アングル:W杯優勝に沸くアルゼンチン、「デフォルト危機」の現実
[ニューヨーク/ブエノスアイレス 21日 ロイター] - アルゼンチン国民は、サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会で代表チームが見事優勝したことに喜びを爆発させている。優勝は、経済悪化やインフレで落ち込んだ気分を奮い立たせてくれた。
ブエノスアイレスで暮らすグレゴリア・ビクトリアさん(86)もその1人で「W杯(優勝)は言葉で言えないほどうれしい気持ちだ。長らく経済危機に苦しめられてきたわれわれの救いになっている」と話した。
ただ、同国経済が直面する現実は相変わらず厳しい。物価上昇率は100%に迫り、資本規制が実施され、貧困率は40%近く。さらなる債務不履行(デフォルト)の可能性も浮上してきている。ビクトリアさんも「すぐに現実に引き戻され、日夜われわれにのしかかる諸状況に向き合わねばならないだろう」と認める。
ディエゴ・マラドーナ選手を擁した1986年以来というW杯優勝を、リオネル・メッシ選手を中心として苦戦の末に手にした代表チームの凱旋パレードは、一部の推定で400万─500万人に上るほどの大群衆が街頭を埋め尽くして非常な興奮状態が発生した。
このため選手らを乗せたバスは進行が難しくなり、途中から上空をヘリコプターで飛行する形に切り替えざるを得なくなった。
こうした歓喜の余韻はやがて消え失せ、再び以前の日常が戻ってくる。それは11月の前年比物価上昇率が92.4%という猛烈なインフレであり、政策金利75%という高金利の世界だ。
紙幣増刷や人為的に過大評価された通貨ペソ、低水準の外貨準備が引き起こす問題は先鋭化しつつある。投資家は、8月にフェルナンデス大統領が事態打開の切り札として起用したマサ経済相が、来年終盤に予定される総選挙をにらんで十分な経済改革を断行しないのではないかと懸念している。フェルナンデス政権が恐れているのは、下手に動いて選挙で負けるという展開だ。
アライアンスバーンスタインのシニア新興国市場株アナリスト、テッド・マン氏は「マサ氏はその場しのぎで対応しようとしているだけで、来年の選挙前に意味のある政策調整をしたくないと強く思っている」と指摘。「マサ氏の下でのアルゼンチンは並外れた缶蹴り(問題先送りの意味)の名手になっている。メッシ選手がサッカーボールを蹴るよりも巧みだ」と皮肉った。
<楽観論も>
国民の中からは、もっと楽観的な声も聞かれる。
ブエノスアイレスの商店主オスバルド・ハッサンさん(62)は「W杯はわれわれに信じるに足る期待と願望を与えてくれている。それは、国民の総意を結集して経済を前に進める上で必要だった重要なきっかけになるかもしれない」と述べた。
マーケティングの仕事をしているカミラ・ゴテッリさん(25)は「歴史的な」W杯優勝を通じて観光客が増え、雇用が創出され、アルゼンチンの対外的なイメージが向上することで、国全体が上向くのではないかとみている。
実際、英サリー大学の研究論文によると、アルゼンチンはW杯優勝によって輸出が押し上げられ、今後数カ月間は、経済にとって多少追い風が吹いてもおかしくないという。
また、短期的にはフェルナンデス大統領にもプラスとなるかもしれない。フェルナンデス氏は国内通貨基金(IMF)から440億ドルの新規融資を取り付けたものの、新型コロナウイルスのパンデミックの影響や経済悪化のために支持率が急落していた。
職人のカルロス・サラテさん(63)は「しばらく政府には有利な材料になる。国民の関心が(政府から)それるからだ」と語った。
一方、ブルーベイ・アセット・マネジメントのシニアストラテジスト、グレアム・ストック氏は、来年の選挙で経済が好ましい方向に変わる可能性があり、その1つとして政権交代も考えられると予想する。フェルナンデス政権の与党が昨年の中間選挙で大敗したためだ。
しかし、小学校教師のマリア・ベレン・ペレイラさん(32)は、経済改革は一朝一夕に実現するものではないし、全国民が関与する必要があると訴える。「代表チームを祝福するのは国を代表しているからだ。だが、これは30人程度の献身にすぎない。経済を変えるには、われわれ全員が努力しなければならない」と話していた。
(Rodrigo Campos記者、Belen Liotti記者)