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疑心暗鬼の代償−ウクライナ情勢−【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/12/20 16:09
配信元:FISCO
「疑心暗鬼」という言葉は、「疑いの心を持つと、ありもしない鬼の姿が見えるように、なんでもないことまで恐ろしくなる」という意味で使われている。この言葉は、「鬼はいない」という事が前提となっている。しかしながら、鬼がいるかいないかは、それぞれの認識に基づくものである。さらには、国際情勢においては、「鬼はいない」と見ていたのに、実はいたということもまま生起する。
12月7日にオンラインで行われた米ロ首脳会談において、ウクライナ情勢に関して交換された見解は、まさに双方が「疑心暗鬼」に陥り、互いに相手に対する不信感を高めたのではないかとの危惧を抱かせた。ロシア大統領府は、「ウクライナ領土で危険な試みを行い、ロシア国境付近で軍事力を増強しているのはNATOだ」、と強調している。ロシアが最も恐れているのは、ウクライナがNATOに加盟し、安全保障上のバッファーゾーンを喪失することである。一方で、NATOが懸念を強めているのは、今年4月に引き続き、今年11月頃からウクライナ東部に約10万人もの兵力を展開するロシアの意図にある。2014年のロシアによるクリミア併合に対して、NATOが何の措置も講じ得なかったことがNATO諸国のトラウマとなっており、これがロシアの大規模な兵力展開に対する疑念を生んでいる。双方の疑念は、相手に対する不信感から生じており、これを解消するのは容易ではない。武力衝突を回避するためには、双方の疑心を幻想のままで終わらせなければならない。
アメリカの外交・安全保障専門誌「The National Interest」は12月7日、「ロシアは再びウクライナに侵攻するか」という、核及び東欧研究の専門家であるアンゲル氏の記事を掲載している。記事ではロシアによるウクライナ軍事侵攻のコストとして、「政治的孤立」、「NATOの対ロ軍事力の増強」、「経済制裁」及び「軍事侵攻に伴うロシア軍の被害」の4つを挙げている。軍事侵攻を抑止する方策の一つとして、これらのコストが得られる利益よりも大きいとロシアに認識させることがある。この中で、最もロシアにインパクトを与えるのは、侵攻が泥沼化し、それに伴いロシア軍の被害が拡大し、これが反政府活動につながることであろう。1979年の旧ソ連のアフガニスタン侵攻は、長期化、泥沼化し、国家体制をむしばみ、旧ソ連が崩壊する一つの要因となった。この経験を基に、2014年のクリミア併合は、いわゆる「ハイブリッド戦争」と呼ばれる軍事以外の手段を多用し、ロシア軍の存在を顕在化させることなく戦争目的を達成した。
令和3年度防衛白書によると、ロシア地上兵力の総数は約33万人である。予備役を招集したとしても、激しい戦闘が予想される他国への軍事侵攻はほとんど現役の兵力で行うと推定できる。10万人を超える現役兵力を長期間特定地域に展開することは、他の戦域における兵力が不足することとなり、安全保障上望ましい事ではない。さらには、アフガニスタン侵攻時のように、戦死者が急増した場合、ロシア国内から批判が高まり、政権基盤をゆるがす可能性がある。逆に、動員された10万人の大部分が予備役で構成されていた場合、ロシアに本格的な軍事侵攻の意図はないという事になる。
クリミア併合の成功体験から、本来ロシアは、ウクライナに軍事的圧力を加えながら、ウクライナ国内の親露派勢力を活用して、NATOからの離反を図ろうとしていたと考えられる。しかしながら、Pew Research Centerの調査によると、ウクライナ国内においてNATOを好ましいとする割合は、2007年には34%であったのに対し、2019年には53%と増加している。2014年のクリミア併合に伴い、ウクライナにおけるロシアへの感情が悪化したことは間違いない。ロシアが「ハイブリッド戦略」の一環として、クリミア世論をロシア有利に誘導したような手段をウクライナにとる余地はほとんどないと言える。
NATOを含む国際社会において、ロシア軍によるウクライナ侵略への警戒感が高まることは、ロシアの軍事侵攻そのものを抑止する効果がある。また、ロシアにとってクリミア併合時のようにウクライナ世論の誘導も行いづらい。従って、今年5月と同様に、10万人の軍の動員により、ロシア軍の即応能力の検証ができたことを口実に軍を撤退させる可能性が高い。NATO諸国がウクライナに対するロシアの考え方、ウクライナのNATO加入は軍事力を持ってでも阻止するという意思を理解させることをできたことで、一定の満足を示すものと考えられる。
しかしながら、プーチンの「偉大なロシア」へのこだわりがどの程度であるかを正確に把握することはできない。プーチンが国内向けに「強い指導者」のイメージづくりを優先し、軍事侵攻を選択する可能性はゼロではない。その危険性を少しでも低くするためには、軍事侵攻のコストをいかに高くするかが重要である。その観点から、バイデン大統領が、ロシアが軍事侵攻した場合の経済制裁のみを強調し、軍の派遣を明確に否定したことは好ましくはない。少なくとも米軍の投入もあり得るという選択肢を残しておかなければ、ロシアとの交渉を有利に進めることはできないであろう。自らの疑心に蓋をしても、相手の疑心をなくすことはできない。相手に疑心に基づく行動の代償を知らせることが紛争の顕在化を防ぐ有効な手段である。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:The White House/ロイター/アフロ
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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12月7日にオンラインで行われた米ロ首脳会談において、ウクライナ情勢に関して交換された見解は、まさに双方が「疑心暗鬼」に陥り、互いに相手に対する不信感を高めたのではないかとの危惧を抱かせた。ロシア大統領府は、「ウクライナ領土で危険な試みを行い、ロシア国境付近で軍事力を増強しているのはNATOだ」、と強調している。ロシアが最も恐れているのは、ウクライナがNATOに加盟し、安全保障上のバッファーゾーンを喪失することである。一方で、NATOが懸念を強めているのは、今年4月に引き続き、今年11月頃からウクライナ東部に約10万人もの兵力を展開するロシアの意図にある。2014年のロシアによるクリミア併合に対して、NATOが何の措置も講じ得なかったことがNATO諸国のトラウマとなっており、これがロシアの大規模な兵力展開に対する疑念を生んでいる。双方の疑念は、相手に対する不信感から生じており、これを解消するのは容易ではない。武力衝突を回避するためには、双方の疑心を幻想のままで終わらせなければならない。
アメリカの外交・安全保障専門誌「The National Interest」は12月7日、「ロシアは再びウクライナに侵攻するか」という、核及び東欧研究の専門家であるアンゲル氏の記事を掲載している。記事ではロシアによるウクライナ軍事侵攻のコストとして、「政治的孤立」、「NATOの対ロ軍事力の増強」、「経済制裁」及び「軍事侵攻に伴うロシア軍の被害」の4つを挙げている。軍事侵攻を抑止する方策の一つとして、これらのコストが得られる利益よりも大きいとロシアに認識させることがある。この中で、最もロシアにインパクトを与えるのは、侵攻が泥沼化し、それに伴いロシア軍の被害が拡大し、これが反政府活動につながることであろう。1979年の旧ソ連のアフガニスタン侵攻は、長期化、泥沼化し、国家体制をむしばみ、旧ソ連が崩壊する一つの要因となった。この経験を基に、2014年のクリミア併合は、いわゆる「ハイブリッド戦争」と呼ばれる軍事以外の手段を多用し、ロシア軍の存在を顕在化させることなく戦争目的を達成した。
令和3年度防衛白書によると、ロシア地上兵力の総数は約33万人である。予備役を招集したとしても、激しい戦闘が予想される他国への軍事侵攻はほとんど現役の兵力で行うと推定できる。10万人を超える現役兵力を長期間特定地域に展開することは、他の戦域における兵力が不足することとなり、安全保障上望ましい事ではない。さらには、アフガニスタン侵攻時のように、戦死者が急増した場合、ロシア国内から批判が高まり、政権基盤をゆるがす可能性がある。逆に、動員された10万人の大部分が予備役で構成されていた場合、ロシアに本格的な軍事侵攻の意図はないという事になる。
クリミア併合の成功体験から、本来ロシアは、ウクライナに軍事的圧力を加えながら、ウクライナ国内の親露派勢力を活用して、NATOからの離反を図ろうとしていたと考えられる。しかしながら、Pew Research Centerの調査によると、ウクライナ国内においてNATOを好ましいとする割合は、2007年には34%であったのに対し、2019年には53%と増加している。2014年のクリミア併合に伴い、ウクライナにおけるロシアへの感情が悪化したことは間違いない。ロシアが「ハイブリッド戦略」の一環として、クリミア世論をロシア有利に誘導したような手段をウクライナにとる余地はほとんどないと言える。
NATOを含む国際社会において、ロシア軍によるウクライナ侵略への警戒感が高まることは、ロシアの軍事侵攻そのものを抑止する効果がある。また、ロシアにとってクリミア併合時のようにウクライナ世論の誘導も行いづらい。従って、今年5月と同様に、10万人の軍の動員により、ロシア軍の即応能力の検証ができたことを口実に軍を撤退させる可能性が高い。NATO諸国がウクライナに対するロシアの考え方、ウクライナのNATO加入は軍事力を持ってでも阻止するという意思を理解させることをできたことで、一定の満足を示すものと考えられる。
しかしながら、プーチンの「偉大なロシア」へのこだわりがどの程度であるかを正確に把握することはできない。プーチンが国内向けに「強い指導者」のイメージづくりを優先し、軍事侵攻を選択する可能性はゼロではない。その危険性を少しでも低くするためには、軍事侵攻のコストをいかに高くするかが重要である。その観点から、バイデン大統領が、ロシアが軍事侵攻した場合の経済制裁のみを強調し、軍の派遣を明確に否定したことは好ましくはない。少なくとも米軍の投入もあり得るという選択肢を残しておかなければ、ロシアとの交渉を有利に進めることはできないであろう。自らの疑心に蓋をしても、相手の疑心をなくすことはできない。相手に疑心に基づく行動の代償を知らせることが紛争の顕在化を防ぐ有効な手段である。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:The White House/ロイター/アフロ
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1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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