みんかぶニュース 市況・概況

武者陵司「川田重信氏と語るトランプ大関税と株価暴落」

配信日時:2025/04/14 10:00 配信元:MINKABU
―トランプ政権サイドから見なければ相場は分からない― 米国株式投資のレジェンド、川田重信氏と対談を行った(4月8日)。以下はその概要である。 問1)トランプ氏の事前の予想を大幅に上回る関税増税発表により、市場は大波乱、世界的に株価が暴落しています。世論も市場も悲観一色ですね。 ●市場パニック、だが総崩れではない、対日厚遇の可能性十分にある。 武者:確かに関税の引き上げ幅が想定よりも著しく大きく、特に同盟国に対して大きい。発表の仕方も唐突、関税の根拠も泥縄で説得力がなく、世界の世論を全部敵に回してしまった。報復関税の応酬が始まっており、リセッション懸念が高まった。また、米国の世紀は終わったとの末法論的意見も現れた。株価に割安感が出ているとはいえどこが底値なのか、見当はつきにくい。  この政策の不透明性こそ市場が最も嫌うもの、先物主体の投機売りが、市場を精一杯かく乱できる条件と言える。悪評高い1930年代以来の高関税と、関税引き上げ競争の始まりは、大恐慌の悪夢を呼び起こすのに十分である。しかし、よく見ると暴落の中にも、ヒントがある。ドイツなど欧州株は年初の水準を維持していること、債券市場もリセッションの予兆と言えるリスクプレミアムは全く上昇していないことなど、ポジティブな要素もある。総崩れではないのである。  トランプ政権の戦術が見えてきた。中国にことさら高い関税を賦課する一方、日本、韓国、EU(欧州連合)などの同盟国との間では、交渉により関税率を引き下げる余地を見せている。日本製鉄 <5401> [東証P]によるユナイテッド・ステイツ・スチール(USスチール)買収の可能性も見えてきた。脱中国サプライチェーン構築の鍵となる対日厚遇の可能性は高い。 問2)米国株投資40年のレジェンド川田さんに、米国市場の現状は楽観できるのか、絶望的なのか、それとも中間なのか、ご卓見を賜りたいと存じます。 ●悲観の必要ない、今回程度の下落?過去にもあった 川田:基本的には楽観できるだろうと考えている。S&P500株価指数は2月19日の史上最高値から直近4月8日まで18.3%下落した。また、ナスダック100はその間に-23.9%と大きい。しかし、一連のトランプ大統領の経済政策は一見、無茶苦茶に見えてもちゃんとした理由がある。つまり、長期のアメリカの繁栄のためには、米国の経常赤字の是正や、製造業の国内回帰を促す大胆な取り組みが必要だ。だから今ここで「荒療治」をやることは、大変に重要な意味があるということだ。  私が記録を取りながら資産運用を始めたのは2005年だから、今年が21年目だ。その間に今回程度の下落は何度かあった。例えばほんの4年前のコロナ禍では、S&P500指数は短期で34%も下落している。ちなみにその時の私は、無用な売買で、後で大きく後悔することになったが。  マーケットの基本的シナリオが変わる時や、景気後退が懸念される時には、これくらいの変動はするものなのだ。私の視点はいつも株式投資を使った資産形成だ。そして、株式市場は乱高下がつきものだ。だから長期投資で資産形成をするなら、その乱高下に「鈍感」になってもらうのがいいと思う。 ●市場は景気後退を織り込む動きへ 川田:現在の市場は景気後退が起きた場合のリスクを織り込もうとしている。1950年以降、高値から10%超の下げは56回あった(直近は18.3%)。これらの調整局面(=10%超の下落)から12カ月後に株価が上昇したのは49回だ。反発のなかった7回のうち6回は景気後退の最中だった。 ●恐怖感の高まりは底打ちが近い兆候か 川田:市場はさらに悲観的かもしれない。景気後退の場合、株式市場の下落率の中央値は24%なので、市場は景気後退の可能性を70%程度とみているようだ。ただし、市場にパニックの兆候が現れていることは良い兆しだ。S&P500指数のオプションの状況を数値化したシカゴ・オプション取引所(CBOE)のボラティリティー指数(VIX指数)は、4日に45以上に急上昇した。これは通常の2倍以上の水準で、過去数カ月では最大だ。また、プット・コール・レシオ(コール・オプションの建玉に対するプット・オプションの建玉の比率)は、過去1年の最高に達した。これは恐怖心が少し出てきているということを意味するので、相場の底打ちを宣言しているわけではない。それでも恐怖感が高まった時に市場が底を打つのは事実だ。 問3)やはり鍵は、この大規模関税引き上げが米国並び世界経済を大不況に導くものなのかどうかですね。その点で武者リサーチはどう見ていますか。 ●関税引き上げ合戦にはならない、大恐慌時とは全く異なる 武者:関税引き上げの応酬、世界経済ブロック化に結びつけば、1930年代の悪夢の再現ということもあり得る。しかし、その可能性は小さいと考える。第一に世界的需要不足の1930年代と違い、現在は需要過多・インフレ環境にあること、第二に関税の目的は自国の需要を囲い込む近隣窮乏化ではなく、真の狙いは米中対立にあること(後述)、第三にトランプ政権は同盟国と中国との間で交渉後の着地に大きく差をつけると考えられること(カナダ、EUも米国の事情を理解し妥協点を探るだろう)。各国は対米輸出減による需要不足を内需振興で補うだろう。第四に米国では関税による巨額の税収を原資にした減税、米国生産の増加効果、規制緩和効果などの政策面でのプラス要因が予想されることなどが時を置いて発現する。エコノミストによるリセッション確率は関税発表前の30%から60%まで跳ね上がったが、利下げの余地も大きく、武者リサーチは依然リセッションの懸念は小さいと考えている。  関税引き上げ(4月4日時点)の経済への影響は、米国の関税引き上げ想定額は6600億ドル、その全てが輸入商品の販売価格に転嫁されればGDP(国内総生産)を2.1%引き下げる。しかし、同額の税収増加が減税や公的支援に回されれば、経済への打撃は最小に抑えられる(ちなみにGDPに対するマイナスの影響額は中国1.3%、日本0.8%、EU0.6%、ドイツ0.7%と計算される)。よって、①関税引き上げ合戦にならないこと、②心理悪化による自己実現的な需要収縮が回避されることの二つさえ起きなければ、米国経済がリセッションに陥る公算は小さい、といえる。 問4)川田さんは武者リサーチの楽観的な見方をどう考えますか。市場参加者の観点から違和感があるとすればご指摘ください。 ●偉大な大統領になるには中間選挙が大事 川田:トランプ大統領はとにかく自分が「世界でナンバーワン」の人だ。だから当然、歴史に名を残す偉大な大統領を意識している。任期3期目の有無はさておき、その偉大な大統領に名を連ねるためは、来年11月の中間選挙での勝利が必須だ。  トランプ政権の政策は「MAGA(米国を再び偉大な国に)」の方針に沿っている。減税や規制緩和がこの後打ち出されるのだろうが、その前に相互関税、ロシア・ウクライナ戦争の停戦、ハマス・イスラエルの紛争、さらには移民送還などの外交問題を優先している。今回はこの「相互関税」が大きくマーケットに影響している。例え痛みを伴っても、「手術」にも例えられる大仕掛けができるのは今しかないという判断だ。そのためには多少(?)株価が下がろうが、景気後退も含めた波乱には我慢をしてもらうということだ。 ●大統領任期2年目の株価は不安 川田:中間選挙を乗り切るには、大統領サイクルが示唆するような、2026年に株価が軟調になってしまうことを意識することになろう。そのためには、今年はあえて株価の上昇エネルギーを溜め込むことを意識しているのかもしれない。それはつまり、来年と再来年の企業業績と金利水準を想定して、株価バリュエーションが今後は割安になるような政策だ。もっとも、今後、景気後退に突入し、マーケットが低迷したままなら、来年秋の中間選挙まで投資家、そして国民の支持を繋ぎ止めておくことは殊更難しくなる。どこかで大規模な経済刺激と株価対策が打ち上げられるだろう。 ●米国株式のレジリエンス(「回復力」「復元力」「弾力性」)を信じる 川田:今回、S&P500指数は一時弱気相場入りへ、過去2番目に速いペースで下落した。7日のS&P500指数は日中に一時3.5%下落し、約2カ月前に記録した最高値から20%下落した。この間はわずか33営業日だ。1945年以降の14回の弱気相場のうち、2番目に速いペースでの弱気相場入りとなる。ただし、過去に20%下落した後に買うと、その3年後には例外なくプラス圏に浮上している。私の中では、何度も何度もこういう場面を経験することで「米国株式に売り無し」との信念が刷り込まれてきた。その上で、年間10%(配当込み)で米国株式は上昇してきた。したがって、今回の下落で弱気になれという方が私にとっては難しい。 問5)それにしてもトランプ政権の政策の真意が全く伝わっていませんね。何故でしょうか。今後トランプ政策への支持は増えていきますか、またトランプ政策は成功しますか。 ●中国工業力の脅威は放置できないという危機意識 武者:トランプ政策の分かりにくさの最も大きな理由は、トランプ政権が感じている(このままでは米中覇権争いに負けるという)危機感が共有されていないことだろう。武者リサーチはトランプ氏の危機意識は正しいと考える。実は米国経済がこれほどまでに危険な状態にあることが理解されていけば、ギャップは縮まる。実際、中国の台頭は意外なほど強烈で、米国は臨戦態勢、超法規的措置まで動員しないと勝てないというトランプ氏の認識は、武者リサーチは間違っていないと考える。  つるべ落としの米国経常収支の赤字拡大が続いている。コロナパンデミック直前2019年の4417億ドルから2024年には1.133兆ドルと2.5倍増となり、増加ペースに弾みがついている。  これに対して中国の貿易黒字は増加の一途をたどっている。2024年の輸出3兆5772億ドル(前年比5.9%増)、輸入は2兆5850億ドル(1.1%増)、貿易黒字は9922億ドル(20.5%増)となった。中国の貿易黒字は米中対立が勃発した2018年が3510億ドルであったから、この6年間に2.8倍に増えたのである。相手国別ではかつての欧米依存から脱し、ASEANや新興国向けの増加が顕著である。輸出輸入ともにASEANが最大の相手国となっており、中国を核とした新興国内でのサプライチェーンが形成されつつあるとも考えられる。  2018年の対中制裁発動後の6年間に、中国の世界製造業におけるプレゼンスは大きく高まった。世界人口比17%の中国は、圧倒的な工業大国になった。世界製造業における中国シェアは4割弱へと上昇し、米国の3倍、日本の5倍の生産力を持つに至った。粗鋼生産シェア5割(2024年)、造船受注シェア7割(2023年)と重厚長大で圧倒的シェアを持つのみならず、先端グリーンエネルギーで世界を制覇してしまった。ソーラ発電、風力発電設備、ドローン、EV(電気自動車)、バッテリーで6~9割の独占世界シェアを確保している。更にバッテリーなどに使用するレアメタルの利権を各資源国で確保し、大半のレアメタルの精錬で過半の世界シェアを獲得している。唯一遅れていた半導体でも輸出規制の対象外であった既存(レガシー)分野での大投資により、生産シェアを大きく高める見通しとなっている。(詳細は「ストラテジーブレティン376号」参照)  今までとは全く異なる対策が必要、中国のプレゼンスを引き下げるためには、より強烈な関税、貿易規制が必要ということが分かる。 問6)米国ウォッチャーとして多くの投資家や情報に接している川田さんは、トランプ政策の支持は広がっていくと考えていますか。また、トランプ政策は成功し、トランプ氏の言う「米国の黄金時代が始まる」は実現されるとお考えですか。 ●政策の支持が広がるかどうかが鍵 川田:支持が広がるかどうかは、経済政策の成功にかかっていると思っている。彼の「言動の偏り」や「不規則発言」に国民はもう慣れっこになっている。それでも今の経済的苦境を打開してくれるのは「この人」だと思って、彼を選らんだ。したがって、彼の政策の成功が一番大事で、これはどの政権にも通ずると思います。 ●トランプの米国「黄金時代」は実現できるか 川田:私はその可能性は高いと思っています。それを米国という国の体質から考えたい。まず「勤労に対するリスペクト」。長年米国を観察していて思うのは、何といっても、彼らは働きものです。米国の建国の歴史がそうさせるのかどうかは分かりませんが、とにかく「働き者」という印象が私の中では非常に強いです。次に「創造的破壊」。根っからの「創造的破壊」主義者があの国のリーダーは多くいます。トランプ氏にしろ、イーロン・マスク氏にしろ、異端かもしれませんが、こと仕事(ミッションと置き換えられるかもしれませんが)に投入するエネルギーはとてつもなく大きいです。  第三に「オーナシップ」。それと株式がちゃんと「所有者」のものという文化が根づいているので、所有者の権利意識も強い。そのことが責任の所在を明確にしていることも、私はアメリカの強さだと思っています。  「依然として米国は経済、軍事、ソフトパワーで圧倒的な国力」です(具体的には、エリート層が合理的思考で勤勉、禁欲的、国内外の英知結集を促す寛容性とインセンティブ、既存秩序の刷新に使命感=人類の“進歩”を信じる、ビジネスを“戦場”と心得え世界中から戦利品、他者との意思疎通に弛まぬ努力、自らが“普遍的”と信じる価値観の普及にことさら熱心等)  過去の急落局面でも、メディア情報だけだと絶望的な気持ちになります。このような局面は過去に何度もありました。しかし、これまで例外なくそこが投資チャンスでした。 問7)それにしても日本株と日本政府の対応には失望を禁じ得ません。なぜ日本株が突出して下落しているのか。また、米国に最も近いはずの日本の関税率が全く考慮されていないとは、意外ですが。 ●政治の不手際、外国人投機家に翻弄される日本株式 武者:日本市場のヘッジファンド投機筋に支配されている実情が如実に示された。外国人の日本株売りは強烈、昨年来の日本の政策に対する失望が日本株を一層脆弱にした。東証売買シェア7割の海外投資家の累積売買動向をみると、この間の下落はほぼすべて外国人投資家の売りであることが分かる。日本株式の突出した弱さの原因はここにある。しかし他方、外国人の売りを上回る自社株買いの急増が進行している。今後、日本株の割安さと、売りすぎたことによる日本株の年後半の好需給をもたらす。対中封じ込めで最も重要で頼りになる日本に対するトランプ政権のリスペクトは大きい。日本に対する厚遇はいずれはっきりしてくるだろう。万一、政権交代と抜本的リフレ策への政策転換が実現すれば、日本株(日経平均株価)は5万円に向けて騰勢を強めるだろう。 問8)川田さんは米国などグローバルな視点から見て日本株をどのように評価していますか。 川田:世界の株式市場の時価総額に占める比率は米国が65%で日本が5%だ。株式市場という富の「創出、増殖、分配」の仕組みを日本は上手く、使いこなしていると思っている。だから、ほんの少し工夫すれば、もっともっと魅力ある投資対象になるのに、といつも残念に思っている。 (2025年4月9日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン377号」を転載) 株探ニュース

Copyright (C) MINKABU, Inc. All rights reserved.

ニュースカテゴリ