると、北朝鮮はGDPの20~30%を軍に投資しており、その額は70~110億ドル(8,000億~1兆2,000億円)と推定されている。約150万人とされる兵力にしては少ない予算であり、頻繁に行われれるミサイルの発射実験から、その多くが核及びミサイル開発に使用されていると推定できる。
DIAは、北朝鮮の国家戦略を「政権の生き残り」と「朝鮮半島の統一」と見積もっている。金正日政権時は「先軍政治」を掲げ、軍の非対称戦能力の向上として、特殊部隊、生物化学兵器、長距離砲撃能力及び核能力が重視された。金正恩は軍に過度に依存する体制から、経済と軍事の「両輪戦略」に転換し、核、ミサイルに加え、空軍力を中心に通常戦力の強化を図っていると分析している。そして、北朝鮮はもはや1950年代のように朝鮮半島を席巻するような地上戦力を保有していないが、核からゲリラ戦に至るまで、広い範囲で非対称戦力を向上させ、抑止力を強化し、いかなる紛争にも対応できる体制をとっていると結論付けている。
2021年10月11に開催された「国防発展展覧会2021」における金正恩の記念演説にはDIAの分析に関連し注目点すべき点が確認できる。それは、韓国が弾道ミサイルを含む先端技術の開発、導入を北朝鮮に対する抑止力強化の名目で行っていることを強く非難、北朝鮮の自衛的権利まで損なおうとした場合、これを容認せず、強力な行動を持って立ち上がるとしている点である。自国の核、ミサイル開発はあくまでも韓国、米国の圧力に対抗するものであり、これを放棄する意思が無いことを明確に示すものである。
9月21日、文在寅大統領は国連総会の一般討論演説で、関係国が朝鮮戦争の終戦宣言を行うことを提案した。文大統領は「平壌共同宣言合意書」に署名しており、南北融和は政権のレガシーとしてさらに進めたい事業である。一方で、9月15日に実施した韓国のSLBM発射に際しては、「韓国のミサイル戦力を増強してこそ、北朝鮮の挑発に対する確実な抑止力になる」と発言し、金正恩の妹である金与正から「愚か極まりない」と非難されている。
南北融和を目指し対話を求める発言と北朝鮮抑止のためミサイル戦力の増強を進めるという発言を、日を置かずに行ったという事は、文大統領がこれらに何の矛盾も感じていないことを意味する。微妙な舵取りが必要な北朝鮮問題を考えると、韓国がどの方向を目指そうとしているのか国際的理解を求めるのは難しい。文政権は、中・長期的戦略に基づいて、外交・安全保障政策を推進しているのか疑わしいと言わざるを得ない。
一方、この文在寅大統領の姿勢は、思わぬ効果を果たす可能性がある。それは、朝鮮半島の軍拡競争が、北朝鮮経済を疲弊させ、政権崩壊の道を歩む可能性である。旧ソ連崩壊の一因に、アメリカとの軍拡競争に旧ソ連経済が耐えられなかったことが挙げられている。
10月11日の演説で、金正恩は「周囲の脅威に応じて北朝鮮の軍事力を絶えず強化することは朝鮮革命の時代の要請である」と述べている。それを実践するかのように、韓国のSLBM発射試験の同日に北朝鮮は列車に搭載した短距離弾道ミサイルの発射を行い、1か月後にSLBM試験を行っている。今回の韓国のロケット発射に対し、北朝鮮がロケット発射を試みる可能性もある。国防発展展覧会において、「米韓に対し強力な抑止力を持つ」と言っている以上、韓国が新たな装備の試験や導入を進めるたびに、それと同等またはそれ以上の能力を持つ装備の開発をしていることを国民に見せる必要に迫られる。韓国の半分以下の軍事費の北朝鮮が、新装備の開発を進めることは、必然的に軍の他の予算を圧迫するであろうし、ひいては経済制裁を受けて疲弊した国内経済に大きなインパクトを与えるであろう。このことは金正恩が進める「両輪戦略」の破綻を意味する。
韓国の国防力整備に関しては、いかなる脅威を想定し、いかなる軍事戦略の下で運用することを考えているのか分からないものが多い。海軍の装備で言えば、空母やSLBMそして原子力潜水艦がその代表例である。それらの多くは、戦略上よりも、国家としての威信を示す所要のほうが大きい。しかしながら、北朝鮮を軍拡競争に誘い込み、自壊を促す効果があるという側面があることも否定できない。
1991年冬、世界の超大国の一国であったソ連が崩壊した。当時ソ連の崩壊を正確に予測した人間はほとんど存在しなかった。北朝鮮の崩壊は、核及びミサイルに対するコントロール、大量に発生すると見られる難民対策等日本の安全保障に大きな影響を与える。北朝鮮問題は核・ミサイルだけではないことを認識し、各種対応策について、少なくとも頭の体操はしておく必要がある。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
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