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軍の支配強まるスーダン、エコノミック・ステイトクラフトと予防外交に活路(1)【実業之日本フォーラム】
配信日時:2021/11/29 13:03
配信元:FISCO
スーダンで11月21日、軍に拘束されていたハムドゥク首相が解放された。スーダンでは軍民共同の統治機構である主権評議会が首相を任命する。その議長を務めるブルハン将軍は10月25日に非常事態宣言を発令し、主権評議会および文民主導の暫定政権を解散、ハムドゥク首相をはじめ文民の閣僚や政治家を拘束していた。ブルハン将軍は国軍のトップも務めており、これは実質的に軍によるクーデターであった。ハムドゥク首相の軟禁が続く中、クーデターに反対する市民はデモに繰り出した。治安部隊は抗議デモを武力で制圧し、40人以上の市民が命を落とした。
4週間の自宅軟禁を解かれたハムドゥク首相は、ブルハン議長との間で11月21日、新たな統治形態に関する政治合意に署名した。その模様はテレビで放送された。署名式においてハムドゥク首相は、デモに参加する若者がこれ以上、血を流し犠牲になるべきでなく、その活力が国の発展のために使われるべきだと訴えた。苦渋の判断を下した様子がうかがえた。しかし民主化勢力はハムドゥク首相がブルハン議長と署名した合意を認めず、デモを続ける意向だ。
スーダンでは過去にもクーデターが繰り返され、軍による支配が続いてきた。なかでも、1989年にクーデターで政権奪取したバシール大統領による独裁は30年間近く続いた。経済危機と物価の高騰により苦境にあえぐ国民の声に押され、2019年、バシール政権は崩壊し、軍民共同の暫定政権が発足した。それから2年後に発生したこの4週間の危機をスーダン史上最短のクーデターと評する声もある。
しかし、スーダンで起きた今回のクーデターは、これで終わりなのだろうか。そして、なぜ4週間でハムドゥク首相は復職したのだろうか。
背景にあるのは2019年まで続いたバシール前大統領の独裁と、長い制裁にさらされてきた脆弱なスーダン経済である。米国のバイデン政権は経済的な圧力、すなわちエコノミック・ステイトクラフトを機動的に活用しつつ、周辺国と地域機構を巻き込んだ予防外交(preventive diplomacy)を展開し、スーダンの民主化をふたたび軌道に乗せようとしている。
1.バシール前大統領の独裁と、その崩壊
バシール前大統領は、軍とイスラム主義政党を組み合わせた独裁体制を続けた。反政府勢力に対しては、軍や民兵を動員し、牧畜民と農耕民など部族対立を政治化し、空爆もいとわず徹底的に弾圧した。その結果、スーダン全土で深刻な内戦が続き、多くの市民が犠牲になった。
20年以上の内戦を経て2011年に南スーダンが分離独立した後も、西のダルフール、南の国境地帯、さらに東部でも内戦を抱えていた。かつてスーダンの政府収入の半分以上、輸出の95%を占めていたのは石油だった。しかし石油の油田は、いまの南スーダンに集中していた。南スーダン独立によりスーダンは政府収入の大半を失い深刻な財政難に陥った。長年の内戦により欧米から厳しい制裁を課されていたスーダン経済は、さらに悪化した。毎年のインフレ率は20%を超えた。外貨が枯渇し、ガソリンの値段も上がる一方だった。
2018年12月、政府は人々の主食であるパンの補助金も出せなくなり、パンの値段は3倍に跳ね上がった。燃料や医薬品も手に入りにくくなった。これを機に民衆は立ち上がり、バシール前大統領の退陣を求める抗議デモが全土で巻き起こった。
2019年4月、軍はバシールに見切りをつけ、その身柄を拘束した。ここに約30年続いたバシール政権は終焉した。しかし、民衆はデモをやめなかった。軍が暫定軍事評議会(TMC: Transitional Military Council)を設立し、TMCがスーダンを統治すると発表したからだ。これは軍によるクーデターの再来を意味していた。TMCの議長には陸軍のブルハン将軍が、副議長には治安部隊RSF(Rapid Support Forces)のモハメド・ハムダン・ダガロ司令官(通称:ヘメッティ)が就任した。RSFは、ダルフールで村を焼き払い虐殺を繰り返していた民兵組織ジャンジャウィードを母体とした、政府の治安部隊である。
市民は、首都ハルツームの軍本部の近くで座り込みの非暴力・不服従デモを続けた。これに対し、軍とRSFは銃と刃物でデモ隊を襲い、120人以上が犠牲になった。
それでも市民はあきらめなかった。民主化勢力の「自由と変革勢力」(FFC: Forces for Freedom and Change)はTMCとの間で、アフリカ連合(AU)と東アフリカの地域機構であるIGAD、エチオピア、そして国連事務局の仲介の下、権力分有による統治に向け交渉を続けた。
そして2019年8月、FFCとTMCは暫定的な統治機構の設立に関する「政治合意」と「憲法宣言」文書に署名した。スーダンに以前からあった主権評議会(Sovereign Council)は、軍人と文民によるものへ再構成された。スーダンの統治機構は軍のTMCから、軍民合同の主権評議会へ移ることとなった。ただし、主権評議会の議長はTMC議長であったブルハン将軍、副議長もTMC副議長であったヘメッティが横滑りで就任した。2019年9月、主権評議会はFFCが推挙したハムドゥク氏を首相に任命した。
軍と民主化勢力が共同で統治する、もろい暫定政府が発足した。
2.主権評議会議長の文民への移行を待てなかった軍と治安部門
暫定政権は文民のハムドゥク首相が率いることになったが、重要なのは、主権評議会が首相を任命する権限を持ったことだ。主権評議会議長は国家元首も兼ねる。「憲法宣言」では、最初21か月間は軍(ブルハン将軍)が議長を務めたあと、残り18か月間は文民が議長を務め、2023年に総選挙を実施し、計39か月間をかけて民政移管を目指すことになっていた。主権評議会の軍から文民への移行時期は2021年5月が予定されていた。
暫定政府は、国内の和平を最優先課題とした。スーダン西部のダルフールや南スーダンとの国境地帯で続いていた内戦の終結を目指し、対話が進んだ。南スーダン政府が仲介し2020年10月3日にスーダン暫定政府と反政府武装勢力(SRF及びSLM-MM)の間で「ジュバ和平合意」が署名された。より包括的なスーダン政府とすべく、武装勢力が参加した新たな内閣と主権評議会が発足した。しかし、このジュバ和平合意で、憲法宣言が定めていた39か月間の移行期間がリセットされてしまった。主権評議会議長を文民に握らせたくない軍の意向が、この機に乗じて反映されたものと考えられる。
その後、民主化勢力は主権評議会の議長を2021年11月に軍から文民へ移行するよう要求していた。結局、ブルハン議長はそれを待たず、10月に主権評議会を解散してしまった。ブルハン議長は11月に主権評議会を改組し、議長は軍が務めることとし、軍主導の統治機構に先祖帰りしてしまった。
つまり、10月25日に発生し4週間で終わった今回のクーデターによって、主権評議会の主導権を軍が握り続けることとなり、統治における軍の支配力は高まった。軍と治安部隊の一部は、文民に統治を譲り渡すことで、過去の所業についてジェノサイドや人道に対する罪、戦争犯罪の容疑で訴追されることを恐れている。復職したハムドゥク首相は新たな暫定政権を組閣し、改めて行政を主導すると見られているが、主権評議会ではブルハン議長が引き続き、にらみを利かせる。その構図が、これからも続く。
それではスーダンの民政移管への歩みも、これで終わりかと言えば、おそらく違う。ハムドゥク首相が4週間で解放されたという事実は、スーダンの民主化にわずかな希望を残している。
「軍の支配強まるスーダン、エコノミック・ステイトクラフトと予防外交に活路(2)」に続く
提供:Sudan Transitional Sovereign Council/AP/アフロ
執筆者プロフィール
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。国連・外務省・IT企業で国際政治や危機管理の実務に携わり、2020年から現職。研究分野は国際公共政策、国際紛争、新型コロナ対策やワクチン外交など健康安全保障、経済安全保障、制裁、サイバー、新興技術。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。ツイッター:https://twitter.com/Yoshi_Sagara
■実業之日本フォーラムの3大特色
実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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4週間の自宅軟禁を解かれたハムドゥク首相は、ブルハン議長との間で11月21日、新たな統治形態に関する政治合意に署名した。その模様はテレビで放送された。署名式においてハムドゥク首相は、デモに参加する若者がこれ以上、血を流し犠牲になるべきでなく、その活力が国の発展のために使われるべきだと訴えた。苦渋の判断を下した様子がうかがえた。しかし民主化勢力はハムドゥク首相がブルハン議長と署名した合意を認めず、デモを続ける意向だ。
スーダンでは過去にもクーデターが繰り返され、軍による支配が続いてきた。なかでも、1989年にクーデターで政権奪取したバシール大統領による独裁は30年間近く続いた。経済危機と物価の高騰により苦境にあえぐ国民の声に押され、2019年、バシール政権は崩壊し、軍民共同の暫定政権が発足した。それから2年後に発生したこの4週間の危機をスーダン史上最短のクーデターと評する声もある。
しかし、スーダンで起きた今回のクーデターは、これで終わりなのだろうか。そして、なぜ4週間でハムドゥク首相は復職したのだろうか。
背景にあるのは2019年まで続いたバシール前大統領の独裁と、長い制裁にさらされてきた脆弱なスーダン経済である。米国のバイデン政権は経済的な圧力、すなわちエコノミック・ステイトクラフトを機動的に活用しつつ、周辺国と地域機構を巻き込んだ予防外交(preventive diplomacy)を展開し、スーダンの民主化をふたたび軌道に乗せようとしている。
1.バシール前大統領の独裁と、その崩壊
バシール前大統領は、軍とイスラム主義政党を組み合わせた独裁体制を続けた。反政府勢力に対しては、軍や民兵を動員し、牧畜民と農耕民など部族対立を政治化し、空爆もいとわず徹底的に弾圧した。その結果、スーダン全土で深刻な内戦が続き、多くの市民が犠牲になった。
20年以上の内戦を経て2011年に南スーダンが分離独立した後も、西のダルフール、南の国境地帯、さらに東部でも内戦を抱えていた。かつてスーダンの政府収入の半分以上、輸出の95%を占めていたのは石油だった。しかし石油の油田は、いまの南スーダンに集中していた。南スーダン独立によりスーダンは政府収入の大半を失い深刻な財政難に陥った。長年の内戦により欧米から厳しい制裁を課されていたスーダン経済は、さらに悪化した。毎年のインフレ率は20%を超えた。外貨が枯渇し、ガソリンの値段も上がる一方だった。
2018年12月、政府は人々の主食であるパンの補助金も出せなくなり、パンの値段は3倍に跳ね上がった。燃料や医薬品も手に入りにくくなった。これを機に民衆は立ち上がり、バシール前大統領の退陣を求める抗議デモが全土で巻き起こった。
2019年4月、軍はバシールに見切りをつけ、その身柄を拘束した。ここに約30年続いたバシール政権は終焉した。しかし、民衆はデモをやめなかった。軍が暫定軍事評議会(TMC: Transitional Military Council)を設立し、TMCがスーダンを統治すると発表したからだ。これは軍によるクーデターの再来を意味していた。TMCの議長には陸軍のブルハン将軍が、副議長には治安部隊RSF(Rapid Support Forces)のモハメド・ハムダン・ダガロ司令官(通称:ヘメッティ)が就任した。RSFは、ダルフールで村を焼き払い虐殺を繰り返していた民兵組織ジャンジャウィードを母体とした、政府の治安部隊である。
市民は、首都ハルツームの軍本部の近くで座り込みの非暴力・不服従デモを続けた。これに対し、軍とRSFは銃と刃物でデモ隊を襲い、120人以上が犠牲になった。
それでも市民はあきらめなかった。民主化勢力の「自由と変革勢力」(FFC: Forces for Freedom and Change)はTMCとの間で、アフリカ連合(AU)と東アフリカの地域機構であるIGAD、エチオピア、そして国連事務局の仲介の下、権力分有による統治に向け交渉を続けた。
そして2019年8月、FFCとTMCは暫定的な統治機構の設立に関する「政治合意」と「憲法宣言」文書に署名した。スーダンに以前からあった主権評議会(Sovereign Council)は、軍人と文民によるものへ再構成された。スーダンの統治機構は軍のTMCから、軍民合同の主権評議会へ移ることとなった。ただし、主権評議会の議長はTMC議長であったブルハン将軍、副議長もTMC副議長であったヘメッティが横滑りで就任した。2019年9月、主権評議会はFFCが推挙したハムドゥク氏を首相に任命した。
軍と民主化勢力が共同で統治する、もろい暫定政府が発足した。
2.主権評議会議長の文民への移行を待てなかった軍と治安部門
暫定政権は文民のハムドゥク首相が率いることになったが、重要なのは、主権評議会が首相を任命する権限を持ったことだ。主権評議会議長は国家元首も兼ねる。「憲法宣言」では、最初21か月間は軍(ブルハン将軍)が議長を務めたあと、残り18か月間は文民が議長を務め、2023年に総選挙を実施し、計39か月間をかけて民政移管を目指すことになっていた。主権評議会の軍から文民への移行時期は2021年5月が予定されていた。
暫定政府は、国内の和平を最優先課題とした。スーダン西部のダルフールや南スーダンとの国境地帯で続いていた内戦の終結を目指し、対話が進んだ。南スーダン政府が仲介し2020年10月3日にスーダン暫定政府と反政府武装勢力(SRF及びSLM-MM)の間で「ジュバ和平合意」が署名された。より包括的なスーダン政府とすべく、武装勢力が参加した新たな内閣と主権評議会が発足した。しかし、このジュバ和平合意で、憲法宣言が定めていた39か月間の移行期間がリセットされてしまった。主権評議会議長を文民に握らせたくない軍の意向が、この機に乗じて反映されたものと考えられる。
その後、民主化勢力は主権評議会の議長を2021年11月に軍から文民へ移行するよう要求していた。結局、ブルハン議長はそれを待たず、10月に主権評議会を解散してしまった。ブルハン議長は11月に主権評議会を改組し、議長は軍が務めることとし、軍主導の統治機構に先祖帰りしてしまった。
つまり、10月25日に発生し4週間で終わった今回のクーデターによって、主権評議会の主導権を軍が握り続けることとなり、統治における軍の支配力は高まった。軍と治安部隊の一部は、文民に統治を譲り渡すことで、過去の所業についてジェノサイドや人道に対する罪、戦争犯罪の容疑で訴追されることを恐れている。復職したハムドゥク首相は新たな暫定政権を組閣し、改めて行政を主導すると見られているが、主権評議会ではブルハン議長が引き続き、にらみを利かせる。その構図が、これからも続く。
それではスーダンの民政移管への歩みも、これで終わりかと言えば、おそらく違う。ハムドゥク首相が4週間で解放されたという事実は、スーダンの民主化にわずかな希望を残している。
「軍の支配強まるスーダン、エコノミック・ステイトクラフトと予防外交に活路(2)」に続く
提供:Sudan Transitional Sovereign Council/AP/アフロ
執筆者プロフィール
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。国連・外務省・IT企業で国際政治や危機管理の実務に携わり、2020年から現職。研究分野は国際公共政策、国際紛争、新型コロナ対策やワクチン外交など健康安全保障、経済安全保障、制裁、サイバー、新興技術。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。ツイッター:https://twitter.com/Yoshi_Sagara
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