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GRICI 日本の自民党次期総裁候補を中国はどう見ているか?(1)【中国問題グローバル研究所】 【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。中国研究の第一人者である筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している遠藤 誉所長の考察を2回に渡ってお届けする。菅総理の次期自民党総裁候補断念の意思が発表されると、中国は一斉に反応し、特に中国共産党系の環球時報は矢継ぎ早に論評を出している。日中関係が関心の対象だが、中でも高市早苗氏に関する論評は度肝を抜く。◆環球時報の菅総理辞任に対する反応自民党の次期総裁立候補者に対する個別の論評を見る前に、まずは菅総理辞任に対する全体的な反応を見てみよう。菅総理は「自民党総裁候補に立候補しない」と表明しただけだが、それはすなわち次期総理大臣候補には立候補しないという意思表示をしたに等しいと中国は位置付けており、ならば次の総理大臣には誰がふさわしいのか、また誰になった場合は、日中関係がどうなるかなどに関心の対象が絞られている。そこでまずは、個別の候補者に対してではなく、菅総理辞任そのものに対する反応を見てみよう。9月3日、中国共産党機関紙「人民日報」の傘下にある環球時報電子版「環球網」は、<日本の誰が菅義偉に取って代わったとしても、中国は全て対応できる>(※2)(=誰がなろうと中国は平気さ)という見出しの社評を掲載した。それによれば、菅総理が総裁選を断念した理由として以下のように分析している。・自民党のトップ人事の調整に挫折したため撤退しかない。・最大の原因はコロナ対策の失敗。日本社会では、オリンピックの成功よりもコロナが猛威を振るう中、日本経済が低迷することに対する失望の方が大きい。・自民党の新総裁・新首相には、岸田文雄元外務大臣、高市早苗前総務大臣、河野太郎行政改革担当大臣、石破茂元幹事長が有力視されているが、誰がなろうとも、日本は新たな政治的混乱の時代に突入する。・日中関係が「軌道に乗った」と評価された2018年の最高潮から見ると(筆者注:2018年は安倍元総理が国賓として訪中し、一帯一路への第三国での協力を習近平に約束し、習近平の国賓としての来日を約束した年)、誰が自民党の新総裁になり首相になったとしても、日中関係の「大転換」は現実的ではない。・なぜなら日本では嫌中感情が高まり、国際的に中国を封じ込めようとするアメリカの戦略が日本に強い引力を持っているからだ。・しかし、2008年の北京オリンピック当時は日本のGDPはまだ中国を上回っていたが、2020年になると中国のGDPは日本の約3倍になり、中国の1年間の自動車販売台数は日本の5.5倍、高速鉄道の走行距離は日本の新幹線の13.7倍になっている。したがって日本は自ずと対中政策を慎重に考えざるを得ないところに追い込まれている。・それでも日本は、アメリカに原爆を落とされた恨みや米軍に占領された屈辱さえも乗り越えて今日に至っている。したがって、おそらく中国が唐の時代のように日本を全面的にリードするようにならない限り、日本は中国に「服従」しないし、「相互尊重」には至らないだろう。日本が中国に「もまれる」のは、まだまだ先のことだ。・しかし、日本はもはや中国に対して根本的な脅威を与えることはできなくなっていることを自覚すべきだ。日中の経済・貿易協力の額は相当なものであり、これは日中関係の最も実質的な要素と見るべきである。 日本の次期首相が誰であろうと、日本の中国に対する主張がより強くなるかどうかにかかわらず、日中両国の経済・貿易関係の互恵性と規模が影響を受けることはないだろう。・結論的に言って、次期首相が誰になろうと、中国は日本よりも強くなっているし、日中関係が悪化して被害を受けるのは間違いなく日本であることに変わりはない。引用が長くなったが、これが中国の、日本に対する根本姿勢なので、できるだけ省略せずにご紹介した。ここで注目すべきは、中国は自民党総裁が次期首相になると考えていることで、野党が来たるべき衆院選で政権を交代させるという可能性は想定していないようだ。◆高市早苗候補に対する酷評次に注目すべきは、高市早苗議員に対する酷評である。9月6日の時点では、まだ立候補の意向を表明しただけで、推薦人20人を集めて立候補を宣言したのは、この原稿を書いている9月8日だ。それでも6日の時点で環球網は日本人からすると度肝を抜かれるような表現を用いて高市議員を酷評している。文字化するのが憚れるが、これは環球網が書いていることなので、客観的に勇気を出して、そのまま以下に書くことをお許し願いたい。9月6日の環球網は<政治狂人!日本新首相”本命 “の一人、高市早苗は靖国神社「参拝」継続を示唆>(※3)という論評を発表した。この「狂人」という言葉が、「クレイジーなほどの政治好き」という意味合いであればいいと思って熟読してみたが、残念ながら本当に「この人は狂っている」というトーンで書かれているのに驚いた。それに伴って、中国のネットでは「高市」と「狂人」がペアで数多く溢れていることにも驚かされる。環球網の報道によれば、概ね以下のようなことを言っている。( )は筆者。・日本のメディアによると、彼女が成功すれば、日本初の女性総理大臣になる可能性がある。産経新聞によると、高市氏は金曜日(9月3日)、「日本人として、信教の自由に基づき、立場に関係なく参拝を続けることは絶対に外交問題ではない」と主張し、「首相になっても靖国神社への参拝を続けることを示唆した」という。・高市氏はこれまでにも中国脅威論を振りかざして、中国に対する中傷を何度も行ってきた。 今年8月(出版)の月刊誌「Hanada」(10月号)のインタビューで、高市氏は「中国の軍事費増加」を「日本の防衛リスク」と位置づけた。 また、先月、秋の中間国会で「中国政府による新疆、内蒙古、チベットでの人権侵害を非難する決議」(マグニツキー法制定)を行う意向を表明した(筆者注:環球網が月刊誌「Hanada」を熟読しているというのは、むしろ称賛に値する)。・高市氏は、自衛隊にさらに大きな権限を与えるための法改正を提唱し、日本の侵略の歴史に対する反省が欠如しており、靖国神社への参拝を繰り返し、「慰安婦」の強制徴用の事実を認めていない。この最後の項目を以て、高市氏を「狂人」と言っているとすれば、大変結構なことではないかという感想を持つ。日本の自民党次期総裁候補を中国はどう見ているか?(2)【中国問題グローバル研究所】に続く。写真:代表撮影/アフロ(※1)https://grici.or.jp/(※2)https://opinion.huanqiu.com/article/44cZAYj7ID1(※3)https://world.huanqiu.com/article/44ea4NmjE33 <FA> 2021/09/10 15:46 GRICI 独立の祝砲に沸くタリバンに中国はどう向き合うのか?【中国問題グローバル研究所】 【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。中国研究の第一人者である筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している遠藤 誉所長の考察をお届けする。米軍が最終撤退した瞬間、タリバンは独立の雄たけびを上げて祝砲を鳴らし続けた。中国の第一報はこの場面と、国連安保理対タリバン決議に対する中露の棄権だった。中国は今後どのようにタリバンと向き合うのか?◆アフガンの夜空に轟く祝砲を報道した中国8月31日未明、米軍を載せた最後の一機がカブール空港を飛び立った瞬間、カブール空港はタリバンの管轄下に入り、タリバン軍は勝利の雄たけびを上げた。曳光弾(えいこうだん)(発光体を内蔵した特殊な弾丸)や機関銃などによる祝砲が夜空に向かって打ち上げられ、それは2時間ほど続いたという。「20年間に及ぶアメリカの侵略軍から解放され、独立した喜びに沸いています!」と中国の中央テレビ局CCTV(※2)は、興奮気味に伝えていた。中国がタリバンの勝利を我がことのような姿勢で報道するのは、言うまでもないが「侵略軍」と中国が位置付ける軍隊が米軍だからだ。中国ではこのたびのアフガン戦争(2001年~2021年)だけでなく、朝鮮戦争(1950年~1953年)から始まって、ベトナム戦争(1955年~1975年)、イラク戦争(2003年~2011年)など、「アメリカの行くところ戦争あり」という報道の仕方をしており「世界の平和を乱しているのは誰か?」ということを言いたいからで、「国際秩序を乱しているのは中国だ」というアメリカの批判に対抗したいものと見られる。同時にウイグル問題や香港問題などに関して「他国に干渉するな」ということを主張したいからでもあろう。これらに関しては毎日のように報道しているので、この日の報道は、その姿勢の一環だ。◆中国が国連安保理での対タリバン決議案を棄権した理由今般の米軍完全撤退に関して、タリバンの祝砲とともに中国の報道が重視したのは8月30日に国連安保理で開催された緊急会議に関してだった。会議ではタリバンに対し、アフガン人と全外国人の「安全で秩序あるアフガン出国」を認めることなどをタリバンに約束させようとする米英仏提案の決議案を採択した。15理事国の内13ヵ国が賛成したが、中国とロシアは棄権した。中国とロシアは、それぞれ棄権理由を説明したが、CCTVでは中国の国連大使である耿爽の主張を報道した。詳細は「中華人民共和国常駐国連代表団」のウェブサイト(※3)にある。その概略を以下に示す。1.中国とロシアの修正案を採用しなかった現在のアフガニスタンの状況が脆弱で、将来の方向性について多くの不確実性があることを考慮すると、安全保障理事会が取る行動は、紛争や混乱を悪化させることではなく、緩和させ、スムーズな移行を促進するのに役立つものでなければならない。先週、中国は決議案の内容に関して疑義を申し立て、ロシアとともに修正案を提案した。しかし残念なことに私たちの修正案は十分に受け入れられなかったので、中国は本決議案の投票を棄権したのである。2.貧困がテロの温床となるので、銀行を凍結させたり制裁をしたりするなアフガニスタンの混乱は、外国軍の性急で無秩序な撤退が招いたものだ。撤退は責任の終わりではない。関係各国はアフガニスタンの主権、独立、領土保全を尊重し、アフガニスタン国民が自らの未来と運命を決定する権利を尊重し、自国のモデルを他国に押し付ける誤ったアプローチを改め、あらゆる場面で圧力や制裁、さらには武力を行使する覇権主義的な行動を改めるべきだ。一方的な制裁を加えながら、アフガニスタン国民の福祉に配慮していると主張することはできず、アフガニスタンの経済・社会の発展を加速させることを支援すると主張しながら、海外のアフガニスタンの資産を差し押さえ、凍結することはできない。3.アフガニスタンに経済・民生などの人道支援を国際社会は、アフガニスタンが必要としている経済・生活・人道支援を行い、新政権機構が政府機関の正常な運営を維持し、社会の治安と安定を維持し、通貨切り下げや物価上昇を抑制し、平和的復興への道を一刻も早く歩み出すよう支援すべきである。4.ウイグル族とつながる東トルキスタン・イスラム運動をテロ対象から排除するな中国は、アフガニスタンにおけるテロ対策を常に重視しており、先日カブールで発生したテロ事件を強く非難している。今回の攻撃は、(アメリカが仕掛けた)アフガン戦争が、テロリストの勢力を排除するという目的を達成していないことを改めて証明している。アフガニスタンを、再びテロの発生地、テロリストの集積地にしてはならない。すべての国は、国際法と安保理決議に基づき、ISIS、アルカイダ、東トルキスタン・イスラム運動などの国際テロ勢力と断固として戦わねばならない。テロ対策の問題にダブルスタンダードや選択的アプローチがあってはならない。概ね以上だが、最後の「4」に関しては説明が必要かもしれない。アメリカのポンペオ前国務長官は2020年11月6日、中国が新疆ウイグル自治区での弾圧行為を正当化するためにたびたび非難してきた東トルキスタン・イスラム運動というテロ組織は存在しないとして、アメリカが定めるテロ組織認定リストから除外した。しかし、このテロ組織は存在すると中国は主張。「選択的アプローチ」というのはテロ組織の中から東トルキスタン・イスラム運動だけを排除することを指している。あらゆるテロ組織に対して活動を阻止させるためにアフガン戦争を起こしながら、実存するテロ組織を「存在しない」と主張するアメリカは、自分に都合のいいダブルスタンダードを持っており、アメリカの主張に矛盾があるというのが、中国の主張である。◆ロシアが国連安保理での対タリバン決議案を棄権した理由ちなみにロシアがなぜ棄権したかに関して、クレムリンの動きに精通するモスクワの友人から便りがあった。タス通信のRussia’s concerns ignored in UNSC resolution on Afghanistan — Russian UN envoy( アフガニスタンに関する国連安保理決議でロシアの懸念は無視された—ロシア国連特使)(※4)を見るようにとのこと。そこにはネベンツィア国連常駐代表の言葉として概ね以下のようなことが書いてある。一、ロシアが国連安保理のアフガニスタン決議案の投票で棄権しなければならなかったのは、草案の作成者が我々の原則的な懸念を無視したためだ。二、ロシアは国連安保理決議に、優秀な人材の大量避難や金融資産の凍結がアフガニスタンの情勢に与える悪影響についての条項を盛り込むよう提案したが、こうした取り組みは無視された。頭脳流出が起きている状態では、持続可能な開発の目標を達成することはできない。また金融資産凍結はアフガニスタンの経済復興に著しい悪影響をもたらし、テロ活動を刺激する。三、「イスラム国」や「東トルキスタン・イスラム運動」の活動を非難するよう提案したが無視され、決議は「イスラム国」のホラーサーン・グループ(ISIS-K、イスラム国の支部)に偏って非難している。四、アメリカとその同盟国が20年間にわたって行ってきたアフガニスタン駐留の失敗の責任を、タリバン運動やこの地域の国々に転嫁しようという試みは間違っている。なるほど、中国とほぼ同じ方向の主張をしていることが具体的にわかり、今後の中露の動き方を分析する上で非常に参考になった。ロシアには多くのイスラム教徒がいるだけでなく(人口の10%ほど)、たとえばチェチェン問題のような独立過激派問題を抱えており、彼らは国外のイスラム過激派と結びついているとして、プーチン大統領は習近平国家主席とともに上海協力機構の構成メンバーに呼び掛けて反テロ対策を強化しているところだ。上海協力機構とは、1996年からスタートし発展的に拡大している中露や中央アジア諸国を中心として「テロ、分離主義、過激主義、麻薬・・・」などに反対し共同で対処する経済文化組織だが、実際上はNATOを意識した軍事同盟であり反テロ組織でもある。事務局は北京にある。◆中露はどのようにタリバン政権と向き合うのか?何度も書いてきたが、米軍撤廃に伴いアメリカに協力したNATO諸国の大使館も大混乱の内に次々と引き揚げた中、中国大使館とロシア大使館はビクとも動かなかった。それはとりもなおさず、タリバンの背後に中露がいることを示している。両国はアメリカから常々制裁を受けてきているという意味での共通点があり、タリバンとともに「アメリカに虐められている」という共通認識を持っている。ということは、テロの問題さえなければ、タリバン政権が組閣を完成すれば、中露ともにすぐにでも国家承認を行いたいと思っているところだろうが、何せ米軍の撤退の仕方が不適切だったためにテロの再発を誘導していると、一層のことアメリカを非難する姿勢に拍車がかかっている。そう言いつつも、中露を中心にユーラシア大陸が一つになる方向で動き始めている。特に今年9月11日から25日にかけて、上海協力機構加盟国すべてが集まる合同対テロ軍事演習「Peace Mission-2021」が、ロシアで開催されることになっている(※5)。今年は上海協力機構20周年に当たることもあり、何としても米軍の撤退の仕方のまずさが招いた新たなテロ誘発を防ごうと中露が力を入れている。中国には「一帯一路」構想があり、ロシアは「ユーラシア経済同盟」を掲げている。テロさえ抑えつけることができれば、中露はアメリカのいなくなったユーラシア大陸を一気につなげていくつもりだろう。バイデン大統領はアフガニスタンに奪われる力を取り除いて、最大の競争相手である中国との覇権争いに全力を注入していきたいという趣旨のことを言っているが、事態は逆の方向に向かっているのではないかと危惧する。写真:代表撮影/Abaca/アフロ(※1)https://grici.or.jp/(※2)https://tv.cctv.com/2021/08/31/VIDEJNTbo2e0f8AlAjIfHFeG210831.shtml(※3)https://www.fmprc.gov.cn/ce/ceun/chn/hyyfy/t1903228.htm(※4)https://tass.com/world/1331945(※5)http://www.gov.cn/xinwen/2021-08/27/content_5633731.htm <FA> 2021/09/02 16:44

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