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中国の台湾に対する言論攻勢:言葉が主権になるとき(1)【中国問題グローバル研究所】
配信日時:2025/11/12 10:22
配信元:FISCO
*10:22JST 中国の台湾に対する言論攻勢:言葉が主権になるとき(1)【中国問題グローバル研究所】
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している(※1)陳建甫博士の考察を2回に渡ってお届けする。
※この論考は11月3日の<China’s Linguistic Offensive Against Taiwan: When Words Become Sovereignty>(※2)の翻訳です。
ここ数週間、中国政府は「台湾光復節」の制定を発表し、新華社通信を通じて「鍾台文」という筆名で「中華民族の復興」「平和的再統一」「共通の文化的ルーツ」などのテーマを取り上げた一連の論考を配信した。一見するとこれらの文章は冷静かつ理性的で、融和的な印象を与える。しかし実際には、はるかに戦略的な意味があり、慎重に計画された「ナラティブ戦争」の一翼を担っている。
この戦いの武器はミサイルではなく、言葉だ。その目的は説得ではなく定義にある。中国政府の考えでは、現代において権力は強制力によってのみではなく、言葉で現実を操ることでも行使できる。
I. 言葉を利用した政治:「光復」から「再統一」へ
中国の政治用語において、言葉は決して中立ではない。中国政府は「台湾光復」を政治日程に組み込むことにより、「言葉の上での支配権獲得」とも言える行為に出ている。こうしたナラティブの再構築は、主権への野心を柔らかい言葉で包み込んでいるのだ。つまり、「統一」を「光復」に置き換えることで、歴史的に正当性があるように思わせ、未来を併合ではなく「自然な回帰」として描こうとしている。
この戦略は、まさに香港で起きたことを思わせる。1997年以降、「港人治港(香港人による香港統治)」の原則は、次第に「愛国者治港(愛国者による香港統治)」に置き換えられていった。まず政治言語が書き換えられ、次に制度が続き、ナラティブが常態化した後で統治構造が変容したのだ。
中国政府は今、これと同じやり方を台湾にも適用しようとしている。言葉を通じて現実の政治条件をあらかじめ整えようとしている。
台湾にとって、これは歴史の解釈をめぐる議論ではない。主権を侵害する行為だ。「光復」という言葉が国際的な言説として受け入れられるようになれば、台湾の存在そのものが、中国文明の延長線上に連なるものとして再定義されてしまうおそれがある。
ナラティブ戦争が巧妙なのは、まさにこの点にある。強制するわけではないのに、認知的境界が微妙にシフトするのだ。服従を強いるのではなく、想定しうる境界を再定義することで力を行使する。
II. ペースと目的:国家が仕込むナラティブの急増
「鍾台文」の論文はメディアのエコシステムの中で自然発生したものではない。新華社とCCTVで連動して配信されたということは、国家レベルの広報活動であることを示している。内容は「世論」や「平和」といった言葉で包まれているが、以下で説明するように、その対象者と目的に二面性があるのは間違いない。
国内ではナショナリズムの信念を強化し、「再統一」を歴史の必然的な道筋として常態化する。国際的には、中国政府を合理的で平和を求める当事者として位置付けつつ、台湾の民主的な訴えを常軌を逸した行為、または不安定化要因としてその正当性を否定する。
これは単なるプロパガンダではない。それは「政策に先行する工作」だ。「平和的再統一」「運命共同体」「血のつながりと伝統」といった言葉を繰り返し発信することで、中国政府は「先延ばしにされている必然性」という心理的枠組みを構築している。つまり、統一は突然でも強制でもなく、歴史の自然な成り行きというわけだ。
その論理は単純で、すでに聞き慣れたナラティブなら、いずれ政策が実行に移されても抵抗は弱まる。同じ言葉を繰り返すのは、レトリックの多用ではなく政治的な地ならしだ。
III. 平和のレトリックと分断の論理
中国政府にとって最も効果的な政治的ツールは「平和」の呼びかけであることが多い。「鍾台文」の文章は「平和的発展」や「対話とウィンウィンの協力」を強調しており、冷静な合理性を演出している。だがこれは、「まず言葉、次に制度」という体系的な順次戦略の一環だ。
「平和的統一」は強制の放棄を意味するわけではない。むしろ、それは「認知的な分割統治の戦術」だ。仮に台湾が中国が求める条件での政治対話を拒否すれば、中国は台湾を平和を妨げる側として描く一方で、自らを対話を求める理性的な側として演出できる。
このようにレトリックを反転させることで、国際社会を偽りの道徳的同等性、つまり「どちらの側も挑発は避けるべき」と思わせる罠に誘い込む。
台湾の大陸委員会が簡潔に指摘したように、中国政府のいわゆる「愛国者による台湾統治」は、「正当性を欠いた見せかけの香港モデル」だ。重要なのはうわべの言葉ではなくその実像だ。「鍾台文」のレトリックは和解ではなく服従を、対話ではなく支配を目的としている。
IV. 戦略的意図:言説主権を再び国家の管理下に
「鍾台文」事象には、中国政府が「言説主権」を改めて国の管理下に置こうとしているという、より深い意味がある。これは長期的な政治プロジェクトで、中国、台湾、そして世界が両岸問題を理解する上で語られる言葉への支配を取り戻そうとしているのだ。
この取り組みは、相互に連動する次の3つのメカニズムで機能する。
1.認知的な先手。行動を起こす前に、意味論的な領域を掌握する。「統一」を「光復」に、「分離主義」を「誤解」とすることで、中国政府はすでに心理戦の場を形成している。
2.制度的演出。言葉によって政治の基盤を整える。ナラティブが定着すれば、その後の法的手段や行政措置に対する抵抗が和らぐ。
3.世界規模の共鳴操作。中国政府は、外交ルート、友好的シンクタンク、メディア網の影響力を通じて、解釈の枠組みを世界に発信している。時間の経過に伴い、台湾は民主的なパートナーではなく「一つの中国」という枠内の「国内問題」として、言葉の上で位置付けが再定義されるおそれがある。
この枠組みでは、言葉によって統治が行われる。国境は地図上ではなく人々の意識の中で引き直される。中国政府はもはや支配権を主張するために領土を独占する必要はない。つまり、心理的な独占をはかっているのだ。
台湾にとって、最前線はすでに言葉の領域に移っている。主権は法と安全保障の能力だけでなく、現実を定義する権利にも宿る。ナラティブの主権が崩壊すれば、制度的主権もすぐに崩壊してしまう。
「中国の台湾に対する言論攻勢:言葉が主権になるとき(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
台湾・台北 中正紀念堂で国旗掲揚式(写真:AP/アフロ)
(※1)https://grici.or.jp/
(※2)https://grici.or.jp/6850
<CS>
※この論考は11月3日の<China’s Linguistic Offensive Against Taiwan: When Words Become Sovereignty>(※2)の翻訳です。
ここ数週間、中国政府は「台湾光復節」の制定を発表し、新華社通信を通じて「鍾台文」という筆名で「中華民族の復興」「平和的再統一」「共通の文化的ルーツ」などのテーマを取り上げた一連の論考を配信した。一見するとこれらの文章は冷静かつ理性的で、融和的な印象を与える。しかし実際には、はるかに戦略的な意味があり、慎重に計画された「ナラティブ戦争」の一翼を担っている。
この戦いの武器はミサイルではなく、言葉だ。その目的は説得ではなく定義にある。中国政府の考えでは、現代において権力は強制力によってのみではなく、言葉で現実を操ることでも行使できる。
I. 言葉を利用した政治:「光復」から「再統一」へ
中国の政治用語において、言葉は決して中立ではない。中国政府は「台湾光復」を政治日程に組み込むことにより、「言葉の上での支配権獲得」とも言える行為に出ている。こうしたナラティブの再構築は、主権への野心を柔らかい言葉で包み込んでいるのだ。つまり、「統一」を「光復」に置き換えることで、歴史的に正当性があるように思わせ、未来を併合ではなく「自然な回帰」として描こうとしている。
この戦略は、まさに香港で起きたことを思わせる。1997年以降、「港人治港(香港人による香港統治)」の原則は、次第に「愛国者治港(愛国者による香港統治)」に置き換えられていった。まず政治言語が書き換えられ、次に制度が続き、ナラティブが常態化した後で統治構造が変容したのだ。
中国政府は今、これと同じやり方を台湾にも適用しようとしている。言葉を通じて現実の政治条件をあらかじめ整えようとしている。
台湾にとって、これは歴史の解釈をめぐる議論ではない。主権を侵害する行為だ。「光復」という言葉が国際的な言説として受け入れられるようになれば、台湾の存在そのものが、中国文明の延長線上に連なるものとして再定義されてしまうおそれがある。
ナラティブ戦争が巧妙なのは、まさにこの点にある。強制するわけではないのに、認知的境界が微妙にシフトするのだ。服従を強いるのではなく、想定しうる境界を再定義することで力を行使する。
II. ペースと目的:国家が仕込むナラティブの急増
「鍾台文」の論文はメディアのエコシステムの中で自然発生したものではない。新華社とCCTVで連動して配信されたということは、国家レベルの広報活動であることを示している。内容は「世論」や「平和」といった言葉で包まれているが、以下で説明するように、その対象者と目的に二面性があるのは間違いない。
国内ではナショナリズムの信念を強化し、「再統一」を歴史の必然的な道筋として常態化する。国際的には、中国政府を合理的で平和を求める当事者として位置付けつつ、台湾の民主的な訴えを常軌を逸した行為、または不安定化要因としてその正当性を否定する。
これは単なるプロパガンダではない。それは「政策に先行する工作」だ。「平和的再統一」「運命共同体」「血のつながりと伝統」といった言葉を繰り返し発信することで、中国政府は「先延ばしにされている必然性」という心理的枠組みを構築している。つまり、統一は突然でも強制でもなく、歴史の自然な成り行きというわけだ。
その論理は単純で、すでに聞き慣れたナラティブなら、いずれ政策が実行に移されても抵抗は弱まる。同じ言葉を繰り返すのは、レトリックの多用ではなく政治的な地ならしだ。
III. 平和のレトリックと分断の論理
中国政府にとって最も効果的な政治的ツールは「平和」の呼びかけであることが多い。「鍾台文」の文章は「平和的発展」や「対話とウィンウィンの協力」を強調しており、冷静な合理性を演出している。だがこれは、「まず言葉、次に制度」という体系的な順次戦略の一環だ。
「平和的統一」は強制の放棄を意味するわけではない。むしろ、それは「認知的な分割統治の戦術」だ。仮に台湾が中国が求める条件での政治対話を拒否すれば、中国は台湾を平和を妨げる側として描く一方で、自らを対話を求める理性的な側として演出できる。
このようにレトリックを反転させることで、国際社会を偽りの道徳的同等性、つまり「どちらの側も挑発は避けるべき」と思わせる罠に誘い込む。
台湾の大陸委員会が簡潔に指摘したように、中国政府のいわゆる「愛国者による台湾統治」は、「正当性を欠いた見せかけの香港モデル」だ。重要なのはうわべの言葉ではなくその実像だ。「鍾台文」のレトリックは和解ではなく服従を、対話ではなく支配を目的としている。
IV. 戦略的意図:言説主権を再び国家の管理下に
「鍾台文」事象には、中国政府が「言説主権」を改めて国の管理下に置こうとしているという、より深い意味がある。これは長期的な政治プロジェクトで、中国、台湾、そして世界が両岸問題を理解する上で語られる言葉への支配を取り戻そうとしているのだ。
この取り組みは、相互に連動する次の3つのメカニズムで機能する。
1.認知的な先手。行動を起こす前に、意味論的な領域を掌握する。「統一」を「光復」に、「分離主義」を「誤解」とすることで、中国政府はすでに心理戦の場を形成している。
2.制度的演出。言葉によって政治の基盤を整える。ナラティブが定着すれば、その後の法的手段や行政措置に対する抵抗が和らぐ。
3.世界規模の共鳴操作。中国政府は、外交ルート、友好的シンクタンク、メディア網の影響力を通じて、解釈の枠組みを世界に発信している。時間の経過に伴い、台湾は民主的なパートナーではなく「一つの中国」という枠内の「国内問題」として、言葉の上で位置付けが再定義されるおそれがある。
この枠組みでは、言葉によって統治が行われる。国境は地図上ではなく人々の意識の中で引き直される。中国政府はもはや支配権を主張するために領土を独占する必要はない。つまり、心理的な独占をはかっているのだ。
台湾にとって、最前線はすでに言葉の領域に移っている。主権は法と安全保障の能力だけでなく、現実を定義する権利にも宿る。ナラティブの主権が崩壊すれば、制度的主権もすぐに崩壊してしまう。
「中国の台湾に対する言論攻勢:言葉が主権になるとき(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
台湾・台北 中正紀念堂で国旗掲揚式(写真:AP/アフロ)
(※1)https://grici.or.jp/
(※2)https://grici.or.jp/6850
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