株式を学ぶ (実践編)

JPモルガン・チェース銀行 佐々木融氏に聞く 「どうして弱い日本の円がどんどん強くなるのか」 東証ETF

最終更新:2013/06/27 15:39

東証ETF・ETN活用プロジェクト [ ETFがわかれば世界がわかる 著名人にインタビュー ]

【第29回】

JPモルガン・チェース銀行 佐々木融氏に聞く

「どうして弱い日本の円がどんどん強くなるのか」

リーマンショック直前の為替レートは、対米ドルで1ドル=110円前後。その後、リーマンショックによる世界的な金融危機、ユーロ圏債務危機による世界的な景気減速、そして東北大震災による日本経済の減速といったネガティブな材料が噴出するなか、外国為替市場で円は買われ続け、2011年12月時点では1ドル=77円前後で推移しています。経済力は着実に後退している日本の通貨、円がここまで買われるのはなぜなのでしょうか。今回はJPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏に話を伺いました。
日本経済はデフレから脱却できず、苦しい状況が続いているのにも関わらず、なぜこれだけ円高が続くのでしょうか。
佐々木氏
佐々木氏JPモルガン・チェース銀行為替資金統括本部
債券為替調査部長マネジングディレクター佐々木融氏
リーマンショック前が1ドル=110円前後。今が1ドル=77円前後ですから、確かにここ3年で円高が進んできたのは事実です。そのうえ、3月11日に起こった東北大震災でも、突然、円高が進みました。世界的な金融危機、そして大震災による経済的損失など、日本経済にとってはネガティブな材料ばかりなのに、なぜ円高が進むのかという点で納得できない方も多いようですが、米ドル/円相場での円高進行の背景としては2つの点が指摘できます。
第一に、円高、円高と言われていますが、米ドル/円相場での円高は、米ドル安に拠る部分も大きいのです
たとえば実質実効為替レートで見た場合、米ドルは今、1970年以降の最低水準にあります。
世界最大の経常赤字国であり、純債務国で
ある米国が、政策金利をゼロ%まで下げているのだから、最弱通貨になるのも無理はありません。本来なら1ドル=92円前後が均衡レートだと思うのですが、そこから大幅に下方乖離する形で米ドルが売られているのは、今、申し上げたように、世界最大の経常赤字国がゼロ金利政策を行っているからです。
第二の理由は、日本は円高になりやすい経済構造となっているという事が言えます。確かに、日本の経済成長力は、かつてに比べると大きく後退していますが、依然として大きな経常黒字を抱えているだけでなく、世界中に資産を持っている世界最大の純債権国です。このような状況のもとでは、日本や世界経済に何かしら悪い事が起きると海外から日本へというお金の流れが多くなり、その逆、つまり日本から海外へのお金の流れが細ってしまいます。
リーマンショック以降、世界経済、世界の金融資本市場は不安定な状況が続いていますが、この結果ゼロ金利になって弱くなる理由をたくさん抱えた米ドルと、強くなる理由をたくさん抱えた円(因みに、日本は黒字国・債権国ですからゼロ金利はあまり影響しません)という組み合わせになるわけですから、米ドル/円の為替レートは米ドル安・円高に傾きがちになるのです。
経常黒字国、純債権国の通貨が高くなるのはなぜなのでしょうか。
佐々木氏
経常収支の中身は、大きく分けると、モノの輸出入によって生じた収支を示す貿易収支と、投資によって生じた収支を示す所得収支とがあります。このうち貿易収支については、東北大震災の影響で赤字になる月も出てきましたが、一方の所得収支については、一向に目減りする気配がないまま、黒字が続いています。今や所得収支の黒字額が、恒常的に貿易収支の黒字額を上回るようになるほど大きくなっていたため、貿易赤字が小幅の赤字になった今年も、経常収支は依然として黒字を維持しています。
そして、経常収支が黒字だということは、常に円が買われる構造にあることを意味します。たとえば海外に投資したことで得られた配当金や利金などは、基本的に外貨ベースになりますから、日本の投資家がそれを日本国内の消費などで使おうと思ったら、外貨建てで受け取った配当金を円に替える必要があります。したがって、経常収支の黒字が続いている以上は、恒常的に円買い需要が生じてくることになります。
また、日本人は世界で一番海外に資産を持っているわけですが、3月に起こった東北大震災のような状況に直面したら、投資家はどういう行動パターンを取るでしょうか。真っ先に行うのは、やはり保有資産の流動化でしょう。どこでどれだけの資金が必要になるか分かりませんから、海外に資産を持っている投資家は、それを現金化して、国内に戻そうとするはずです。結果、外貨売り・円買いの動きが生じるため、円高が進むことになります。海外に出ていっているお金が、何か大きなイベントが起こると、どんどん日本に戻ってくるのです。また、海外に保有している債権を売却しなかったとしても、為替リスクをヘッジして保有するリスク量を減らそうという行動にもでます。この場合、海外の債券や株式の売却は行わないものの、外貨売り・円買いは行われる事になります。
現在、日本は欧州において、ネットで多額の債権を保有しています。欧州だけではありません。オーストラリアもそうですし、ブラジルも同様です。日本ほど、ブラジルにお金を置いている国はないくらいです。
このように、日本の経済力自体は衰えを見せていますが、多額の経常黒字と対外純資産を抱えている間は、日本や世界の経済状況や市場環境が悪化すると円高に進み易い構造になっているのです。
円安に転じるとしたら、それは何がきっかけになるのでしょうか。
佐々木氏
佐々木氏
良いパターンで円安になるのは、日本や世界の経済が好転し、日本を含めた世界の投資家が積極的にリスクを取るような環境になる事です。実際2005〜2007年はそういう状況になり、我々は「円安バブル」と命名したほど極端な円安が進行しました。この他、悪い円安のパターンとしては、経常収支が黒字から赤字に転落すること。対外純資産が取り崩されること。そしてインフレが進むことなどが挙げられます。因みに、現在のようなデフレは通貨が強い事を意味しますので、長期的に見て円高要因です。逆にインフレは通貨が弱い事と同義ですので長期的に円安要因となります。
では、実際に円を取り巻く環境が現状、どうなっているのかを見てみると、経常収支の黒字額は徐々に減少傾向をたどっています。これが縮小傾向をたどり、赤字に転じれば円安になる可能性も出てきますが、問題は250兆円と言われている対外純資産の存在です。これだけの規模の対外純資産が一気に失われるようなことにはならないでしょうから、いくら経常収支の黒字額が減少傾向をたどったとしても、しばらく円は強い状態が続くと見るのが妥当です。
私は2007年末から円高が進行する事を予想してきましたが、常にそうだというわけではありません。2005年から2007年にかけてはむしろ円安論者でした。日本の景気が回復局面にある時は、日本から海外に積極的な投資が行われるため、円売りが促進されると見ていたからです。その意味では今後、日本の景気が回復基調をたどれば、徐々に円安が進むケースも十分に考えられます。
その観点から言うと、2012年のどこかでユーロ債務危機が解決すれば、日本の景気も徐々に回復へと向かい、海外への投資が積極的に行われるようになるでしょう。したがって、ユーロ債務危機の解決は、円安のきっかけになるはずです。
ただ、この時にひとつだけ覚えておいていただきたいのは、米ドル/円とクロス円の動きが異なるということです。クロス円については円安が進むでしょうが、米ドル/円についてはむしろ円高になる可能性があります。なぜかというと、米ドルが非常に弱い状態にあるからです。前述したように、米国は世界最大の経常赤字国であり、純債務国であり、ゼロ金利政策を続けている国ですから、この状態の下で米ドルが対円で上昇する可能性はかなり低いです。ユーロ債務危機問題の解決にともなって円は売られるでしょうが、それ以上のペースで米ドルが売られますから、米ドル/円で見た場合、円は対米ドルでほとんど売られないという状態になるのです。
では、これからも米ドルが積極的に買われるような場面は訪れないのでしょうか。もし米ドルが買われるとしたら、そのための条件は2つあります。
ひとつは米国の経常収支の赤字額が減少し、徐々に黒字化する可能性が見えてくること。もうひとつは、米国の金利水準が上昇傾向をたどることなのですが、前者については、実現への道のりは遠いように思えます。後者についても、景気がこの先回復すれば、金利水準は上昇するのではないかという見方もありますが、恐らく、今後、米国の景気が回復に向かったとしても、なかなか金利は上昇に転じないと見ています。というのも、需給ギャップが余りにも広がっているからです。この需給ギャップが埋まらない限り、金利は上昇しません。
米ドルが積極的に買われる要因が見当たらないのです。米ドルに対して円安が進むまでには、まだ相当の時間を必要とするでしょう。
ユーロ問題の動向も含め、2012年の為替レートはどういう方向に進むのでしょうか。
佐々木氏
ユーロの問題を解決させるためには、今も話し合いの俎上に上っていると思うのですが、ユーロ共同債を発行することでしょう。これによって国債の一本化が実現できればユーロ圏の財政問題は一気に解決できるのではないかと考えています。
ユーロに関して言えば、一般的に思われているほどユーロは売られていません。実際、実質実効為替レートを見ても、ユーロは基本的にさほど大きく下落していません。
一部で言われているユーロ崩壊説ですが、これもよく考えてみると、可能性は非常に低いと思われます。
仮にギリシャがユーロから離脱し、かつて通貨として使われてきたドラクマを復活させたとしましょう。こうした発表は夜中のうちに行われて一晩で通貨が変わる事になりますが、これを見たアイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリアの国民はどうするでしょうか?当然同じ事が自国でも起きるかもしれないと恐怖を感じ、すぐに銀行に走り預金を全て取り崩し、ユーロ紙幣を持ってドイツの銀行に預金するか家の金庫にしまっておこうとするでしょう。つまり、ギリシャがこうした行動を取ると、他国で取り付け騒ぎが起きる事は容易に想像できるので、こうした行動は取れないと思います。
あるいは、逆にドイツのような大国がユーロから離脱するケースも考えられますが、仮にドイツがユーロから離脱したら、その時点でドイツの旧通貨であるマルクは、ユーロに対して上昇するでしょう。マルク高が進めば、今度はドイツ国内の輸出産業が世界的に価格競争力を失ってしまうリスクがあります。したがって、ドイツやフランスなどの大国がユーロから出て行くインセンティブはあまり大きくないと思います。そもそも、現在の問題は国債の問題でユーロという通貨が問題になっているわけではありません。
では、根本的な解決策が見当たらないまま、ユーロ経済圏で大きな混乱に陥ったとしたらどうでしょうか。
それでも恐らくユーロが積極的に売られるようなことにはならないと思います。なぜなら、金融ショックに耐えられるようにするため、欧州の金融機関が自己資本比率を高める事を狙って、保有している対外資産を売却し、自国に資金を戻す(ユーロ買い)事が予想されるからです。欧州の混乱は円や米ドルを強い通貨にしますので、ユーロ/円やユーロ/米ドルではユーロ安が進む事が予想されますが、円や米ドル以外の通貨に対してユーロが下落するとは限らないと思います。
ユーロ圏の債務危機が解決へと向かえば、円と米ドルが売られるので、ユーロや、豪ドルやブラジルレアルなどの米ドル以外の通貨に対して円は下落するでしょう
その一方で、米ドルは対円で下落が続き、1ドル=70円を割り込む場面もあると見ています。
掲載日:2012年月1月10日
佐々木 融(ささき とおる)氏プロフィール
佐々木氏 1992年上智大学外国語学部英語学科卒業後、日本銀行入行。調査統計局、札幌支店を経て94年から97年まで国際局(当時)為替課に配属、市場調査・分析を担当した他、為替市場介入も担当。2000年7月からニューヨーク事務所に配属され、NY連邦準備銀行等米国当局と情報交換を行いつつ、外国為替市場を含めたNY市場全般の情報収集・調査・分析を担当。2003年4月、JPモルガン・チェース銀行入行、チーフFXストラテジスト。2009年6月、債券為替調査部長。2010年5月、同行マネジング・ディレクター。日本証券アナリスト検定協会会員。金融専門誌J-Money(旧ユーロマネー誌日本語版)・ファンダメンタルズ分析部門1位(2011年10月)。
著書:『弱い日本の強い円』(日本経済新聞出版社、2011年10月)


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